第一章 4『暗闇で出会う』
「――――人?」
確かにお互い、そう口にした。
俺の場合はワカナから告げられた言葉に恐怖を抱いていたためだが、彼女は少し違うようだった。
「あなた、こんなところで何しているの?」
「お、俺はただ目が覚めたらここにいただけだ。理由なんてない」
「え、あなたも?」
意外な言葉が彼女から発せられる。目が覚めたらわけのわからない森に佇んでいた、という状況を共有できる人物が現れるなど予想もしていなかった。
着々と暗くなる空のせいかその人物の顔ははっきりと視認ができなかったが、声のか細さや体格から見るに同い年ぐらいの女の子だということが分かった。
「君も、気が付いたらここにいたのか?」
「……ええ、そうよ。近所の林を散歩していたら気を失ってここへ。しかも所持品全部を無くしてね」
林を歩いていたら、か。本当にそっくりそのまま俺と同じじゃないか。―――というかちょっと待て、所持品が無くなった?
急いで自分の持ち物を確認する。体中すべてをくまなく探したが、俺が手にしていたスマートフォンはもちろん財布などの貴重品全てが無くなっていた。
「……その様子だと、あなたも盗まれたみたいね」
「盗まれた?」
「そうでしょう。貴重品も何もかも誰かに盗まれて、どこかの森にポイされたんじゃないの。携帯をとったのだって連絡手段を断つためとか」
「誰が何のためにそんなことを……」
「知らない。だから私は森の中を彷徨うことしかできなかったわけだし」
俺と同じ状況だというのに彼女は地面にへばっている俺とは違い、状況把握の為周囲を見回っていたのか。
女の子が一人でそんなことをしている中俺はずっと座ってただけなんて、つくづく自分が情けなくなってくる。でも仕様がないじゃないか、今まで外の世界を拒んで来たのにいきなり見ず知らずの地へ放り出されたら誰だってこうなるだろう。
しかし、それ以上に俺は気になっている点がひとつだけあった。
「ところでさ、君の腰についているそれ……何?」
「ん、ああこれ?」
彼女は白いスカートの横に装着していた物を、入れ物から引き出す仕草をした後、それをこちらに向けた。
「剣よ剣。短剣」
当たり前のようにそう俺に告げ、ほらほらというようにその細い手に握られた短剣を揺らしながら俺の方に近づいてきた。暗い空に顔を出し始めた月の光によって時折キラキラと反射するそれはかなり磨き上げられた刃物だということが分かる。
「いや、ちょっと怖いから!」
「あ、ごめん。でもこれ本物なのかな」
「本物なのかなって……君のものなんだろう?」
「私の……って書いてあったわ」
書いてあった?ネームプレートでも彫ってあったのだろうか。この時代に短剣に名前を刻んでプレゼントをする習慣があるなんて聞いたことがない。やるとしたら貴族とかそこらへんの方々だろう。
「えっと、もしかしてあなたはお嬢様だったりします?」
「はい?なんでそうなるのよ」
「いや、名前入りの短剣のプレゼントをもらうなんて位の高い方なのかなと」
「何言ってるの、そんなわけないじゃない」
ですよね、なんか怖いですし。という言葉はさすがに切り捨てられる恐れがあったので口にはできなかった。少しだけイライラしているのか、彼女は短剣を腰の鞘に出し入れするのを繰り返していた。
「なあ、ちょっとその短剣見せてくれないか」
「ああ、うん。いいわよ」
そう言って彼女は腰のベルトから短剣を抜き出し、柄の部分をこちらに差し出してきた。
実際に受け取ってみると、真剣だということが分かるかなりずっしりとした重さをしていた。よく見てみると下緒の部分には四葉のクローバーの様なアクセサリーがつけられていた。そして、そのすぐ横の鞘部分に|《HINATA AKANE》と刻印されていた。
「形とかアクセサリーとかは可愛いわよねこれ」
「あ、ああ」
気が付くと彼女は俺のすぐ横で顔を覗かせていた。あまりにも密着されているせいかこっちが緊張してきた。やめてくれ、変な汗が出てきた。俺は純情ボーイなんだ。
「あのさ、俺が言うのもなんだけど君ちょっと無防備過ぎないか」
「え?」
「さっき出会ったばかりの男に密着したり、そもそも自分が持ってた武器を相手に渡すなんて」
「あ、えっとその……ごめんなさい」
少し注意を促しただけなのだが、かなり落ち込んだ様子で謝罪をされてしまった。元々は俺が短剣を渡すように頼んで、彼女はそれに従っただけなのに。俺は、彼女の優しさを否定してしまったようで罪悪感を覚えた。
「ああ、いや謝らないで。俺は変なことはしないけどこの森は夜は危ないらしいからさ」
「ここって夜だと危ないの?」
「ああ、この頭の傷の手当をしてくれた子がいるんだけどその子が言ってたんだ」
「……でも、もう夜‥…じゃない?」
彼女は先程とは打って変わり、怯えた様子で周囲を警戒する。冷たい風が不穏な空気を含みながら周囲を漂っている。耳を澄ますと闇に包まれた木々の遠くからは獣達の遠吠えのようなものが聞こえる。
周りには俺たちの足音と呼吸音だけが響く。そこで俺は彼女に提案をした。
「急いで森をでよう」
「うん……!」
俺たちは駆け足にはなりながらも周囲を警戒し、森の中を移動する。必要最低限の動きと会話で森の中に潜む正体不明の危険に存在を悟られないように、息を殺しながら。
五分ほど移動したところで、彼女がひそひそと話しかけてくる。
「ねえ、私たちどこに向かってるの」
「ごめん、俺もよくわかってないんだ……たださっき言った、傷を手当してくれたワカナっていう女の子がこっちに村があるって言って帰っていったんだ」
「じゃあずっと進めば……」
「ああ、村にたどり着くはずだ」
なんで早く行動に移さなかったのだろう。そうすれば夜になる前に村にたどり着けていたかもしれない。
いや、でもあのあとすぐに彼女を追っていたらこの子には出会えていなかっただろう。危険な森の中を女の子一人で移動するなんでどうなるか分かったもんじゃない。武器もなにも持たない俺が言うセリフではないと思うが。
すると、そんな俺の心中を読み取ったのか彼女が的を射た質問をしてくる。
「そういえば、あなた武器は持ってないの」
「俺はあいにくそんな都合のいいものは持ち合わせていなくてね」
「私も元々持ってたものは全部なくなったって言ったでしょ。この剣は起きたらとなりに置いてあったのよ」
となりに置いてあった?俺のところには確かになかったぞ。この子だけ危ないから武器を取らなかった―――?
しばらく無言のまま考え続け、ひとつの可能性が浮上する。
「俺は武器も含め全て奪われた……?」
「え、でも私の剣はここに……」
「君の場合は女の子だから取らなかった、あるいは何らかの理由で取れなかっただけかもしれない」
この説が正しかった場合に俺宛の武器を奪った人物は一人しかいない。
「ワカナ……!」
俺は頭の傷が少し痛むのを感じ包帯に手を添える。わずかに解れた包帯が視界をゆらゆらとだらしなく交差する。俺の頭の中はワカナに対する疑心で溢れていた。俺の会話と表情から何かを悟ったのだろう、《ひなた あかね》は少し俯きながら静かに虚空を見つめていた。
グルル―――。
「ん?」
「え?」
お腹でも空いたのか。参ったな、女の子だしこの手の生理現象は聞かれたくないだろう。気づかないふりをしたほうが賢明だと思い俺は一瞬止めた足を再び動かし始める。
グルルルル――――――。
この短期間で二度も鳴らすか。
「ちょっと、お腹空いたの?」
彼女が俺に問う。
「え、いや君じゃないのか」
「私なわけ無いでしょう」
じゃあなんだこの音は、気づかないうちに俺の腹の虫が騒いでいたのか。
と、思った次の瞬間。
ガサッ―――!
大きな音を立てて目の前の草むらが揺れる。俺は言葉にできない恐怖に飲み込まれそうになっていた。
となりで彼女も口を手で覆い少しでも発生する音を抑えようとしていた。しかし、それも虚しく草むらを揺らしたものが交差する小枝を折りながら徐々にこちらに姿を現す。
薄らと青く歪んだ目。白と黒の体毛に覆われた鋭利な牙と爪。まっすぐに上に伸びたボサボサの耳。
この特徴だけ聞けば、特殊な犬と出会ってしまっただけの様に聞こえるが、ある一箇所だけ俺たちの言葉を失わせる風貌を持ち合わせていた。
その犬のようなものの尻尾からは二つの赤い目を光らせる蛇が生えていた。
どうやら俺たちはとてつもないものに出会ってしまったようだ。いや、もういっそもう少しこいつの姿・形にあった表現をするべきだったか。
俺たちは、とてつもなく恐ろしいモンスターとエンカウントしてしまった。
四話まで読んでいただき誠にありがとうございます。感謝の言葉しか出てきません。
そしてあとがきの発想も浮かびません。というのは冗談です。
四話にしてようやくヒロイン登場、って感じですかね。長かったです(長かったでしょう?すみません)。ただやっぱり小説というのは難しいですね……。
わたくし小説は書いていますが普段あまり小説に触れることは少ないので基本的な書き方というものが理解できていないんです。なのでやっぱり投稿するときは緊張します。
しかし、知り合いとか皆様から感想頂けるとやっぱりありがたいなあという気持ちでいっぱいになります。このまま流れるように次のエピソードに到達できればいいのですが。
ただ、焦りは禁物ですよね。ちょっとずつ自分のペースで書き進められればと思います。今回も読んでいただき本当にありがとうございました!次回!主人公は一歩も動きません!(嘘です)。