3話 スキル喰らい
敵役のイクリさんがチートになってどうすんのさね…
――時間はすこし遡ること2時間前…。
北の廃坑周辺の森に無事転移完了した2人…。
「あ…」
銀髪の猫耳魔術師たる女性は何かに気がついたような声を上げ、「ポン」というコミカルな音を立てて姿を消した。
「姉さん…まさか…」
妹たる猫耳剣士は先程姉が来ていたローブと服を持ち上げる。
中から出てきたのは猫耳魔術師の髪の色と同じ毛色の猫が出てきた。
「いやぁ…流石は最上級派生魔術といったところかしら…ほら、ゲートも長距離転移も今まで余り使わなかったじゃん?だから習熟度が殆ど上がってなくって…。それで南の端から北の端までの距離の転移は魔力が少し足りなかったみたい」
銀毛の猫は毛づくろいしながらそう言った。
「馬鹿…」
「あはは…大聖堂まで飛んだ段階でステータスカード見て『危ないなぁ』とは思ってたんだけどやっぱり『ペナルティ』もらっちゃったかぁ…」
――『ペナルティ』…
ある特定のスキルを使った際の代償や魔力が枯渇した際に被る不思議な現象を指す。
ペナルティの期間はスキルに寄って違い、ペナルティ内容は人によって違う。
基本的にはペナルティ期間中は代償系スキルの使用は不可となる。
この銀髪猫耳魔術師のペナルティ内容は《猫化》と《魔力使用系スキルの使用不可》、《魔力回復系アイテムならびに同回復系スキルの効果無効》。そして期間は『魔力が最大値まで回復するまでの間』。すなわちしばらく戦力にならない状態ということである。
この状況になっていても少女剣士は不敵にも笑って言ったのだ。
「好都合…。」と
黒髪を揺らしながら姉たる猫をつまみ上げると自身の肩に乗せ、周囲の荷物を手早く片付ける。
「確かに意図していなかったけど現状これがベストよねぇ~」
滑らかな銀毛の猫は少女が身につける革鎧に爪を立てる。
「振り落とさないでよ?」
「善処する」
黒髪の少女そう言うと足元に魔法陣が出現し、靴が緑色に輝き始める。
「《軽量化》…《加速》…《重力制御》…《雷考》…」
ブツブツと少女は唱え始め、幾つかの単語を紡いだ後最後のスキルを発動させる。
「《限界…突破》」
「ちょ、それをいまから?!」
肩に捕まる猫は革鎧を掴む力を強める。
剣士はそんなことはかまわないというように一歩踏み出す。すると地面はめくれ、少女は砲弾のようにその場から離れた。
無人の詰め所を素通りし、迷宮内の毒矢が振ってくる罠を高速で回避し、Lv200オーバーのオークを風のように切断しながら通り過ぎ、階層の主の脇を素通りとともに真っ二つに切り裂き、階層の主が鍵を落とす前に扉を粉々に斬り裂き、剣で斬ることのできないゴースト系の階層主には目もくれず、真後ろの扉を斬り裂いて進み、実体の存在しない推定Lv300以上のレアモンスターとされる『狂った精霊』が珍しく支配していた階層主の部屋の扉も斬り裂き、一瞥もせず通過していった。
迷宮の意志によって作られた感情がないはずの階層主達は一瞬目を丸くして、颯爽と現れ、自分を倒すことなく颯爽と部屋を抜けていった剣士に対して涙目になって「そりゃないよ」って言いたそうにしていたのは気のせいではないだろう。
こうしてたどり着いた最下層の元大地下都市の王宮の地下…。
たどり着いてみると
「っち…こりゃまた厄介なのが来たな…」
「…」
角を生やした男は『スキル喰らいイクリ』触れている間任意のスキルを奪い取るということで第1級指名手配犯だった男…。
「数百年前に死んだはず」
黒髪の少女剣士はつぶやくように言うとイクリは呆れたように言った。
「あぁたしかに死んだぞ?だがな蘇生系スキルがないなんて誰がいったよ?」
王の《上級鑑定》で12個の蘇生スキルが確認され、13回の処刑を行われた。そのはずだった。
「俺の《最上級鑑定偽装》と《最上級鑑定遮断》を抜けないということ考慮しなかった当時の王の失策さ…。」
当時の王の《鑑定》は上級まで…。《鑑定遮断》の厄介なところはそれよりも低級の《鑑定》に引っかからず幾つかのスキルを把握させないものである。
「《最上級鑑定偽装》と《最上級鑑定遮断》…どうせヒトから盗んだスキルでしょ?」
肩の銀毛の猫が鼻で笑うように言うとイクリは肩をすくめながら言った。
「あいにくこいつは俺の自前のスキルでな…。初期のスキルは《スキル強奪》と《鑑定》、《鑑定遮断》に《鑑定偽装》の4つだけでな…地道に熟練度上げたってわけさ」
「…そんなことより…」
銀毛の猫とイクリとの会話に口を挟んだ黒髪の剣士。
「返してもらうよ」
少女の声は真後ろからだった。少女は赤子を背に、ブロードソードに風を纏い、イクリの身体を真横1文字に斬り裂く。
――ズパン
斬撃音が辺りをこだまする。
「やった?」
肩に乗った銀色の猫が歓喜の声を上げる。
『手応えが…ない』
「へぇ~《影化》って初めて見るスキルで初めて使うスキルだったんだが、中々便利だな」
斬られた所を手で擦ってイクリはひとりごちながら呟く。イクリの切断面は臓器などなく漆黒の闇のごとく真っ黒だった。
「じゃあまずはお前から殺すとするか『名無し』の妹!!」
そう言ってイクリは地面に溶け込む。
「《水化》で地面に溶け込むと出来ないが《影化》ならこんなことも出来るらしい」
イクリの声は上からだった。天井から多種多様の魔法の槍が飛ぶ。
「?!」
少女は慌てて肉薄する魔法の槍を斬り落とす。
「そっちばかり見てて良いのかぁ?大事な赤ん坊が死んじまうぞ?」
イクリの言葉に少女は振り向いてしまった。赤ん坊に向かう魔法なぞ1つもない。
「しまっ…?!」
振り返って魔法を斬り落とそうとした直前、足元の地面から真っ黒な影の槍が少女を襲う。
今まで上からの攻撃だけだったのに対し、いきなりの足元からの攻撃。普段の少女なら軽く薙ぎ払えていたであろうが先の揺さぶりに動揺し上下両方から攻撃をもろで受けてしまった。
「はっ!やっぱお荷物があると全力は出せねぇみたいだな?それともあれか?ここに来るまで消耗しちまったか?」
イクリの嘲笑に少女はイクリを睨む。決して浅くない傷口から血が滴る。
それでも少女は傷を押さえながら剣を振るう。
ブロードソードはイクリの攻撃を受けるたびに徐々に削れ、疲弊していく。
銀毛の猫は思考し小さく「にゃあ」と鳴いた。肉体言語には多くの意味を含んでいることが少女にはわかる。
剣士は猫の言葉にうなずき、立ち上がり、両手で剣を構え上段の構えを取る。
「カウンター狙いか…。お、こんなのがあったか。《物理無効》…確率1/2だが無効にする…これで物理一辺倒のテメェーが今の俺に攻撃なんか…届かねぇんだよぉぉおおおおおお」
再び天井から黒い円錐状の影の槍が少女に降り注ぐ。
少女は黒い槍を叩き落とすわけでなく、黒い槍が間合いに入るより遠い段階で剣を力任せに振り下ろした。
「んな…」
広範囲に渡る土煙。スモークになっているところに影を刺せばどうなるかイクリは予想できた。
出来たからこそ踏みとどまり、雷の槍を形成する。
「煙幕内誘い込んで状態が不安定になった状態で俺を殺そう魂胆だったんだろうがその粉塵の中ってのはいただけねぇな…それに知ってるか?鉱山でよく爆発事故が起きる理由…ありゃぁ爆発物の扱いを間違えたわけじゃねぇ」
イクリは槍を粉塵に向けて放つ。
「無風状態の中で削った粉塵が一定量の濃度で充満してる状態で火花を散らすと爆発するんだよ!こういうふぅになぁ!」
元王宮内は轟音と爆炎に包まれた。普通なら何も残らないものだ。残るのは肉片と瓦礫…。それくらいだろう…。
爆炎が晴れた頃を見計らってイクリは地面から出て《影化》を解く。
爆炎の中心点には何もなかった。正確には瓦礫のみが残っていた。しかしお目当ての屍らしい血の跡はそこにはなかった。
「…俺を捉えるのは二の次ってことか…そこまでシて、あの赤ん坊が重要だったの…っは!」
イクリはそこまで言って思い出した。ここに少女たちが来る時なんて言っていたかを…
「あれがあいつらの『主』か…。」
イクリはぞっとした。もしイクリがスキルを奪っていなかったらどうなっていたかを…。
「奪ったスキルに《覇王の》シリーズが有った。2つ以上揃っていると『従者』にステータスとスキルのボーナスが入るEXクラスのレアスキルだったな…。」
イクリはステータスカードを確認する。絞込をかけて探した結果…5種類中5個全てあった。
イクリには『主』の適性がない。ゆえに『従者』を持つことは出来ない。だが『覇王の』シリーズは単体でもかなり有用なスキルばかりである。
「まぁなんとかなるだろう。夢の誰だかわからない奴には悪いが俺は俺の道を行くってな…」
そう言ってイクリは踵を返した。
◇◆◇
――中央商業都市イスタンベルグと東の森の中間にある宿屋「憩いの狩場」。
辺境の地にあるというのに毎日繁盛している。
「ファリスちゃ~ん!こっちにホヤ鶏の唐揚げ4つぅ~」
「はいは~い」
緑髪のポニテを揺らして厨房から長身の女性が唐揚げの乗った皿を4つ投げ、見事客のテーブルに着地する。
「ノーヴェスちゃんこの前かみさん怒られちゃったんだよ。慰めてくれよぉ~」
「じゃあ来なきゃ良いじゃない。あなたがいなくてもうちは繁盛してるから良いのよ?」
青髪のつり目の少女が受付で突っ伏しながら泣き言を言う冒険者の頭をなでながら罵る。
「イグニス火力もっと上げて」
「トーナこれ以上はやばいだろうって!」
赤髪ツインテで腰から真っ赤な鱗に覆われた尻尾を生やす少女が踏み台に乗りながら、コンロに居る火の精霊に無茶振りを言う。
「トーナ、ビール3つだって~」
「ハーベナーさん!あなたビールくらいつぎなさい!」
トーナはそう言いつつ器用に大きな尻尾でビールをジョッキに注ぐ。
白髪交じりの緑髪の妙齢の女性、ハーベナーはそれを受け取るとぐいっと飲み干す。
「あなたが飲んでどうするの!」
「ハーベナーちゃん気分上がってきましたぁ!」
「ざっけんな!仕事しろ」
そんな喧騒が飛び交う宿屋兼酒場は一つの物音ともに静まった。
――ブゥン
入り口に豪華な『ゲート』が張られたのだ。
「こんなこと出来るのは1人しかいない。誰かハーベナーばぁちゃん呼んできて!あいてっ」
ノーヴェスがそう叫ぶと奥から灰皿が飛んできた。
「だぁれが『ばあちゃん』だ!あたしゃまだ300年しか生きてないよ!」
「充分だよ!さっさとくたばれクソばばぁ。」
「ノーヴェスも喧嘩売らないのぉ。来るよ世界最強の従者様が…。」
ファリスの言葉に場に緊張が走る。
黒髪の少女が布の包みを抱いて、剣を杖代わりにしてゲートをくぐってきた。
その後に短剣を咥えた銀毛の猫がくぐって叫ぶ。
猫は咥えていた短剣を離し、叫ぶ。
「ファリスこの短剣でこの『ゲート』閉じてくれる?」
「えっとぉこう?」
ファリスが短剣をワンドのように軽く振るとゲートが重々しく閉まる。
黒髪の少女は『ゲート』が閉まったことを確認すると布包みを庇うようにして倒れ、少女の姿が消えた。
「お、おい…名無しの妹従者様がこんなになる相手って一体…」
場に動揺が走る。
「…今はなんて名乗ってるんだい?」
妙齢の女性が猫に尋ねると猫は首を振った。
「あいにく『名無しの』で通ってるよハーベナー。それより妹の手当を部屋の用意を…。ってこの繁盛具合から多分空き部屋ないよね?」
「何いってんの1等部屋が開いてるよ。あんたたちが出ていってからずっとそこだけいつも空き部屋にしてきれいにしてるんだから。それより帰ってきたってことは…。」
「えぇ…連れてきたわよ?私達の『主』さまを」
ステータスカードは使用する前までは銀の板のような形状ですが、起動させるとタ◯レット端末のような高性能なものになります。