第十七話 海賊対処と俺 2
漁船団から離れてまた周辺監視を再開する。
済州の第一警備艦隊が受け持つのは黄海の朝鮮沿岸と遼東半島までの航路である。
その為、特に多くの艦艇が配備されているが、それでも20隻足らずでしかない。
米国の旅順艦隊も海賊対処を行ってはいるが、あまりに相手が多くて手に負えない状態だったことから、米国は明治四十一(1908)年に日本から壱岐型を試験的に二隻購入して現地警備に投入している。
ただ、日本人に合わせた設計のため、米国兵には狭くて不評だったが性能は任務に申し分無く、わざわざ自国で新規に造るより安上がりなこともあり、一部設計変更の上で12隻を追加で購入すると打診があったため、日本側も米国人技師を招き変更点を共に洗いだし、改良型として建造される運びとなった。
列強が辺境の島国に船を発注するなど異例だが、自国に適当な船がないからと、きわめて合理的な判断が行われたらしい。
勿論、日本にしても戦時国債の物納が可能ならばと交渉している。結果、この12隻を国債返済にあて、米国への技術留学も獲得している。
さて、その旅順艦隊には現在既に6隻が配備され、来年始めにはすべて揃うという。
さらに不足する分は日本が応援を出すことになり、4隻ほどが大連港に配備されている。
その効果もあって、一応、朝鮮海賊を抑制することは出来ている。
「前方に不審船!」
さて、新たに発見したらしい。
「乗り組み隊、準備」
先程と同じ様に指示が飛び、乗り組み隊が甲板で待機する。
双眼鏡で見ると、帆船みたいだ。もちろん、ジャンク船というやつ。
更に近づくと船上で人が動いているのが見えた。
艦がジャンク船に対して左に回頭していく。
「乗り組み隊、右舷待機、射撃準備」
そう指示して俺も銃を確認、いつでも構える準備をする。
まだ小銃では遠いが相手が撃ってきているのがわかる。あれは海賊だ。
ドンッと大きな音がしてジャンク船の上で炸裂した。榴霰弾というやつだったか。これは12斤砲の弾だったと思う。
そんなことを考えているうちに艦がみるみるジャンク船に接近する。
6斤砲も撃ち出した。
「銃、構え!」
俺は訓練通りに叫ぶ。ジャンク船はいつのまにやら目の前である。
うまく考えられたもので乗り組み甲板はジャンク船に乗り移るのに丁度良い。機関銃で火制しながら横着けして俺たちが乗り込む。
「突入」
俺の声ではない。兵曹長だ。
その声で乗り組み隊がジャンク船に飛び込んでいく。
「行きますよ、隊長」
兵曹長が俺の背中を叩いて乗り込む。俺も我にかえって兵曹長に続いた。
船上では既に血の海だった。
船内へ向かう。
「後部船倉確保!」
と声が聞こえた。
まだだ、まだだ。
俺は銃を構えたまま船の前方へと走り寄る。
こちらでは銃声がする。
ふと、船首に人影が見えた。
パン
顔を掠める銃弾の音が聞こえた。
バンパンパン
俺はその人影に撃ち込んだ。
パンパン
「隊長、無力化!」
ハッとして引き金を引くのをやめる。
声は兵曹長だった。
「前部船倉確保!」
更に声がした。
程なくして兵曹長から
「船の確保、完了です」
との報告を受ける。
俺は夢中で艦に船の確保を知らせる。
「隊長、お見事です」
ジャンク船の検分と生存者の捕縛を終えた兵曹長が呆然とする俺にそう声を掛けてきた。
「あ、ああ」
「これが芝居の立回りと違う本当のいくさです」
兵曹長が真剣な顔で俺を見る。
解っている。若造の宮さまが血気盛んに出てくるようなところではない。そう言ってるんだ。
「そのようだ、だが、私はこれに慣れなければいけない。いずれ統帥本部に行くにしても、最前線を知らずに指揮は出来ない。兵曹長、危なっかしいだろうが、暫くここに居させては貰えないだろうか?」
兵曹長がサッと敬礼する。
「宮さまに対し失礼とは存じますが、在任中にいっぱしの乗り組み隊長に育て上げてご覧にいれます」
そう言って口元を弛めた。
この時代、海賊は身柄の確保より「制圧」が優先されていた。身柄の確保が優先されるのは随分後の事であった、
この一件でしばらく気分が悪かったがなんとか数日で立ち直った。
乗り組み隊とはあれからより親密になれた。
乗り組み隊の指揮を執って三ヶ月、とうとうあの事件が違う人物を標的に発生した。




