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僕たちは異世界と未完成の上で踊る。  作者: 紺野 定
第三章 俺たちは異世界と未完成を挫き綴る。
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第三章 47『AIRIS distorts madness...』



僅かな空白の時間が流れ、すぐ後に聞こえてきたのは村人たちの物と思われる悲鳴だった。

暗闇の中で何人もの人間が逃げ惑うような雑踏ざっとうの音色。

これほどまでに広い空間でそれが響いてくる理由は、先程の銃声じゅうせいが原因だろう。

彼らは前触まえぶれなく放たれた不可視ふかし鉛弾なまりだまに怯え、身を寄せ合うようにして震えているんだ。

ただ、確かに彼らからしてみれば銃声が聞こえて来ただけで誰に放たれたかも分からない、自分が狙われているかもしれない恐怖というものがあるのかも知れないが、俺は俺で真実を知っているが故に彼らとは比べ物にならない恐怖を背負っている。

そう、あの銃声が響いた時、銃口は恐らく俺に向けられていた。

その証拠に俺は今こうして仰向あおむけで床に転がされている。

天井を見上げているであろう俺の眼は、変わらず暗闇の中心しかとらえられていなかった。

足を動かそうにも二発目の銃弾に怯えた体が言う事を聞かず、腕で体を支えようにも先程の衝撃で手の平がしびれている。

こうしている間にも、俺に銃口を向けた犯人がとどめを狙ってくるかもしれないというのに、俺の全身はなさけないほどに脱力だつりょく状態にあった。



「キサラギくん、何だい今の音は!」

「ミキトくん、大丈夫!?」

ボーっとする頭の中に馴染なじみのある声が届く。

カイザキとアカネの声だ。よく耳を澄ましてみると、彼らがせわしなく走り回っている足音が聞こえる。それも、思ったよりも近くで俺の事を探してくれているみたいだ。

遠くの方でも、オウセンさんやミサキさんたちがまたフユザクラの皆に指示しじを出してくれている様子。俺も速く合流しなくては、と付近で走り回るアカネたちに聞こえる声量せいりょうで彼らの呼びかけに反応しようとしたその時、俺は何かがおかしい事に気が付き、咄嗟とっさに開きかけていた口をつぐむ。

「キサラギくん、無事なら答えてくれ!」

その違和感は、ざわめきの中で再度さいどはっきりと聞こえた彼の声によって明確になる。

それは、この部屋の照明が落ち、AIRIS《アイリス》の女性職員じょせいしょくいんによってトラブルの内容が放送された直後に起きた。

俺が床に座った際に手にした丸い物体。それが何なのかをしっかりと確認する為に俺が手で触っていたら突然銃撃を受けたんだ。本当に何の前触れもなく。でも、問題はそこじゃない。

今一番俺が問題視しなくてはいけないのは、銃撃によって吹き飛ばされた俺に向かって「ごめんね、キサラギくん」と呟いた人物の正体だ。

銃声が響いたにもかかわらず、何の脈絡みゃくらくもないそのセリフを吐けるのは犯人だけだ。

そこで誰がそれをやったのかという話になるけど、俺がさっき明確になったと言ったのはその事だ。

俺にはもう、これをやった犯人が分かっている。


『復旧が可能になりました。トラブルが発生した部屋は、この放送の後すぐに作業に移れます』

俺に考える時間を与えていたかのようなタイミングで、再び女性職員の放送が入る。

そして、その内容通り、彼女の声が小さなノイズで締めくくられた瞬間にAIRIS《アイリス》の心臓部は息を吹き返した。文字通り全ての照明を点灯させて。


眩しさに耐えるふりをしながら、顔の前にかざした手の平の隙間を通してこの部屋の全員を覗き見る。

するとどうだろう、皆が辺りを見渡している中でたった一人だけが俺の方を熱心に観察しているではないか。いや、観察というより理解できない現象にうろたえているだけか。

今の行動で確信した。犯人はやっぱり――――――――――――カイザキだ。


「ああ、何だ……キサラギくん無事だったんじゃないか。何で返事をしてくれなかったんだい?」

下唇したくちびるみしめるような表情から一変。彼はいつも通りの嘘くさい笑顔に表情を切り替え、何事もなかったかのように俺の方へ歩み寄る。

俺はそんな彼の態度に怒りとも恐怖ともとれる感情を覚えながら必死で態勢を整える。

しかしどうだろう、未だに銃撃を受けた反動が残っているのか、立ち上がる為に支えとなる四肢ししが今も言う事を聞いてくれなかった。脱力した腕で上半身だけでも起き上がらせたが、そんな事をしている間にもカイザキとの距離はほんの二・三メートルほどまで詰められていた。

「来るな!止まれ!」

今出せる最大の声でカイザキに対抗たいこうする。

だが、彼は涼しい顔で受け流し、尚も笑い続けていた。

「さっきの凄い音で怯えちゃってるのかな……?大丈夫、あれはただの機械音さ。君が無理やりコードを指し直したりするからだよ?」

「違うだろう、あれは誰かが俺に射撃した音だ」

「え、ええっ!?そうなのかい?いや、でも証拠は?」

ワザとらしい驚き方だ。こいつは俺がまだ気づいてないと思っているのだろうか。

「証拠は、俺が銃撃と共に後ろに吹き飛ばされたのが証拠だ。今こうして床に倒れていることも含めてな」

「……いや、でもそれだったら何故君は死んでないんだい?」

状況が分からないとでもいうように彼は肩をすくめた。馬鹿にしているのが分かる。

でも、本気でそう思っているふしもあるな。彼はきっと俺を殺す気で銃の引き金を引いたのだろうから。


しかし、実際に俺自身もなぜ自分が死んでいないのか不思議なところではある。

銃撃と共に物凄い衝撃を受けて吹き飛ばされたことは確かなのに、体が痺れていること以外に外傷がいしょうは特にみられなかった。何故なのか。

「っ……!」

そんな事を思いながら床についていた腕を軽く動かすと、手の平に何かが突き刺さるような痛みが走った。細い何かの破片のような……俺は気になって手の平を覗き込んだ。

すると、透明とうめいなガラスのような破片はへんがところどころに付着しているのが見えた。よく見てみると、自分の周り一帯にかけて小石くらいの大きさの物から砂利程度の大きさのそれが大量にまき散らされているではないか。


最初はそれが何なのか良く分かっていなかったが、考えてみれば、照明が点くまでの間に俺が手にしていた物が姿をなくしている。そう、歪な丸い形の物体だ。

今この状況を確かめたことで、あの歪な丸が何だったのかがはっきりとした。

フユザクラについた時にヤジリさんから渡された透明なコアのような物体だ。

「もしかして……銃弾じゅうだんは俺じゃなくてこの物体を貫いたのか……?」

そうかもしれない。いや、間違いない。

そう考えればあの物体が俺の周りに飛散していることも納得できるし、何より俺が今生きている理由にもなる。カイザキが撃ちだした弾丸は何処へ飛んで行ったのか知る由もないが、これの近くを探せば空の薬莢やっきょうが姿を現すだろう。


「どうかしたのかな?キサラギくん」

「ああ、はっきりしたぜ……あんたが俺を撃ったって事がな」

「……意味が分からないな」

白々《しらじら》しくカイザキは溜息ためいきを吐きだした。

俺の言葉によって静寂を取り戻したこの場の雰囲気をぶち壊しにしたいのだろうが、そうはさせない。俺には完全にこいつが犯人だという事が分かり切っているのだから。

「意味が分からないか。じゃあ聞くが、何であんたは銃声が聞こえた後に『ごめんねキサラギくん』なんて言葉を吐いたんだ?」

「え、僕はそんなこと言ってないよ。そこの村人の誰かが言ったんじゃないかな?」

「フユザクラの皆が居た位置から届くような声量じゃなかったし、そもそも声質が完全にあんたのものだったんだよ。あの時、俺の安否あんぴをわざわざ確認したのも俺がどの位置にいるかを確かめる為だろ。その体のどこかに隠した拳銃で俺を撃ち抜く為にな」

かりだよ。僕にはそんな複雑な事を考える知能も計画性もないよ。僕の声に聞こえたとか言って本当は僕を悪者に仕立て上げたいだけなんだろう?」

彼の往生際おうじょうぎわの悪さに呆れ始めていたその時、オウセンさんが彼を追い詰めるための一手を提案した。

「何か誰がやったとかそういう話になっているのは分かったが、キサラギが言ってる事を確かめれば済む話じゃないか?そいつが体の何処かに隠しているとかいう拳銃を探し出せばよ」

オウセンさんが言い出すまで完全に頭の中にその発想は無かったけど、確かにその通りだ。

奴がついさっきまで持っていた拳銃を奴の体から剥ぎ取れば俺の考えが証明される。彼が何故俺を狙ったのかは良く分からないが、それさえ奪ってしまえば危険は回避できるし、さらにはAIRIS《アイリス》について彼が知っている事と、彼の考えについて詳しく聞き出せる。


「そうです、オウセンさん。その男の身体検査をしていただけませんか!」

めてくれないかなあ!!僕をこうとするのは!!!」

「出し……抜く?」

彼が今までにない迫力で言った言葉を口で繰り返し呟き考えるが、彼が発する威圧いあつによって思考よりも体が身の危険を感知しみゃくを打つ。

そして彼はあの態度を崩すことのないまま、俺を何度も指さしながら叫び続けた。

「そうじゃないか!君の安全を確保しようと努力した僕を、犯人だ何だと吐きつけて、挙句の果てには拳銃を持っている。命を狙われているなんて言われちゃ本末転倒だよ!!君は僕をおとしいれたいだけなんだ!!」

「違う、はっきりとした証拠があるから言ってるんだ」

「僕の声が聞こえた?君を撃つために呼び掛けた?馬鹿馬鹿ばかばかしいだろう!まるで子供の探偵だ!!そんなのただの空想に過ぎない。妄想もうそう虚言きょげんに過ぎないんだよ!!」

そう叫んだカイザキの眼は血走っていた。完全に、俺が知るカイザキはたった今彼の中で死んだ。

彼の言う通り俺が証拠と呼んでいる類の物は完全な証拠とはいいがたいかもしれないが、彼の今の態度は、自分が犯人ですと自白したようなものじゃないか。彼は、どうしてこんなことを……


「お前が無実むじつうったえたいのは分かったが、俺は今はキサラギを信じるぜ。だから、な、お前の身体検査を実行させて貰う」

「離せよくそ野郎が!!!!」

カイザキは自分の体を拘束しようとするオウセンさんを思いきり突き飛ばした。

明らかに対格差では不利だと思える彼だったが、信じられないことにオウセンさんの方が風のように軽々と突き飛ばされたのである。しかも結構な距離を。

「オウセンさん!!!」

「もうどうでもいい、何度でも死ね如月幹斗イレギュラー!!!!!!!!」

狂ったように絶叫した彼が背後から取り出したのは、全体が黒く染められた拳銃だった。

そしてその拳銃は迷いなく俺へと向けられ、一呼吸を開ける余裕もないままに、引き金が、引かれていた。



ついさっきも聞いた、銃口から鉛が吐き出される瞬間に奏でられる実に不愉快な爆音。

間違いなく標的が自分へと定められた状態で耳に響くその音は、死神の叫びと錯覚さっかくするほどの恐怖を体感たいかんさせる。今度ばかりは、手にしていた物体が俺を守るような奇跡は起こらない。

俺は、何とかして弾を交わさねばと思い、その場でまた身を小さく縮めた。

彼は冷静さを欠いている。運が良ければ簡単に避けられるだろう、そう思っていた。


だけど、次に俺が目を開けた時に、その考えは不要だったことを思い出させた。

この場には俺やアカネだけじゃない。俺たちを助けようと決意してくれたフユザクラの全員が揃っていたんだと。



「大丈夫っすか?キサラギさん」

「弾道はキサラギ殿どのかられています。心配は無用かと」

貴方あなたいささか、周りの確認をおこたっているようですな。若き頭領とうりょうよ」

「え、みんな村長が消えてから俺に厳しくないっすか?」

目を開けた先、一番最初に視界に入るはずだった怒りに満ちたカイザキの表情は、彼の全身を強靭きょうじんな体できつく拘束こうそくしながら他愛ない会話を繰り広げる、センくん率いる戦闘員の姿があった。正直、センくん以外は面を外していなかったために誰が誰だか判別はつかなかったけれど、俺が聞いた死神の叫びよりも遥かに強力な死神たちがカイザキを完全に抑制している事に何とも言えない感動を覚えた。

「邪魔だ、お前ら。僕の計画を妨害するな!!」

「うおっち!!」

だが、センくんたちに拘束されても尚、カイザキの怒りをふさぐ事は出来なかった。

彼は戦闘員の全員で抑えられていた体を大きく乱暴に動かしながら、手にしていた拳銃の引き金をデタラメに引きまくった。センくんたちも必死で抵抗するが、やはりカイザキの筋力が桁違い過ぎる。

見た目は細いのに、何処からそんな力が出てくるのか。と考えると、どうも俺が何かの引き金になった気がしてならない。


俺は狂人と化し、暴れまわるカイザキを固唾を飲んで見守る。

見つめれば見つめる程今までの彼とは想像もつかない。本気でネジが一本外れているんじゃないかと考えされられる変わるようだった。

しかし彼の激昂は、彼の拳銃から鳴った弾切れの音を境に収まりを見せる。

撃鉄げきてつから何度も聞こえる彼の嘆きのような乾いた響きが、次第に彼に冷静さを芽生えさせたのだろう。といっても、呼吸は常に荒かったが。


カイザキが振り上げていた拳銃の銃口が力なく地面と向かい合わせになった時、彼を拘束していた戦闘員全員は一斉に彼から離れ、フユザクラの集団の中へと姿を隠した。

気が付けば、カイザキが乱れ撃ちした弾のいくつかが、朝陽あさひたちが入れられていた球体の外郭がいかくを破壊し、そこから例の液体が滝のように零れ落ちている。俺がいる位置からだと中に居る彼女たちの状態は確認できないが、外の空気を取り入れることが出来るようになった訳だし、きっと大丈夫だろう。


俺は球体の方から視線をカイザキに移すと、彼までに何度も謎の挙動を見せていた彼に対して、彼の全てを、AIRIS《アイリス》について理解している事の全てを問いただすことを決意した。


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