8話 《寵愛》
目を覚ますと見慣れない天井が広がっていた。
「くかー」
「すぅ…すぅ…」
耳をすませば両サイドから寝息が聞こえる。
首を動かさず視線だけ右に向けるとセラが静かに寝息をたてて突っ伏していた。
反対側に視線を移すとユネが大きな鼻提灯を膨らまし、よだれまで垂らして寝ていた。
2人とも私の手を握りしめ、寝ている様子は私を助けるのに大変だったかを物語っているか伺い知れる。
「…(…にしてもユネ、せっかくの美人が台無しだな…)」
そう考えクスッと笑ってしまった。
その瞬間2人はガバッと顔をあげる。ユネに至っては鼻提灯が破裂したくらい。
突然のことに思わず目を丸くする。
「「あぁ…ご主人様(主様)が笑っただけか…」」
そう言って安堵し、再びまどろみに意識を委ねようとする。
「「え?」」
寝ぼけ眼で私を再度見る。2人の視線と私の視線が交錯する。
「ご主人様ぁああああ!」
「主様ぁああああああ!」
2人は絶叫に近い叫びをあげ、私にすがり付き、涙をこぼした。
私はそれぞれの手で2人の頭を優しく撫でる。
ユネは声を上げて泣き、セラは嗚咽を漏らしながら私を何度も呼ぶ。
「心配かけてごめん…」
私は心底申し訳ないと思いながら謝罪の言葉を告げると2人は顔を上げて否定する。
「私たちがもっと早くに助けにきていればこんなことにならなかったのにご主人様が謝ることはありません!」
「これは私達の落ち度…」
ユネは気迫たっぷりに力説し、セラ右手に握りこぶしを握り、悔しそうに呟く。その様子に少し押されぎみになるとセラが口を開く。
「それにしても…」
セラの言葉を合図に2人は声を揃えて言った。
「「目を覚ましてくれてよかった」」
そういって再びすがり付いて泣きはじめる。
「大袈裟だよ2人とも…意識がなかったのはせいぜい1日や2日でしょ?」
「何を言ってるんですか?!ご主人様は1週間ずっと寝てたんですよ!」
「そ…そんなに?」
私が驚愕と言うかのような表情を浮かべているとセラが続ける
「主様…時折うなされてた」
「そう!薬の効果を打ち消すために使った《寵愛》の副作用でしばらく魔力が回復しない上にやっと魔力が回復し始めたと思ったら今度は魔力神経の接続不全で魔力が暴走し始めるしでほんっとに大変だったんですよ?!」
「…」
《ブレス》だの接続不全だのわからない言葉が出てきて頭が「?」で埋められ始めた。
「姉さん、主様が言葉の大半を分かってない…」
「はっ」
「だ、大丈夫だよ?(たぶん…)すごい大変だったってことだよね?」
図星を指摘され、冷や汗をかきながら両手を振る。
「《寵愛》の説明を求めます」
「ごめんなさいワカリマセン…」
「最初から「わからない」といっていればいいんですよ。ご主人様はまだ0歳なんですから…」
ユネの言葉に悪意はないのは分かっているが私の胸に刺さる…
「いいですか?まず《寵愛》と言うのは一種のサブスキルのようなものと考えてください。受け取った《寵愛》は即座にサブスキルとして分解されます。しかし一般的なサブスキルと違って初級、中級などのクラスはなく、また熟練度を上げることも出来ません。仮契約の場合サブスキルの初級同等の能力が多いのも特徴的ですね。本契約になると最上級を凌ぐすごいスキルを得るのが一般的です。
そもそも《寵愛》と言うのは《先祖返り》を持つ者、もしくはLv150を超えたものが持つ特殊なものです。
《寵愛》を持つ者は生涯に1人にしか授けることができない代物です。そして受けとる側にも条件があります。」
ユネは人差し指を立てて続ける。
「受けとる側の授かった《寵愛》の数が3つ未満であること。」
続いて中指を立てる。
「受けとる側が《寵愛》を授けることができない者であること。」
そして薬指を立てる
「最後に授ける側と受けとる側が深い絆で結ばれていること…」
「深い…絆?」
私が復唱すると2人は頷き、ユネが続けた。
「私達は仮契約と言う形ですが主従契約を結んでいます。このつながりは意外と深いところにあるものです。私たちは御主人様と主従契約するまでの間、誰1人として主従契約が行なえませんでした…。すなわち!『主従契約は主、従者が固定されている』ということが考えられます!」
ユネは右手は握りこぶしをしっかりと握り、歯を食いしばりながら涙をキラリとこぼし、仮定を発表した。そんなユネを見ながらトキは「アハハハ」と乾いた笑いをこぼしながら思った
「…(…実は私以外に契約できないようにしていたのは黙っておこうっと…)」
こんなことを言った日には逆に質問攻めにされるのが目に見えている。
「で私が授けている《寵愛》も主従契約が仮契約のため仮の形になっているのですが」
ユネの言葉にセラはうんうんと頷く。
「ちなみに私の《寵愛》の仮契約の内容は《媚薬無効》と《中毒耐性》、加えて《催淫系魔法無効》でした」
「…それ本当に初級のサブスキル?無効系がある時点で疑わしいんだけど。」
「これらの上位スキルは《毒無効》と《魔法無効》なのでその中の一部にしかないこれらはまだ初級ってことになります。」
「んでセラのは?」
「不明…」
私の問いにセラはしょんぼりした表情で答えるとユネが補足説明をした。
「《寵愛》の効果は使ったときに初めてわかるんです。次にどうやるか…ですが…。」
そういってユネは私を抱き上げ、膝に向かい合わせに乗せる。ユネの顔が少し赤らむ。
「そ、それでは実演するので目を瞑って「そぉぉぉぉぉおおおおい!」グゲラハ!」
ユネが実演しようとしたところでセラの細身のきれいな腕が物凄い勢いでユネの喉に奇声と共に見事なラリアットを決め込んだ。ユネは女性らしからぬ悲鳴と一緒に開かれた窓のそとに飛んでいく。
「実演は…私がやる…姉さんはいなかった…イイネ?」
「ァ、ハイ」
「そのネタ何で知ってるんだよ」という突っ込みをしようと思ったが無表情のセラはどことなく怖かったので片言で返事を返す。
「私も…主様の従者…だから…」
黒毛の三角耳の従者は耳をペタンと寝かせ、そう言って向かって立つ。その顔は少し赤かったのは夕焼けのせいに違いない。
私はセラの膝に乗るために座るように言うとセラは首を振る。
「膝に…乗る必要はない…向かい合えれば…問題ない」
そう言って膝立ちになって目線を合わせる。
「準備…出来た…」
互いに深呼吸をする。
おもむろに腰に手を回され、そのまま抱き寄せられた。否、抱き寄せられて唇を奪われた。
前の人生で年齢=彼女いない歴を通した私は、初めての出来事で驚きのあまり一瞬体をこわばらせる。セラの舌が私の唇を割って入り、猫らしいザラッとした舌が私の舌をぎこちなく転がす。
柔らかい唇が、ぎこちないが『丁寧にやろう』と言う意思がヒシヒシと伝わる舌使いが、抱き寄せられた時から常に感じる小さくも確かにある胸の膨らみ…これらすべてが心地よく、愛しい…
私の下腹部が燃えるような熱を帯び始める。呼吸のために少し唇を離すことがあるがすぐ再開する。徐々に私の頬も紅潮していくのがわかる。そして私は…
◇◆◇
「…いいね♪いいね♪2人ともの見せてくれたことのない良い顔だよ…」
2人が唇を交わすそのようすを覗く不届き者が居た。
不届き者は透き通った水晶を片手に子悪党のような笑みを浮かべながらその水晶に光景を納めていく。
「あぁ…セラも必死になって舌を絡めちゃって…私の時と大違い…これも保存っと…あぁご主人様は手足をピンと…あ、絶頂っちゃったのね♪あぁ…良いわ♪たまらないわ…私も混ざってあの先に…あら?」
不届き者が身をくねくね悶えたのち、扉の隙間を再度伺う…しかし除いた先にはセラの姿はなかったため怪訝そうな顔をした。
「どうしました姉さん…」
「いやね、セラを見失っちゃって…全く絶頂ったご主人様に付き添ってあげてないとか従者としてどう思う?オーガs…。え? 『姉さん』?」
ギギギッとゆっくり後ろを振り向くと黒い長髪を高い位置で結った妹が仁王立ちしていた。そして後方にはオーガスが既に気絶していた。
「やぁ変態…セラです」
「…ド、ドーモ…セラ=サン…どうやってここに?」
「企業秘密」
蛇に睨まれた蛙状態の不届き者は青ざめながら片言で返答する。
その数秒後、宿屋に「アイエエエエ!」とふざけた絶叫が聞こえたとか聞こえなかったとか…




