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外伝1  とある老人の憂鬱

主人公ではなく、老人のお話が先に来てしまった。



 1980年4月、オーバーザルツベルク


 私は自宅からの眺めを楽しんでいた。


「お祖父様」


 声がした方を向くと孫が立っている。


「どうしたんだ?ジーク」


 孫は何を思ったか政治家などやっており、時折私に助言を求めてくる。しかし、あの銀行強盗野郎も居ないこのご時世において私が何かできることなどもう存在しない。それに、大統領になってからの苦労を考えると、今更政治に関与しようとすら思わない。


「ソ連が経済危機に陥っている様なのです。お祖父様ならどういった対処をなさいますか」


 やはりか、しかし、私が現役だった時代とは様々なものが違う。そこにあるべき政策も私の価値観からはずいぶんズレたものになっており、孫に私の考えを話したところでそれを実行できるものでは到底ないだろう。


 私は大統領となり、不意打ちのようにあの銀行強盗が攻め込んできた。もともとフィンランドでかなり痛めつけられていたソ連軍は数の暴力以外に見るべきものが無く、奇襲に対する後手の対処でも何とか跳ね返すことに成功した。

 当時、私にとって問題だったのは、ソ連の侵攻よりもせっかくまとめ上げようとしていた欧州の今後と分裂をきたし出した足元の労働者党の事だった。


 そのため、銀行強盗との戦争は出来るだけ避ける方向で進めた。夢の世界みたいに積極的攻勢はドイツの破綻を招くことは火を見るより明らかだったのだから。


 おかげで戦争そのものはほぼ満足できる形で講和に至り、私は労働者党の再編と欧州の取りまとめに集中できた。そのおかげか、今では偉人に祭り上げられてはいるが、実態はろくでもないものだ。

 私が大統領となった事で空いたポストをめぐる醜い争いに明け暮れたバカどもときたら・・・・・・


 結局、私が首相を強引に指定し、抑えつけることで急場をしのいだ。その間に党内も再編した。大統領任期中に銀行強盗がくたばってくれたことが唯一の救いだろう。70を過ぎていたからどうにかなってほしいと思っていたが、その願いは叶えられたらしい。が、幸運もそれだけだったと言える。私は退任までにいろいろと力も気力も使い果たしてしまった。


 退任後はここでゆっくりのんびり生活している。何だかんだで贈られた山の上の山荘など、使う気にもなれず、人に任せて今や宿泊施設として改装させてしまった。あんな山頂は人が住むところではない。あそこに泊まろうという連中の気が知れないと今でも思うが、自分の名前を冠している以上、本音を語る訳にもいかない。


「ソ連が不況か。それでどうしたいというのだ?今の時代、欧州軍を繰り出してウクライナを奪う訳にもいくまい」


 夢ではひたすらにコーカサスを目指した。それは石油が欲しかったからだ。だが、現実はそうではない。1949年に日本企業がリビアで石油を掘り当てた、欧州独自の石油も手に入れたことで、英国に頼らずとも石油も自給できるようになったのだから、わざわざソ連に食指を伸ばす理由はない。それどころか、核兵器とかいうシロモノがある現在、ソ連と戦争となればベルリンは一発で廃塵に帰すとさえ言われている。


 そうそう、その核兵器なるモノの開発を始めたのも私ではあったが、完成したのは退任後だった。当時、核兵器を保有していたのは日米のみ、我が国に次いで英国が保有したのがそのすぐ後だった。

 ソ連の核保有はそれよりずっと遅く、1964年の話だった。銀行強盗がよほど国を痛めつけていたのだろう。


 とは言え、まさかわが国で核実験が出来る訳もなく、リビアの砂漠で行われた。蛙野郎も開発に乗り出そうとしたが、欧州軍の創設という形で押しとどめ、日本が推進していた液体原子炉を押し付けて核開発から手を引かせることが出来た。困ったことといえば、液体原子炉のシェアにおいて、日仏が競い合って我が国は全く食い込む隙がない事か。まあ、軍事技術としてあまり利点が無いから私としてはどうでも良いのだが、孫はそう思っていないらしい。


「今はそのような時代ではありません。しかし、指をくわえてみているだけではなく、何かできないものかと思っているのです」


 何か、さて、何が出来るだろうか。ソ連は資源国だ。しかし、過去を見ればわかるが、血縁関係になったとしても戦争をするような欧州の価値観の中では、不用意な支援も結局は我が国への不利益をもたらしかねない。


「何か、とは?下手な支援も経済低迷を利用した対立も、我が国の利益とはならないと思うぞ?あの国はそう簡単に崩壊したりはしない。あの銀行強盗が根こそぎ国民を殺しまくっても崩壊しなかったんだ。まずやるべきは警戒ではないのか?」


 私という存在が重荷なのはわかるが、功を焦って失政をやったのでは目も当てられない。孫とはもう少し話し合う必要があるのかもしれないな。


 そう思って私はバルコニーから室内へと孫を誘った。

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