真珠湾の空~それぞれの戦い~
ハワイに向かう道中で秋月は思いついたことを実行に移そうとしていた。そして秋月は三人乗りである九七艦攻の真ん中の席に座っている、偵察員の宮路二飛曹に声をかけた。
「おう宮路! 方向探知機のダイヤルをハワイに合わせてみろ」
「了解です」
宮路がダイヤルを合わせると、軽快なジャズが流れてきた。ホノルル放送局の電波である。
「こんなに暢気にジャズが流れてるって事は、敵さんは我々の奇襲に気が付いてないようですね」
秋月に声をかけてきたのは、最後尾に座っている電信員の相川二飛曹だった。
「だろうな。もし察知してるなら、緊急放送でもやってるだろうからな」
「そういえば秋月一飛曹の家はレコード屋なんですよね?」
機内の緊張感が緩んだところで相川が秋月に話題をふる。
「ああ、親父がジャズとかクラシックが好きで、その趣味を仕事にしちまったんだ。店にはいつもアメリカとかヨーロッパの音楽が流れてたけど、戦争が始まった以上はその手の音楽は敵性音楽だから規制は免れないだろうな」
秋月は部下にそう返すと、しばらく黙り故郷の父を想うのだった。
同じ頃にホノルルの放送聴き、偵察機からの報告を受け、さらにいよいよ目の前に迫ってきたハワイを見ても敵機がまったくいないことから、淵田隊長は奇襲を確信した。
そして淵田は午前三時一〇分に信号弾を発射し、各隊に奇襲時の攻撃編隊になるよう命令した。
「おう、信号弾が上がったか。よし各機俺に続け!」
信号弾を確認した村田は味方機に手信号で指示を伝え、雷撃隊を率いて高度を下げてゆく。それと呼応するように高橋少佐の艦爆隊は高度を上げてゆく。
雷撃隊は湾内の艦隊を、艦爆隊はハワイの飛行場を爆撃する(ちなみに五航戦は事前の会議の結果として、攻撃目標が飛行などの地上施設に限定されたため、搭乗員達は憤慨した)。
ところが、雲が邪魔になり上空の戦闘機隊には信号弾が見えなくなったらしく、行動を起こさなかったので、淵田隊長は二発目を発射した。
制空隊は信号弾を確認したらしく、米軍機を撃破すべくハワイ上空に向かった。
やがて真珠湾が淵田機の南東方向に見えてきた。淵田が双眼鏡で確認すると、戦艦を含む艦船が多数停泊している。
「水木! 全攻撃隊に向けて発信、『全軍突撃せよ』」
ここだと判断した淵田が伝声管で叫んだ。そして水木電信員が「トトトトト」(ト連送=突撃の意)を繰り返し発信した。
淵田の率いる艦攻隊(水平爆撃)は雷撃隊と艦爆隊と間合いをとるために、真珠湾の西側に回った。上空には敵戦闘機は皆無で対空砲火もない、湾内の艦艇には一切の動きがない。
――これは、間違いなく奇襲成功だ
「機動部隊に向けて発信。『我奇襲ニ成功セリ』」
淵田の命令を受けた水木が、現代でも知られている有名な電文「トラトラトラ」を発信した。
「失礼します」
「入れ!」
『赤城』の艦橋でジリジリしながら待っていた、南雲長官と草鹿参謀長は、ノックにすぐに反応し電信員を艦橋に入れた。
「それで、淵田からの報告は?」
「ハッ! 淵田中佐からの発信は『トトトト』に続いて『トラトラトラ』です!」
その言葉を聞いた瞬間、草鹿の目からは涙が流れた。
「その報告は間違いないんだな?」
南雲長官は動じることなく電信員に確認する。そして、電信員から電文を受け取ると、窓から空を仰ぎ頷くと落涙している草鹿を見た。
「ひとまずは成功だね草鹿君」
草鹿は南雲の手を握り頷いた。
そんな二人を見ていた赤城は、感動すると同時に遠く真珠湾の空で戦う搭乗員達のことを思っていた。
――奇襲成功といっても損害は出るし、第二次攻撃隊が着く頃には敵も体制を建て直しつつあるはず。皆お願いだから無事に帰ってきて。
淵田が電文を送ったのと時を同じくして、日本軍の攻撃隊はハワイに殺到した。
村田に率いられた艦攻隊は高度を下げ次々に魚雷を投下。魚雷は真珠湾の浅い海底でも問題なく走り、米艦隊に打撃を与えていく。
「今のを見たか? 流石は村田隊長だ。お手本のような雷撃だったな」
攻撃目標の選定をしていた秋月は感嘆の声を上げた。
「秋月一飛曹! 我々も一発叩き込んでやりましょう!」
「よし! あの戦艦にする。いくぞ宮路、相川」
「「はい!」」
村田の雷撃に発奮した秋月は、猛然と突撃していく。
「焦るな俺。まだ射点(魚雷を敵艦に命中させるための適正位置)まではもう少し距離が・・・・・・ここだ、発射!」
秋月は、気合を込めてレバーを起こした。ふわっと機体が軽くなり、魚雷は海中に入り敵艦に向けて疾走していく。秋月は、敵艦との衝突を避けるために機首を上げ敵艦の上を通過する。
「どうだ命中か!?」
秋月の問いを受けて相川が敵艦の様子を観察する。すると、数秒の後に敵艦に巨大な水柱が立ち上がった。
「やりました! 命中です!」
命中確認という相川の言葉を聞いた秋月は、ガッツポーズと快哉を叫んだ後、戦場から離脱を開始した。
『翔鶴』の高橋隊長に率いられた艦爆隊は、翔鶴隊がヒッカムとフォードの両飛行場、瑞鶴隊はホイーラー飛行場を叩く。
『瑞鶴』の艦爆分隊長の閻魔大王こと江間保大尉は、爆撃のために急降下しながら首を傾げていた。
――なんだ、猛烈な対空砲火と戦闘機の反撃を予想していたのに、これじゃあ赤子の手をひねるようなものだな
高橋と江間に続いて、次々に艦爆が飛行場に突入し飛行場は黒煙に包まれた。
上空で味方の攻撃を見物していた津嘉田は、快哉を上げつつも物足りなさを感じていた。
――来るまでは緊張してたけど、敵機は全然いないし、やっと出会った敵機も先輩が一瞬で撃墜しちゃうし
しかし、その物足りなさは数分後に敵機の襲来と共に破られることになる。
日本軍の奇襲のなかで離陸できた米軍機は、少数に限られた。
それでも、ハワイ上空では散発的に空戦が行われていた。(もっとも零戦の性能と、凄腕のベテランの活躍によって津嘉田はまだ戦闘を経験していない)
そんな苦戦するアメリカ軍のなかでも、陸軍航空隊のケン・テーラー中尉とジョージ・ウェルシ中尉は、奇跡的に離陸に成功し、二人はそれぞれ四機ずつを撃墜している。(この中に零戦は含まれていない)
ある飛行場では離陸禁止の命令が出されていたが、多くの搭乗員達は命令を無視して飛び上がっていった。しかし、そのほとんどは圧倒的な性能の差と零戦の数の前に多くが撃墜されたり、滑走路で離陸滑走中に銃撃を受け炎上したりした。
さて、津嘉田の属する中隊(戦闘機の編成。小隊は三機、中隊は九機、大隊は二七機くらいの数で構成される)はダイヤモンドヘッド上空に居た。
「これが有名なダイヤモンドヘッドか。せっかくだしカメラにでも撮っとくかな」
津嘉田がカメラを向けたまさにその瞬間、後方に位置していた二機が火を噴きながら墜ちていった。
――え? い、今のは何!? 味方が撃墜された!?
あまりに急な出来事に津嘉田は混乱したが、それも一瞬のことだった。津嘉田の思考は次の瞬間には一つの単語で埋め尽くされていた。
「敵を撃墜しろ。味方の仇を討て!」
津嘉田は機体を反転させ敵機に向かい、味方を撃墜した二機の背後に回りこもうとするが、零戦隊に奇襲をかけ、見事に撃墜した二機のアメリカ軍機は、既に互いに別方向に離脱をかけている。それぞれ離れることで追尾してくる零戦の数を減らすつもりらしい。
「逃がすかよ!」
残った七機の零戦は、三機と四機に分かれて追尾にかかる。
津嘉田が横をチラッと見ると、小隊長が手信号で「危なくなったら守ってやるから、一人で墜としてみろ」との指示を送っている。
――これはチャンスだ。いざとなったら小隊長が助けてくれる。よし、やってやる!
「了解です!」
小隊長への返事もそこそこに津嘉田は猛然と敵機を追う。零戦はこの時期の戦闘機としては圧倒的なスピードを誇っている。そのため、追いついてきたた津嘉田機に逃げ切れないと判断したのか、敵機は応戦の意を示してきた。ここで、初めて津嘉田は冷静さを少し取り戻し、敵機を観察した。
――この機種は、おそらくアメリカ陸軍が主力としているP-40。性能は優秀と聞くが・・・
しかし、戦場では一瞬の気の緩みが死に直結する。すでに、逃げを捨てて臨戦態勢に入っていたP-40が、津嘉田が考え込んでいる隙に背後を取り射撃を開始した。
「しまった!」
津嘉田機の周りを曳光弾(弾丸の軌道を確認するために光の尾を曳くようになっている機銃弾。三~五発に一発の割合で混じっている)が流れていく。
津嘉田がP-40から逃れるべく急降下に移ると、追尾していたP-40の翼が翻った。急降下する津嘉田機を追ってまっさかさまに急降下をかける。
降下しながら、津嘉田は後方を振り返った。真っ青な空から降り注ぐように、P-40の機影が迫ってくる。
――あの機体は急降下に強い。
敵機を見て、津嘉田はそのような感想を持っていた。総合性能は圧倒的に零戦が上だが、防御面では一対一〇〇といっても過言でない程の差がある。つまり、このまま急降下を続ければ振り切るどころか、こちらは確実に撃墜される。
「だったら」
まだ敵との距離があるうちに津嘉田は機体を引き起こしにかかった。敵との距離が近い場合は機体の上部を晒すことになるので、格好の的になる行為だが。安全な距離が開いているなら問題はない。津嘉田は水平飛行に移り、高度一〇〇〇メートルを飛行しながら、徐々に機速(スピードの意)を上げる。
旋回しつつ津嘉田は上方を睨んだ。
P-40が降下してくる。教科書どうりの肉薄攻撃。これに付き合う道理はない。こちらの現在の高度が一〇〇〇であることを確認し、瞬時に戦術を組み立てる。
敵機は迫ってくる。
急降下の勢いで照準の修正が難しくなったあたりを見定めて、津嘉田は機体を裏返し、落下しながら緩横転(いわゆるスローロールのことで、果てしなく要約すると、速度を落としながら機体を横滑りさせつつ、機体を回転させる技。上手くハマると追ってくる敵機の背後に回り、形勢逆転も可能。間違ってたらごめんなさいw)に入る。
敵機の両翼から機銃弾が放たれる。
多数の曳光弾が再び津嘉田機を包み込み撃墜、とはならずに横転の中心をすり抜けていく。緩横転をする相手へ機銃弾を浴びせるのは難しい。
さらに、急降下の勢いのついた敵機は津嘉田の描く大きな円周の真ん中を突き破ってしまい、獲物を追い越して海原へと降下してゆく。その敵機の尻を目がけて、今度はこちらが逆にこちらが追う。初陣ながら、訓練でベテランを負かす程の、天賦の才を持つ津嘉田の巧みな緩急により形勢は完全に逆転していた。
高度一〇〇〇メートルでの射撃を強制された敵は、そのまま降下を続けていれば海に激突してしまうので、機体を引き起こさざるを得ない。
やむを得ず高度五〇〇メートル付近で操縦桿を起こし、水平飛行に移った敵機は津嘉田に対して「どうぞ好きに料理してください」といわんばかりに機体の上部を晒す。
津嘉田にとっては初めての撃墜。言い方を変えれば初めての人殺しだ。だが、迷いは一瞬だった。
――こいつを今この時に墜とさないと、いつか翔鶴を沈めるかもしれない。
「だから、ごめんなさい」
脳裏に浮かんだ翔鶴が津嘉田の迷いを消し飛ばした。
それから、容赦なく機首の七.七ミリと両翼の二〇ミリ機銃を敵機に向かって発射した。大型爆撃機の装甲すら貫く二〇ミリ機銃は、一発でも当たれば、それが致命傷となる。
一瞬にしてP-40が爆砕した。
爆炎を突き破り零戦のプロペラが唸る。
周りを見ると、小隊長や逃げたもう一機を追っていた味方機が、津嘉田の周りに集まって来ていた。全機無事ということは、もう一機も撃墜されたらしい。
小隊長が近づいてきて身振り手振りで初撃墜を祝福している。津嘉田もそれに応えつつ、敵機に墜とされた零戦搭乗員と、自分と味方が墜としたアメリカ軍パイロットに心中で手を合わせるのだった。
生き残った七機の零戦は編隊を組み直し、新たな敵を求めて空を駆け上がる。
そして、これが後に海軍でも指折りのエースとして知られるようになる、津嘉田永臣の初陣であった。
まず最初に先月の4日に投稿すると言っておきながら、一ヶ月も更新しなかったことをお詫び申し上げます。
今後はおそらく週一(土日のどちらか)での更新になると思われます。




