第三十七話 世界恐慌
昭和八(1929)年十月、起きないのではないかと思われたニューヨークでの株価暴落が起きてしまう。
なぜ同じことが起きるのか、経済に疎い俺にはよくわからなかった。
日本では金解禁をいまだに行っていない。前世で金解禁の時期とレートが最悪だったという話なのでその話をして思い留まってもらっている。
「では、どのような政策をとれば?」
そのような問いを嘆かれられるのだが、実のところよくわからなかった。
「確か、英国で何かあったはずなので暫くは様子を見てください。そして、日本海沿岸での振興策をぶち上げましょう」
不況だから公共投資、確かそんな話だった気がする。そして、四十年ほど早く高度成長期のアレやコレをやってしまえばどうだろうと考えてみた。
結果から言えば、英国の経済学者の話はそれであったし、今の日本には確かにそれが合致していた。ただ、同じことを平成の世でやって成功するかというと、実地で分かるが、無理だ。なんせ、何もないところにドンドン物を作り、それらが活用されていくこの環境は平成の世ではありえないことだったのだから・・・
まず第一の計画は山口から青森まで日本海沿岸の鉄道を総複線化すること。本来なら東海本線が第一なんだろうが、この世界であんな田舎に複線敷いても意味がない。日本海経済圏だから意味がある。
平成でも同じことだ、すでに需要を満たした上にいくらぶっこんでもそれは器から零れ落ちるしかない。そのことがこの世界で同じような話をぶち上げてみてよくわかった。
子細なことはその筋に専門家に任せるしかない。
「あとは・・・」
目に入ったのは嫁だった。十年経つが、未だに若いよな。まあ、まだ三十路手前だもんな・・・
不思議そうな顔をして俺を見てくる。
「いや、不況対策はないかなと・・・」
「なら、ロシアと経済協力して新しいことをやるとか」
ああ、確かに、そういうのがあればねぇ~
「アメリカ企業を巻き込んで石油探索でもやる?」
半ば冗談だ。いや、出たら良いけど、正確に場所を指定するわけにはいかないから前世のように出ない可能性が高い。
「樺太?」
と、可愛く首をかしげる嫁。可愛い。
「いや、満州」
当然、否定のジェスチャー。
「だから、ちょっとしたギャンブルだよ」
「大博打だと思うよ?」
確かにそう思うが、出る場所を知っているだけに、どう返すか迷って曖昧に笑っておいた。
それから国内は日本海沿岸開発に沸いた。瀬戸内でも大阪を中心に対抗意識を燃やして何やら誘致まで始めている始末だ。
これにはロシア沿海州まで巻き込むことになり、樺太、北海道、日本海沿岸、瀬戸内に大なり小なりの恩恵があった。
一番大きいのは大阪が瀬戸内に引き込んだ化学工業だろう。神戸や水島、福山などにそうした工場群ができ始めている。
そして、それよりも早く、日本海沿岸は前世の高度成長期かというような勢いで発展しようとしていた。
足りない資源はどうするかって?
それはちょうど英国との関係が有効に働いている。
英国にとって日本は太平洋の番犬であり、警備隊を主力とした日本軍が英領警備にも参画していた。その伝手もあり、日本は英国経済ブロックに一枚噛むことが出来ている。当然、そこには義父のいわゆるロマノフ資金や極東ロシア公国、英国貴族に嫁いだ義姉マリアの存在も影響しているが。
極東ロシア公国は英国と経済的なつながりがある。もちろん、建国時の密約もありアメリカとのパイプもある。そして日本は世界三位の海軍力を英国の太平洋警備に割いている。
そうしたことでインドやオーストラリアと貿易が行われている。前世であれば、この時期は生糸生産でインドと対立関係にあるはずだが、すでに工業化が進んだこの世界の日本では、英国本国に代わる工業製品供給国としての立場を手にしている。
そして、すでにドイツが台頭してきているとはいえ、やはり内燃機関の供給は日系企業のシェアが大きい。
脆弱さを持つ金融分野ではどうしても恐慌の影響を無視はできず、苦しい一面もあるが工業面では確実に伸びている。
そして、アメリカも極東での利益を頼みにしているので前世のようなことにはなっていない。何より、日本は工業化で人手不足である。移民に出すくらいならば工場に就職してもらわなければ経済が回らない。
そんなこともあってここのところ移民も抑制され、米西部における摩擦よりも極東の利益というのが米国でも優先事項となっている。




