第一章 10『対峙』
オウセンたちから初めてコアについての説明を受け、一日中それを扱う技術を訓練した俺たちは想像以上に襲いかかる体のだるさに不安を抱いていた。もしかしたら今晩、この体調のまま能騎士と対峙することになるかもしれない。そうなったら結果はもう目に見えている。俺たち皆、仲良く奴らの餌になるだろう。
特に、コアの開栓すらもまともに行えず、オウセン直々に戦闘への参加を断られた俺は自分の無力さを嘆き、一人切歯扼腕していた。
突如現れた謎の少年少女を見ようと集まった村のじゃじゃ馬たちは、日が落ちてくるつれて徐々に立ち去っていった。最後まで残っていた者の中には俺を気遣う言葉をかけてくれる人たちもいた。
村の人々の優しさに支えられながら俺はその後訓練場を後にした。が、結局俺の心の中を埋め尽くしていたのは、鬱屈した思いのみだった。
重い足を引きずりながら、俺は集合場所として告げられていたオウセンの部屋へ顔を出した。そんな俺の様子を見たみんなから真っ先に告げられたのは、俺に対する村待機命令だった。
「そんな……俺も参加します」
「悪いなミキト。今回ばかりは許すわけにいかん」
「剣を持っていれば戦うことはできる筈です」
「コアが扱えなければ奴らに有効な攻撃は与えられない。分かってくれ、今は時間がないんだ。心情に流されて甘い決断をすれば全員共倒れになる」
オウセンの発言に含まれた僅かな気遣いが逆に俺の心に刺さる。
自分が我が儘を言っているという自覚は十分にあった。何の力を持たない者が戦場に駆り出されてもただ犬死にすることは確定だし、仲間の足を引っ張るのも目に見えていた。
分かってはいる、解ってはいるが心の内側で複雑に絡まり合う気持ちが非常に不愉快で忌まわしかった為、もはや自分でも感情がうまくコントロールできない状態まで俺は追い詰められていた。
「ミキトくん、大丈夫だよ。私たちで全部終わらせてくるから」
アカネはそう言って静かに笑みをこぼしながら腰に差した短剣に手を添えた。本来この世界で持つべき力を手にした彼女の姿は彼女が持つ壮麗なイメージとは反し、勇ましい女戦士の風格を携えていた。
あの日森の中で感じた彼女の図太さを俺は改めて実感すると共に、俺の中で渦巻く虚ろな気持ちはいつの間にか彼女によって満たされていった。
体から解放された不甲斐なさを僅かに吸い込みながら、俺は村に残ることを了承し彼女たちを見送ることを決意する。
「本当にやばい時は呼んでくれ……なにか俺にもできることがあるはずだ」
「心配すんな。全部きっちりうまくやってみせるからよ」
俺の背中を何度も叩きながらオウセンはそう言った。彼はその後、刀掛けに置かれていた彼の武器だと思われる長ドス手にワカナとアカネを引き連れ、森へと向かっていった。
彼らが家を出てからどれくらいったたのだろう、体感では数時間ほど経過したように思われるが実際はきっとそんなに長くない。訓練で体力を根こそぎ持って行かれた俺は、テーブルに突っ伏すことしかできなかった。
硬いテーブルと接触していた額がじわじわと痛み始めるのを感じ、俺は顔を右に向けた。先程まで冷え切っていた左耳が、俺の呼吸によって温められたテーブルの余熱によって再び温度を上げる。それによって違和感を覚えた右耳を直接手で触ろうとした瞬間に、事態は急変する。
カンカンカンカンカンカン!!
「―――!!」
突如聞こえた鐘の音に俺は勢いよく体を起こす。家の外からけたたましく鳴り響くその音は家の中の空気までも振動させる。
それが非常事態を伝える音だと察した俺は、未だ与えられた役割もまもとに行えない自分の足に鞭を打ちながら、無理やり自室へと駆け出した。道中にある美しい装飾品の数々も孤独に走る今の俺には不気味な物にしか感じられなかった。
やっとの思いで自室へとたどり着き、この家に来た時以来放置されたままだった俺の名が刻印された刀を急いで手にする。すると、窓の外から鐘の音に混じって怒号や悲鳴が聞こえていることに気がついた。
鞘のないその刀を震える手で必死に抑えながら、窓の外を確認する。
そこには、あの夜俺とアカネが出会った青と赤の光が無数の線となって森の中を蠢いているのが確認できた。
「嘘だろ――本当に来たのか?」
冗談であればそう言って欲しい。そう思って口にした、現実逃避を含んだその疑問は一瞬の出来事によって直接的に真実だけを俺に教えてくれた。
俺が警戒しながら窓の外を伺っていると、男性数人が松明を手に村中を走り回っている様子が見えた。すると、その中のひとりがこちらに気が付き窓の下まで駆け寄ってきた。
「キサラギくん、何があってもその家から出てくるんじゃないよ! いいね?」
その男性は、訓練で失敗を重ねる俺を励まし続けてくれた『ウロ』という名の男性だった。その顔は手にした松明の放熱によってか、全面に汗が浸たり、止めどなく揺れる灯りは焦る彼の心情を表しているかのようだった。
「今何が起こってるんですかウロさん!」
俺に注意を促したあと、直ぐにその場を去ろうとする彼を呼び止め問いかける。彼は、もはやこちらの顔色など伺う様子もないまま松明を振り回し周囲を警戒しながら、早口で状況を説明していた。
「心吸狼の群れが村を攻めてきたんだ。しかも物凄い数のね。君はまだ力を扱えないんだから、無理せず僕たちに任せて―――――――――」
そこまで言ったところで彼は俺の視界から消えた。その瞬間、血腥い匂いと獣臭が俺の喉を通り肺へと到達した。やがて体内から吐き出された不快なその匂いは口に残り、俺の心拍数を徐々に上げていく。
彼が消えるその瞬間に流れた実体のない残像を追うように視線を窓枠の斜め下へと向けると―――。
それはいた。
唸るように肉塊に齧り付き、無数の細胞によって繋ぎ合わされたそれを、勢いよく首を振ることで引き千切り飢えた腹を潤していく獣が。その下には、今その瞬間に湧き出した赤みを帯びた液体が侵食するように地面を覆い尽くしていくのが見えた。
「―――うっ!!!」
その肉塊がなんなのか俺の頭が理解すると共に、俺は胃袋を鷲掴みにされたような吐き気を催し、窓に寄り掛かった。その時に漏れた僅かな声に反応したのか、獣は瞬時に顔を上げ、興奮によって上げられた唸り声を抑えながら自分以外が生み出す物音に耳を澄ませ始めた。それによって村中に響く狂気の声は俺の拒絶を遮り、より大きな恐怖となり俺の耳に流れ込んだ。
俺は少しでも心を落ち着かせようと、獣に気づかれないよう静かにその場に腰を下ろす。その時触れた床板の軋む音さえも俺の耳には、悲鳴のように聞こえていた。
グルルルルルル――――。
突然外から聞こえていた筈の、獣が喉を鳴らす音が部屋の中に響き渡る。俺がもう一度窓を覗き込む勇気の無いままそっと顔を上げ、部屋の中を確認するとそこには窓枠から入り込んだ松明の灯りによって映し出された獣のシルエットが現れていた。
この部屋を覗いている。
気が付けば先程聞こえた音は俺の頭上を通り部屋の中へと伝わっていた。鼻や口から漏れる乱れた呼吸音を、涙目になりながら両手で必死に口の中に押さえ込む。獣は、依然としてこちらを警戒したまま動こうとしない。僅かに覗くそれの口元は、剥き出しとなった牙から赤色を滲ませた唾液が下に垂れていた。
殺される。
その言葉が俺の脳から発せられた瞬間、俺の体は反射を起こし、壁を擦りながら左へと肩を動かした。
グルガアアアアアアアアア!!!
その咆哮は、索敵から狩猟への移行を告げるものだと分かった。窓枠から身を乗り出したその見覚えのある巨体は、唸り声を上げながら俺がいる部屋へと侵入を試みる。暴れ狂うようにバタバタと体をぶつけながらも目の前の餌だけに集中するその姿は、もはや逃げ惑うことに意味を成さなかった。
「う、うわあああああ!!」
獣が部屋の壁を前足で蹴ったと同時にその体が勢いよく目の前に落下して来た。
そいつは俺の膝の上で方向感覚を失くし、仰向けになった虫のように正しい重力を求め、足を彷徨わせていた。
こいつが立ち上がった瞬間に俺の命は狩られる。まるで、最初からそこに居なかったかのように。
―――ウロのように。
彼の無残な姿が脳裏に蘇った瞬間に獣は体勢を立て直し、こちらに構える。皺くちゃになったその眉間からは殺意がダダ漏れとなっていたが、相手に命乞いでも求めているかのような間を開けたまま、俺の周りをなぞるように徘徊し、ついに俺の背中は背筋よく壁に張り付いた。
大丈夫だよ、私たちが終わらせてくるから。
すべてを諦めた瞬間にアカネの声が聞こえた気がした。それは彼女が森に向かう前に、俺に放った一言だった。
恐怖に怯えていた俺の目に希望が宿ったのを感じたのか、獣が勢いよく跳ね上がり俺の頭上から牙を剥き落ちてくる。彼女たちは、今こいつらと戦っている。いや、もしかしたらもう既に能騎士と対峙しているかもしれない。
急速に俺の中に芽吹きだした不安の種をすべて刈り取る勢いで焦る心を抑え、一心不乱に飛びかかってくる奴に向かって手にした刀を振り下ろした。
斬撃は音を立てながら空間を切り裂き、見事に奴の対角線上を通過した。と、同時に空中で真っ二つとなった奴の体からは俺たちの中を流れる鮮血に似たものが溢れ出し、周囲に多数の赤い水溜まりを作った。
「やった……のか……」
残る恐怖に慄きながらも、一歩ずつ奴の死骸へと歩み寄る。
「死んでる……な」
動物の生死の確認方法など身につけてない俺は、とりあえず呼吸をしてないことだけを確認しそう呟く。その刹那奴の死骸は大きく光り出し、白い塊のようなものになった。
「な、なんだ!?」
身の危険を感じた俺は後ろに退けたが、その光は徐々に何事もなかったかのように細かい塵となり、やがて視認できない程の大きさとなって空気中へと溶けていった。と思えばそこには、死骸の代わりに小さな宝玉のようなものがポツンと取り残されていた。
その微かに碧色に光る玉は、手にとった瞬間に光を増しながら俺の手の平に吸い込まれていった。
目の前で起こった不可解な現象に疑問を覚える余裕もなく、俺の頭の中にはただ一つの考えしか浮かんでいなかった。
「俺も……戦うことができる……」
表面だけを正義で補ったその言葉を糧に俺は立ち上がり、俺は森の中に立ち入ることを決意する。
窓の外にウロはまだ倒れているのか、もしかしたらまだ生きているのではないかと思い、窓の外を覗こうとするがグッと堪える。何度もフラッシュバックを繰り返すあの光景に咽び泣きそうになりながらも、俺はアカネたちの応援に向かう意思を固め、交差する感情をひとつに縛り上げるようにその手に握られた刀を力強く握り直した。
十話まで来ちゃいましたね。本当にここまで読んで頂いた方、すごいです。そして質問です。
十話到達までに見つけた誤字はいくつありますか?教えてください。細かく教えてください。修正で楽しようとかそんな考えはないですごめんなさい。
とりあえずまた自分で思ったこと書かせてもらいます。(もはやあとがきで反省会です)
なんか普通の会話シーンより緊迫感のある残酷な場面の方がスラスラ書けるぅ!嫌だ怖い!
自分の人間性を疑います。
しかし、本当にここまで読み続けていただいて感謝感激です。あ、それとこれを読んでいるあなた。お友達へこの作品を紹介してみましょう。どんなことが起こるかというと鼠算てきに読者が増えていきわたくしが喜びます。
そんな感じで、これからもよろしければ応援お願いします!