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僕たちは異世界と未完成の上で踊る。  作者: 紺野 定
第三章 俺たちは異世界と未完成を挫き綴る。
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第三章 50『Stand on AIRIS』



「え?」

俺は、彼のその異常いじょう雰囲気ふんいきに不意を突かれ、その場で立ち尽くした。

すると、カイザキはその一瞬のすきに腰に巻き付けていた短剣を引き抜き、俺の目の前で振りかぶる。

俺の態勢たいせい、カイザキの素早さ、角度、全てを入れて考えても俺はこの攻撃を確実に食らうだろう。両腕をたてのように前へ出せば俺の腕が吹き飛ぶ程度で命は何とか救われるかもしれなかったが、そんな思考を巡らせている間にカイザキの短剣は既に俺の頭部目掛けて宙をすべり出していた。

左側から迫る綺麗な一太刀ひとたちを目の前にして思った。


負けたくない、と。


戦況せんきょうより心が勝るような、そんな諦めの悪い言葉をふと頭に浮かべた瞬間、俺の体は突如(ひざ)の裏側に強い衝撃しょうげきを受け、無様ぶざまにも背後から床に倒れ込んだ。

痛みは尋常じんじょうじゃないが間違いない、膝カックンだ。


重量じゅうりょくが狂ったかのように、音を立てながら視界の奥へとのぼる液体の飛沫しぶき

その一粒一粒が部屋の照明に当てられて輝きをせる中で、先程まで俺の左目をかすろうと猛威もういを見せていたカイザキの短剣が見事なまでの空振りを披露ひろうした。

「キサラギさん、大丈夫っすか!」

背面はいめんを全てなぞの液体に浸しながら呆然ぼうぜんとする俺に声を掛けたのは、またも戦闘員せんとういんのセンくんであった。

俺は、彼が差し出した手を躊躇ためらいなくつかみ立ち上がる。

良く見ればセンくんだけでなく、すでに俺の周りを数人の戦闘員が囲んでいようだった。


「すいません、失敗するとキサラギさんが死ぬんで容赦なくらせていただきました」

「もしかしてあの膝カックンは……」

「はい、俺です。あの男も流石に銃を全弾打ち切った様子だったので危険は少ないと思ってたんですが、まさかまだあんなものを隠し持っていたとは……危なかったです」

俺もまさかだった。いや、本来ならあのカイザキを俺の間合いまで近づけさせてはいけなかった。

順調に接近する彼に呆気を取られ、棒立ちをしていた俺が悪いんだ。

「ごめん、助かったよ……」

俺がそういいながら狂ったカイザキの様子を見ようと足を前へと踏み出すと、センくんはカイザキの方を見つめたまま俺の行く手をうでさえぎってきた。

「キサラギさんは、不用意ふよういに彼へ近づかないようにしてください。あの状態の彼は正直言って何をしてくるかわかりません。俺たち戦闘員でも攻撃の予測よそくがつかないんです」

攻撃の予測というのは彼らの第六感だいろっかんのようなものだろうか。

今まで彼らが繰り広げてきた先頭の中で培った感覚。それが、今のカイザキには全く通じないと。

そんなのどうすればいいんだ。名前の通り、戦闘のエキスパートである彼らが神経を研ぎ澄ませなければならない相手を俺たちが止める事なんて簡単な事じゃない。

というより、言ってしまえば不可能に近いだろう。


「……じゃあ、俺たちはどうすればいい?」

俺の問いかけに、センくんは少し困った顔をしながらも答えた。

「俺たちの後ろの方でなら、お好きなように」

かなり大雑把おおざっぱな返答だったが、俺はその言葉の通り、その場から数歩後ろへと退いた。どのみちこのままカイザキに突っ込むのも冷静に考えれば無謀むぼうすぎる。だが同時に俺の非力さを痛感つうかんする場面ばめんでもあった。

しかし、お好きなようにと言われても具体的な解決策かいけつさくが見当たらないのではただ遠くからカイザキとセンくんたちのにらいを傍観ぼうかんするだけになってしまう。

手出しができないと考えればしょうがないのだが納得なっとくがいかない。何かカイザキを拘束こうそくする方法とかないのだろうか。

あの言葉の真意しんいをもう一度確かめておきたいしな。

いや、この展開を見ていればもう確かめる必要などさらさらないのだが、彼が敵側についた意味、それを知りたかった。


「キサラギくん、さっきの質問には簡潔に応えてしまったけど、細かく言えば君の推測すいそくは少しばかりズレているよ」

部屋中にこだまする機械音のような声色こわいろ

普通にしゃべるだけでも不快感ふかいかんを感じるその声は、覚醒かくせいしたカイザキの物であるとすぐに理解した。珍しく彼の方から口を開いたと思えば、彼はまた何か頭に引っ掛かるようなセリフを吐いている。

俺たちの敵に回ったと堂々《どうどう》と宣言せんげんした彼の言葉に安易に返答しても良い物かと悩んだが、顔を上げた際に目が合ったセンくんが小さく頷いたのを見て、俺も早々《そうそう》に口を開く。

「どういう意味だ」

「そのままの意味さ。まあ分かるように説明すれば、君が言った、僕が敵側に回ったとしか考えられないというセリフは正しい。だけどキサラギくん側についていた頃の僕とは違うというのは見当違いだ」

カイザキは手にしていた短剣を俺たちの方へ向け、続けた。

「僕は、最初から君たちの敵さ。この世界を創造そうぞうした瞬間からこうなる事は避けられなかったのさ」

「キサラギさん、がって!!!!!」

カイザキが一層いっそう不敵な笑みを浮かべる最中で、センくんはそう叫んだ。

俺からすれば訳が分からない状態だったが、センくんの言う通りに急いで後退こうたいする。すると、その瞬間に彼らが待機している方向から剣撃けんげきが響き渡る。

何が起きたのかと、後退しながらセンくんの方へ視線を向けると、彼もカイザキと同じように短剣を引き抜いているのが見えた。そして、その直後に、彼らの上空から何かが落下し、水浸みずびたしとなった床に突き刺さる。

良く見るとそれは、カイザキが先程まで手にしていた短剣のようだった。


「隠し持っていた武器まで投擲とうてきするなんて、自分を追い込むのが好きなんでしょうかね?」

「……ああ、ごめん。僕に言っていたのかい?余りにも的外まとはずれすぎて気が付かなかったよ」

カイザキとセンくんの会話を聞いている限り、カイザキが投げた短剣をセンくんが弾き上げたという事らしい。詳細は俺の目でとらえられていないためにはっきりとしていないが、カイザキの手に握られていたはずの短剣が姿を消したのは確かだった。

「……まあ余談はこれくらいにしておいて、あなたは何故そこまで執拗しつようにキサラギさんをほふろうとするんすか?」

「……答える必要があるのかい?」

「そこはあなた次第でしょうかね。最終的に俺たちのような陰者かげものは、信頼しんらいした人の為に動くだけです」

「つまりは?」

「キサラギさんにとっての危険分子であるあなたを戦闘不能にするという事実は、何が起ころうともくつがえりません」

その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立つくらい頼もしいと感じた。

実際、俺が非力だという事を除いても、この場にいるフユザクラのメンバーの中では戦闘員である彼らは群を抜いて戦闘力が高い。実戦経験も数えきれないだろう。

今の所カイザキの素早い攻撃にも対応できているのは事実。

俺たちに戦意がないという訳ではないが、彼らがこの場にいる限り、色々な選択肢せんたくしが取れるだろう。


「この僕を戦闘不能に……だって?」

「ええ、キサラギさんをターゲットにするあなたは俺たちのターゲットです」

「…………いい気なものだね」

「何です?」

「君たち如きがキサラギくんの壁になったところで、僕がいだく彼への不満はその壁すらも穿うがいてみせるよ」

何だ。俺が何をしたと言うのだろうか。

本気で心当たりがない。カイザキはただ旅の途中で出会った血族けつぞくであり、俺にイレギュラーのノウハウを教えてくれた言うなれば先輩に近い存在。それ以外に深い関わりなんて持った事もない。

「あなたの方こそ、己惚うぬぼれているんじゃありませんか?俺たちが簡単にやぶれるとでも?」

「うん……そうだな……二人だ。二人だけ残して後は二秒で崩れるだろうね」

カイザキはそう言って顔の前で二本の指を立てて見せた。

「ほざけ……!」

「待て、若頭領わかとうりょう

挑発的なカイザキの態度に珍しく冷静さを欠いたセンくんを引き留めたのは、聞き慣れたしゃがれ声だった。その声の主は、俺が振り返るより先に俺の横を通り過ぎると、カイザキと向き合うセンくんの所まで歩みを進め、立ち止まった。

「年のせいか、わしむごい争いが嫌いでな。圧倒的な戦力を行使こうしした方が効率がいいとは思わないか?」

そう、センくんを引き留めたのはフユザクラの刀匠とうしょう、オウギさんだった。

鍛冶師かじしさん……ですか」

「なに、心配するな。お前さんの言う通り、あの男は一先ひとまず殺しはせんよ。戦闘不能、それだけを頭に入れて刀を振るえば、刀もきっとこたえてくれる」

オウギさんはそういうと、高らかな笑い声をあげた。本当に余裕が有るだけなのか、俺と同じように自分を鼓舞こぶしているだけなのか。

以前オウセンさんに彼の話を聞いた時に尋常じゃない刀の使い手というのは聞いていたが、今の彼は、どちらかというと後者のような雰囲気ふんいきを感じさせた。心の何処かに不安を隠しているような、そんな立ち振る舞いだった。


「俺たちからしても無血むけつ剣豪けんごう殿に力を貸してもらうのはやぶさかではないっすけど、相手はかつてないものの臭いがします故、あなたから見ても十分に危険な相手ではないんですか?」

「ふん、懐かしい呼び名じゃな。じゃが、その無血の剣豪と呼ばれた儂が身震いする程じゃからあの男が脅威きょういと言うのはそうなのじゃろう。否、武者震むしゃぶるいか?最早もはやそんな事も判断はんだんできない程にこの体は老いぼれたが、数日間徹夜(てつや)した事は、無意味にはならなかったようじゃな」

彼はセンくんに並び、腰にしまったたけ程の刀を引き抜いた。

すると、それに合わせるように幾本もの刀がさやから引き抜かれる音が部屋中に鳴り響く。

憤怒ふんぬする者、恐怖きょうふする者、平和へいわを望む者。想いは違えど、導きによりここに集ったフユザクラの全ては、今一つのやいばへと姿を変えた。それがもたらす結果は幸か不幸か分からんが、村一つ分の戦力があれば一人の男を翻弄ほんろうすることなど容易たやすい事じゃろう」

オウギさんが言葉に合わせるかのように、何人分もの足音が地面を揺らす。

そしてそれはオウギさんと同じように俺の横を横切ると、俺の視界を完全にふさぎ、やがて目の前に大きな壁を作り上げた。いや、彼の言葉をつかうのなら大きな刃を作り上げた、が正しいか。


そして、俺の前に並んだ結束けっそくの刃は叫ぶ。

自分たちのかたを。フユザクラの人間としてのほこりを。

「俺たちはお前ら戦闘員よりはるかにおとる、だけど!」

ゆずれない思いは常に俺たちの中でふるい立っている!」

「怖いのは確かだけど、オウギおじいさんの言う通り、結束した私たちは高揚こうようする!」

それは、フユザクラの村人全員の心の叫びだった。

「……分かりました。それじゃあ皆さんは俺の後ろで、彼を仕留しとめる一太刀ひとたちとして準備をしてください。全員でタイミングを計って彼に突撃しますよ」

センくんの言葉に彼らは一斉にうなずいた。

俺も、そんな彼らの後に続くために刀を両手でしっかりとにぎりしめた。少し離れた場所にいたアカネも早足で俺の元へ近づいてきた。彼女も自分の短刀たんとうを右手で握っている。

「ミキトくん……気を付けてね」

「ああ、アカネもな。この一件いっけんが落ち着いたら、カイザキさんにAIRIS《アイリス》の全てを聞き出して、二人で日本に帰ろう」

「うん!」

そうだ、絶対に帰らなくては。……この子を元の世界に帰してあげなければ。

俺は、もしかしたら最初から自分の帰還きかんの事よりもアカネの事を考えていたのかも知れない。

だから、あそこまで嫌いだった世界でも帰りたいと願う事が出来ていたのかも知れないな。

何にせよ、全てが終わり、全てが解決すれば自分の本当の気持ちに気づくことができるだろう。

俺は今もまだ、あの世界の事が好きなのかどうか。


アカネと二人でそんな会話をしていると、突然俺たちの背中をは強くたたかれた。

何事かと顔をしかめるより先に、その人物は俺たちに話しかける。

「おうお前ら、最初にワカナが世話になった時からくさえんでぼちぼちからんできたけど、ここまで仲睦なかむつまじくなるとは思ってなかったぜ」

「オウセンさん……」

彼は笑いながらオウギさんたちの所へと歩みを進めた。

「何となく勘でわかるんだが、このとうげえればお前たちとはさよならになると思う。だけどよ――――――――」

「…………はい」

「また絶対に何処かで会おうぜ」

彼は一方的にそれだけ言い終えると、村人たちの先頭へと消えた。




「あのさあ、全員が全員、頭のネジが外れているのかい?僕が君たちに負ける訳がないだろう」

「無血の剣豪さんも加わったんす、完全と言ってもいいくらい俺たちの方が優勢ゆうせいだと思いますが」

「……言っただろう。残るのは二人だ。それ以外はただの飾り、モブキャラさ」

「せいぜいえるがいいっすよ。俺たちは、今……あなたをもてあそぶ……!」

次の瞬間、センくんが手にした刀を大きく頭上へ振り上げると、その後ろへ並ぶ群衆ぐんしゅうは我先にという勢いでカイザキの元へと走り抜けた。ミサキさんも、オウセンさんも、ワカナもコノハもヤジリさんも例外れいがいではない。彼ら生粋きっすいのフユザクラぜいたばとなり一人の男へとおそかったのである。

別に卑怯ひきょうとは思わない。

そうするべき理由があるのは間違いないし、ないより標的である人物が、結束した彼らを完全に舐めているのだから。


俺とアカネも少しばかり出遅れながらも、足並あしなみをそろえて突撃する。

喉がかれる程の雄叫おたけびを響かせながら刀を構えて突撃するというのは初めての経験ではない。しかしだからこそ、今回の突撃によって思い返される出来事が数えきれない。

感極かんきわまって涙がこぼれそうになるも、それを越える感情を雄叫びに乗せる事で何とかこらえていた。

この一瞬、この一瞬の戦闘で俺たちが勝鬨かちどきを上げる事が出来れば、AIRIS《アイリス》の全てを……あの祭壇で見た夢の中でカイザキが口にした真実とやらを知る事が出来るんだ。

ならば、それを追い求める事以外に他は無い。

走れ、非力な俺の足。振りかざせ、非力な俺の腕。

個体としての俺は限りなく凡人ぼんじんとして存在していようとも、今隣にいる彼女や目の前でうなる群衆の力は間違いなく俺を支える力となってくれている。

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

より一層、気合を入れ喉を枯らす。

全てを、終着させる為に。






「だから、残るのは二人だけだって」

響き渡る怒号どごうの中で冷たく響いたその声が、寒気と共に静寂せいじゃくをもたらすのろいだと気付いたころには、もう手遅れだった。

せまりくる集団をしっかりと見つめながらも、退避たいひする素振そぶりも見せずに、ただただ自分の右腕を肩の位置にまで持ち上げて彼は笑うだけだった。そして、単純に、息をするかのように彼が自然に鳴らしたゆびが見えない波紋を広げた瞬間に、それは起こった。


この部屋の照明が二・三回程不自然に点滅を繰り返したと思えば、それにともない俺たちの前を行く全員が、そろいも揃って電池が切れたかのように、床に広がる液体の中に勢い良く倒れ込んだ。


俺とアカネは、彼らにつまずく手前で踏みとどまる。

だが、それと同時に彼らが微動びどうだにしない事実をしっかりとこの目で確認した。

あれだけ騒がしかったこの空間も何時いつぞやの静寂をふと思い出したかのように沈黙ちんもくする。

しかし、あの時のように延々と静まり返る事は無かった。

彼が、唯一俺とアカネの他に立っていた彼が、軽快けいかいな声で話しかけてきたのだから。




「ね、言っただろう?」






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