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第十四話  ドレッドノート

 明治三十九(1906)年はとにかく色々なことが重なる年だった。


 この年に英国は後の歴史に名を残す戦艦を完成させた。

そう、誰もが知るドレッドノートである。


 ただ、前世のそれとは異なり、大口径単一巨砲艦とはなっていない。艦形は前世の三笠が近いだろう。

この世界では火薬の発達や火砲の発達が前世より十年程度遅れているため、戦艦の歩みもそれに合わせた様な状態だ。 


 その為、日露戦争の主力は前世の日清戦争頃の戦力に近かった。

砲の発射に黒色火薬を用いるため、大口径砲は砲口までエネルギーが持続する35口径辺りまでが主流の時代にあった。

 それが日露戦争直前頃にようやく無煙火薬が実用化される。

 これを用いれば今までより長砲身でも十分なエネルギーを得られる。そこで、英国は40口径12インチ砲を開発し、日本からもたらされた新型揚弾筒を組合わせ、全周囲を装甲で覆った装甲砲塔に連装で装備して、戦艦の主砲として搭載した。


 俺から見たらそんなの当たり前だったが、この世界では斬新な発想らしく、このドレッドノートが戦艦としては最初の艦となる。


 こうして、ドレッドノートは近代戦艦の形を完成させたのだが、それだけに留まらず、タービン機関まで装備していた。

 その為、同時期に就役していた装甲巡洋艦と同じ20ノットを出すことが可能であった。


 この頃の戦艦というのは、後の戦艦と違い、あくまで領地の沿岸に浮かべる移動要塞であって、遠く敵の本拠地に乗り込むような発想はなかった。替わりに敵と交戦するのが巡洋艦であり、装甲と大口径砲を備えさらに速力もある装甲巡洋艦こそが海軍の主力だった。戦艦とは、敵の装甲巡洋艦から自国港湾を守る役割が与えられていたにすぎない。


 技術の進歩で一定の速力向上も行われたが、船体自体が遠洋航海に向く物とは言えなかった。


 ドレッドノートはそうした幾多の常識を覆して、戦艦の装甲と火力を装甲巡洋艦の船体に備えさせた様なものだった。


 これは当時、世界に衝撃を与えた。

 何せ、ドレッドノートは戦艦でありながら装甲巡洋艦と同じ速力で海を越えて現れるのである。巡洋艦クラスではその火力と装甲に太刀打ち出来ない。かといって、既存の戦艦では追い付く事がかなわない。

 これは大きな衝撃であり、列強はこぞってこのドレッドノートと同等の戦艦建造を始めることになる。



 そう、俺の知る「ド級戦艦」とかなり話が違う。これがこの世界のド級戦艦なのだ。


 さて、日本から伝えられた揚弾筒装置とは、俺が父上や元老達に秘密を打ち明けた明治三十三(1900)年に諸々伝えた中のひとつだ。

 英国に揚弾筒装置が伝わり、明治三十七(1904)年には早くも8インチ砲用が完成して、日本が発注していた装甲巡洋艦に搭載されて引き渡されている。これが日本海海戦で大活躍した三笠と朝日である。

 この成功を見て、12インチ砲用がドレッドノートに装備された。


 この揚弾筒装置は当時は英国にしか作れず、日本が発案者ということで、早々に技術供与されているが、他国がその性能に達するのは5年以上掛かっている。


 さて、日本はこのドレッドノートの衝撃に何かしたかと言うと、表面上は何もしていない。

 

 新たに装甲巡洋艦や防護巡洋艦を購入や建造した程度であった。


 表向きは、壱岐型警備艦の建造で手一杯、まずは朝鮮海賊(現代倭冦)対処が最優先だった。

 その裏では重工業への投資と海外留学第一陣の帰国者による国内への最新技術の普及が急がれていた。金が掛かる割にたった十年程度で陳腐化するこの時代の戦艦など無駄以外の何物でもなかった。


 俺は明治三十三(1900)年の時点で、「二十年以内に『ドレッドノート(前世)』みたいなものが出現するから、慌てて軍拡に走らず、資金と技術を蓄積して、一気に『ドレッドノート(前世)』クラスの整備をすべし」と、宣言している。


 実際、すぐにフランスは主砲(12インチ=305ミリ)だけでなく、中間砲(240ミリ)を副砲として装備しはじめている。これはフランスの伝統で杞憂ではあったが、警戒するに越したことはない。


 日本では、明治三十九(1906)年に壱岐型警備艦、明治四十三(1910)年には、一部8インチ砲を背負配置にした筑波型装甲巡洋艦を建造して、粛々とこの世界での超ド級戦艦の開発を進めていた。

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