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第三十三話  譲位と関東大震災

 大正十(1921)年は年始から秋までバタバタだった。


 バタバタ以外にもかなりハードな夜が・・・オホン


 そんなことがあったが十一月に事件が起きる。


 総理暗殺未遂事件である。


 本来なら暗殺は成功していただろう。それを阻止したのは、軍と並んで警察にも特殊任務部隊を作らせていたからだ。その一つが要人警護隊、イワユルSPである。

 要人警護はゼロとは言わないまでも、当時は未々認識されていなかった。


 そこで、まずは俺が知る映画や雑誌の知識を元に基本となる雛形を作ることからはじめていた。


 これまでも本当の暗殺や暴漢事件に加えて、SPを試す目的でわざと騒ぎを起こす場面もあった。


 実は、今回の暗殺未遂事件もSPは演習だと思っていたらしい。


 しかし、犯人を捕まえてビックリ、調べてみると本当の事件だったという。


「総理は無事か?」


 知らせに俺は驚いたが、どうやら無事とわかり安心した。


 疑獄事件と騒がれる事が多いのだが、この頃は右に左に過激な集団が沸いてきている。前世、俺の居た時代には評価、称賛される人物や組織が実はただの過激集団や極の付く極端な過激思想家だったり、それはもう酷い話だ。

 実際に身を置いて分かったが、彼らが評価、称賛されるのは、単に後の時代に良い名声ばかりが残ったり、後の価値観に照らせば正当だったからに過ぎず、時代の常識から逸脱した行動に走る過激集団や思想家に過ぎなかった訳だ。評価というのは時代の常識により変わるんだな。


 そんなわけで、こうした事件があると色々な宗教、政治団体に捜査が入る。後の世では暗黒時代と呼ばれそうだが仕方がない。野放しにすればそれこそ昭和の暗黒時代をそのままトレースしかねないんだから。


 さて、もうひとつ重大な話がある。


 この四、五年ほど体調が思わしくない兄についてだ。


 兄はまずは俺に位を譲ると言っていた。


 それでは困るから結婚から逃げて軍人として皇室から距離を置くようなこともやって来た。


 病状の事もあり、更に、兄の子である裕仁親王成人をへて、俺はアナスタシアとの結婚も受入れる事になった。

 前世だけでなく、この世界でも理由はあれ女性を極力避けていたことが色々な障害となってはいたが・・・


 さて、そんなこんなで避けては通れない話が帰国後に始まった。


 親王はすでに覚悟を決めており、十二月には正式に勅許もおりて、譲位が決まる。


 翌年一月一日を以て、裕仁親王が新天皇である。元号も昭和と決まった。



 最初に譲位の規定について話し合われたのは二十年近く前だ。今では懐かしい。


 父は俺の前世の話を聞いて、今のうちから準備すると明言し、実際に明治の大改革で皇室典範も改訂され、譲位を可能とした。

 父も当初は俺への譲位を目論んだ節がある。しかし、まずは自分の道をという事で、俺は軍へと入る。


 そして、兄は体調が快復したことで天皇となった。


 ここ数年は俺への譲位を幾度か打診してきたが、それを断り続けた。


 元老達からも様々に言われたが、所詮、平民の記憶を持つ俺である。容易に務まるとは思っていなかった。

 しかも、子である裕仁親王が優秀であることも知っている。


 そうした説得、説明もあり、なんとか今がある。まあ、兄や元老には様々な目を向けられている。特に伊藤さんが酷い。

 あれだ、流石に父が直接女性関係を注意しただけのことはあるな。

 

 アナスタシアの妊娠が分かると急に好々爺然としてきたのは何故だ?


 さて、そんなこんなで昭和元(1922)年である。


 前世では、ワシントン会議が行われたのだが、この世界ではその様子はない。まず問題なのは、ソ連とロシアとの紛争だ。

 この問題が解決しないことには何も決められない。


 その為、日米はロシアに一定の兵力を駐留させてソ連の大規模侵攻に備えている。 

 ロシアとの間には三カ国防共協定が結ばれ、ロシアの防衛に日米は義務を負うことになった。

 その影響で日本には戦後不況の影響があまり出ていない。


 欧州との貿易が極東開発に振り替えられた結果だ。

 米国も満州開発に日本を利用している。満州と中華平原の交易は日本が提案した北太平洋航路が利用されており、済州は物凄く繁栄している。そのおこぼれは要塞地帯から解除され、国際航路となった津軽函館周辺である。


 前世と一番違うのは、日本海が北太平洋航路の主要航路となり、対岸の極東ロシア公国が貿易相手であること。その為、日本海沿岸の開発が物凄い勢いで行われている。

 油田地帯の秋田、山形とお隣新潟には前世の21世紀よりも重工業の発展が著しい。中にはロシアから来た企業まである。


 それに比べると、関東から東海は静かなものだ。前世と変わらないか、日本海沿岸の開発が優先されて立ち遅れている。関門海峡から大阪に流入する昔からの航路が活発となり、日本海の恩恵が瀬戸内にも拡がり、更に関東から東海は資本を奪われる有り様だった。

 多くの人々はそれを不満に思っているが、俺としては結構な事だった。


 来年の関東大震災や二十年先の東海、南海地震を考えると疎開をせずに被害を押さえることが出来るのだから願ったりだ。

 更に、東北が工業化すれば農業に頼る事で起きた諸問題も改善、緩和される事だろう。


 関東から東海はしばらくは東北に代わる穀倉地帯となってもらうしかない。いや、東北が冷害を受けやすい地域なのだから、より温暖な地域を穀倉地帯にするのは当然ではないか?


 昭和二(1923)年、関東、東海から資本が日本海沿岸に流出することが問題視されるようになるなか、九月一日に関東大震災が発生した。

 かねてからの防災訓練もあり、被害はかなり押さえられたが、近代都市、工業地帯に与える地震災害の酷さを目の当たりにした多くの人々は、日本海沿岸や瀬戸内へと更な資本流出を加速させることになる。


 なんせ、関東から東海にかけては地震の巣であることは周知のはなしなのだから・・・

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