4話 新しい『日常』
今回は前回から一転して日常パートと言ったところです。
宿屋らしき場所に定着して2日が経った
ようやく体のだるさも消え、周りの言葉も片言ながら理解できてきた。私はそろそろ行動に移そうと思った…
2日前、脳内アナウンスで何かを取得したな…何だったっけ?
多分あの時何かを強く思っていたから取得できたんじゃないだろうか?
あの時何を思った…
『死にたくない』?いや確かにその感情はあったがそんな単純なものではない…
『赤ん坊は可能性の塊』?惜しいが何か違…
『限界を越える』?限界を…?越えた?限界超越?限界突破?
突如として私の微かに体が光始め、体に力がみなぎるのを感じる…
あぁ…《限界突破》これが今使えるサブスキルか…。さしずめ前世で言うネトゲのアクティブスキル…みたいなものか…。
…とメインスキルは…奪われてたんだっけ…
たしか…《病気無効》、《呪い無効》、《魔法無効》、《レアドロ確定》、《即死耐性》、《第6感》、《全属性適正》…だっけ?
サブスキルは…何を取られたのかいまいち思い出せない。確かなんか色々強そうなサブスキルを奪われた気がする。
あれ?そういえばメインスキルの数が少ない…ひぃ、ふぅ…みぃ…取られたメインスキルが7つしかない…。じゃあ残ってるのは…確か《基礎代謝》、《胃酸強化》それに《空間把握》?だっけ。
そういえば…
『《空間把握》と《胃酸強化》はネタスキル』ってガブリエルさん言ってたな…基礎代謝は…戦闘に関係なさげだから放っておかれた感じだな…
…にしても今回の《限界突破》、発動時間長いな…少し筋トレでもしてハイハイまで出来るまでの時間を短縮しますか…
腕立て伏せ10回したら《限界突破》が切れた…
敷布団がふかふかなのが災いして息が…誰か助け…て…
こうして私はひっそりと息を引き止っ…てない!また同じ天井だ!誰か気付いてくれたみたい…助かった
ふと気配を感じて右を見ると黒猫と銀毛の猫が揃って前足で顔を洗ってる。見方によっては汗をぬぐってるようにも見える…
もしかして…異世界だからしゃべれたりするのだろうか…まぁ仮に喋れても今の私には理解出来るかどうか…
ガブリエルさん…《言語理解》ください…。割りと切実…。
限界突破の発動できる間隔は大体1~2日くらいかな?そこらへん色々試してみますか…
◇◆◇
この『憩いの狩場』に定着して3日がたちました。
私は目を開けると愛らしい赤ちゃんが視界に移ります。
昨日は2匹で朝食を食べに下に降りていたらその間に寝返りをうったらしく、うつ伏せになって窒息しかけていたので2人してビビりました。あんなことはもうゴメンなのでこうして交代で見張りをしているわけです。
さて目の前の赤ちゃんですが…はい!私の…私『達』の『主』さまです。
「だ?」
おや?ご主人様が起きられたようですね。
手をしきりにこちらに伸ばしてとても愛らしいですね。つい身体をすり寄せたくなります。あぁなんて柔らかいほっぺでしょう…。
少し相手をしてあげますか。不肖この姉が!いつも手入れを怠らないこのつややかな尻尾で!かまって差し上げましょう!さわさわぁ~。
力なく握り返されるととても気持ちいぃです。昇天してしまいそうです。
はっいけない、いけない。危うく私がお世話されるとこでした。
ところで皆さん私の…おっと私『達』の『主』様を紹介しますね? 後で「私の」なんて言ったことがバレたら妹に――されちゃうから…
まず性別から…女の子です♪吸精姫の先祖返りの私からすると少し…いえかなりがっかりしましたがとても可愛いので許容です。お姉さんは同性でもイケるクチなんですよ?成長がとても楽しみです~。
さぁご主人様ぁ~このつややかな毛並み触りたいでしょう?触ってみたいでしょう?っていうかむしろ触ってくださぁい!
「あ゛~い゛~」
合意もらいました!いざダァ~イブ!!
◆◇◆
まず目が覚めたとき、見慣れない天井があった…
銀色の毛の猫が私を覗き込んでいる。銀色なんて珍しい…。
あぁ…危ないものかどうか確認してるんだろうなぁ…昔飼っていたゆきは白だったがこんな風に警戒してたっけ…
私はゆっくり手を伸ばすと…おぉ!初対面のはずのその猫は体を擦り寄せてきた。うまく指か曲げられない…さすが赤ん坊だ…ちくせう。
猫がそっぽを向いて尻尾を使ってくすぐってくる。
頬に触れる尻尾の毛並みがとても気持ちいいのなんの…毛繕いを欠かしていない、栄養の整ったよい尻尾だ…。
握ったら怒るだろうな…エイッ…両手で掴めてしまった…あっ、すごい心地いい…あぁ…尻尾が手からすり抜けていった…
やはり機嫌を損ねたか…ん?よく見ると猫の尻尾がピンと立っている。とてもご機嫌の様子…ご機嫌ってレベルじゃないな。ご満悦かな?
あれ?なんかまたこっち見てるけど今度は何か…ちょ、まル○ンダイブを赤ん坊に向かってするか普つグフォ…
あぁようく分かったよこの毛玉め…私に堪能しろと言うんだな…その程度の毛並みに負ける私では…
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モフモフモフぅ…この毛並みには勝てなかったよ…むにゃむにゃ
◇◆◇数十分後◇◆◇
「姉さん…なにしてるの?」
「はっ!?」
従者姉を抱きしめる主を見て哺乳瓶を背負った黒猫はジト目で見つめて言った。
「我に返った私はご主人様からすかさず…すかさず…」
「すかさず?」
銀毛の猫は赤ん坊を起こさないように藻掻くがようやく1本腕をどかせたと思ったその矢先に更に強めに抱きしめられた。
「すかさず脱出することは出来ませんでした。っていうか助けて…。」
「自業自得…。しばらくそのままで居なさい」
黒猫は器用に哺乳瓶3本ほどをシェイクし、再び背負ってベットに軽く飛び乗った。
「ふ…ぇ」
すると赤ん坊はその小さな衝撃で目を覚ましたらしく若干ぐずったかのような素振りを見せる。
「ミルクです」
手早く背負っていた哺乳瓶を下ろし両前足、両後ろ足でホールドして哺乳瓶の先の柔らかい部分でチョンチョンと突く。
哺乳瓶の存在に気がついた赤ん坊は抱きしめていた銀毛の猫を離し、哺乳瓶の先を咥えて飲み始めた。
「ふふん」
放り出された姉たる銀毛の猫を見て黒猫は勝ち誇ったかのように笑った。
「べ、べつに悔しくなんかないですし?『主様に抱きしめてもらった』わけだから?むしろ私が勝ち組?」
銀毛の猫はそういうも少し声が震えていた。勝っていたのは黒猫の方である。だが黒猫は許せなかった。
「勝ち組?それは『従者』としてこうしてお世話をしているこの私にふさわしい言葉」
銀毛の猫はその言い分に対して鼻で笑った。
「それは『従者』として…でしょ?私は『女』として勝ち組なのよ!」
「いい度胸。魔法が使えない猫魔術師なんてタダの猫。その喧嘩買った」
黒猫はホールドしていた哺乳瓶を離し、毛を逆立てて事を構える。
「あ~はいはい喧嘩はここまでにしてねぇ~」
いつの間にか入室したハーベナーが哺乳瓶を持ち直し、赤ちゃんに飲ませるのを再開させる。
「全くこんなことになるだろうと思って覗きに来たかいが有ったよ」
「すみません」
黒猫は自分が迂闊にもミルクを与える業務を放棄してしまったことにしょんぼりと耳と尻尾を垂らす。
「本来だったらあんたが飲ませる役割だったんでしょうが…」
そう言ってハーベナーは銀毛の猫の頭を軽くチョップする。
「お前さんもその怪我で喧嘩したらまた傷口が開くよ?」
「っう…」
ハーベナーが黒猫を一瞥して言うと黒猫は身をすくませる。
あっという間に1本2本と消えていく哺乳瓶を見ながらハーベナーは言った。
「それにしてもこの子は良く飲むねぇ…4本目も行っちゃう?」
「あ~い~」
ハーベナーの問いに答えるかのように赤ん坊は声を上げた。
「隣の部屋の連中から聞いたよ? このこ、夜泣きをしてないんだって? 普通は夜泣きくらいするもんだけどねぇ…」
そう言って赤ん坊の赤金色の髪の毛を手ぐしで撫でながらぼやく。
「まぁ私達の『主』様ですから」
黒猫はそう言って籠に入り、体を丸める。
「ちょ、そこ私の寝床でしょ! 勝手にそこ入るな!」
銀猫は毛を逆立てて怒るが、黒猫はお構いなしだった。
「私はけが人」
「あなたがそのつもりなら私はご主人様に抱いてもら…」
直後に自分の寝床から吹き出す殺気に思わず口をつぐむ銀猫は部屋の隅で丸くなってシクシク泣くのだった。
ここが不幸のどん底?なら這い上がるしかないよね?(「這い上がる」という名の腕立て伏せ)
もらったスキル全てでチートになれる。…という事態にはしたくなかった。という言い訳はこの際置いておく…
飲んだくれの婆さんであるハーベナーがまともなこと言ってるのはちょっとシュールだけどなんか癖になりそう。