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開戦の日

 機動部隊が単冠湾を出撃したまさにその日ワシントンでは、日米交渉の最終回答文書、通称「ハル・ノート」がコーデル・ハル国務長官こくむちょうかんから日本の大使に渡されていた。この「ハル・ノート」が太平洋戦争を両国に決意させた要因よういんの一つといわれる。


 攻撃隊の総隊長である淵田中佐は、ハワイへの移動中も、全搭乗員に仕上げの訓練を続けさせていた。

 戦艦・空母・巡洋艦・駆逐艦などの模型による識別訓練しきべつくんれんや、オアフ島や真珠湾の地形識別などで、誰もがその知識を体で覚え込もうと訓練を続けた。

 そして、一二月二日に艦隊への燃料補給ねんりょうほきゅうも終わったその日の午後八時、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」という電文が届いた。

 これは「攻撃日を一二月八日とする」という暗号電文であった。

「長官、いよいよきました。あとはやるだけです」

 と、参謀長さんぼうちょうである草鹿龍之介くさかりゅうのすけ少将が、南雲長官に電文を手渡しながらそう言った。

「うむ、暗夜に曙光を見出した感じだな」

 それまでは不安そうにしていた南雲長官も、この電文を受け取ると自信を持ったようであった。

 その様子を見ていた赤城の闘志も大きくなっていた。

 しかし、電文を受け取り多少なりとも意気を上げた南雲長官も、やはり完全に不安は消せていなかった。

 ――水雷屋すいらいやになにができる。飛行機のことなぞ何も知らんくせに。

 やはり搭乗員達の間では、南雲長官よりも前に長官であった小沢中将の方が、飛行機に精通しているのでよかったという声は聞こえていた。ただ、その中でも村田は積極的に南雲長官と行動を共にし、飛行機乗りの気質というものを南雲長官に説いていた。

「長官、攻撃隊の連中は皆やる気です。何も遠慮は必要ないですよ。長官はただ一言、やれ! と言ってくだされば結構です」

「そうか、皆わしと一緒に死んでくれるか」

「いえいえ長官、死ぬだけが能ではないです。このブーツが、必ず魚雷を命中させて帰ってきますから。それに、作戦が成功しても戦はまだまだ続きます」

 そのようなやり取りがあり、南雲長官と村田は意気投合したのであった。

 そして、いよいよ明日はハワイに奇襲をかけるという一二月七日の夜、南雲長官がぶらりと士官室を訪れた。搭乗員の士気を確かめる目的と、出撃すれば帰ってこない搭乗員も出るだろうと考え、別れを告げる目的もあった。

「明日は出撃だが、調子はどうだい?」

 緊張した様子で部屋に入ってきた南雲長官に村田は危惧きぐを覚えた。

 ――これはいかんぞ。長官がこう緊張していは艦隊に影響がでるやもしれん。

 そこで村田は得意の冗談で、南雲長官の緊張を解こうと考えた。

「長官、今ちょうど士官室ではコーヒーの賭けをしとったところです」

「コーヒー? コーヒーならわしのとこにも美味いやつがあるが」

「いえいえ、アメリカのコーヒーの話ですよ。いいですか、明日の朝、敵艦隊の旗艦きかんであるウエストバージニアの長官室でキンメル提督ていとくが朝のコーヒーを飲もうとした時、このブーツの魚雷が敵艦の横っ腹に当たるわけですよ。すると、キンメルの手が震えてコーヒーが零れる。この時コーヒーを全部零してしまってはいけないのです。半分は残すように加減をする。まだ残っているコーヒーが揺れていると、そこへこのブーツが舷窓げんそうから顔を出して、これキンメル長官、そのように慌ててはキンが見えるぞ、すなわちキンメルだぞ、とこう言うのです。ところが、淵田中佐は、わしの魚雷が当たる前に、自分の水平爆撃隊の爆弾が命中してキンメルは水浸しになっていると主張しとります。長官はどちらに賭けますかな?」

 これには流石の南雲長官も頬を緩めて笑い出してしまった。この村田の冗談で緊張も解けた南雲長官は士官達と言葉を交わした後、明日の攻撃に備えて部屋に戻っていくのだった。


 そして、翌一二月八日の午前0時。搭乗員達に総員起こしがかかった。それと同じ頃に機動部隊の各艦で、長官から兵に至るまでが、艦内神社に参拝した。

 その後、午前一時に重巡『利根』『筑摩』から水上偵察機が一機ずつ射出され、ハワイ方面の事前偵察に向かう。そして、一時を過ぎた頃から搭乗員達が徐々にそれぞれの愛機にやって来た。

 総隊長の淵田中佐が愛機である九七艦攻に乗り込もうとした時、整備員下士官が近づいてきて淵田中佐に頼み込んだ。

「全整備員も真珠湾にお供したいと思っております。ですがそれは不可能ですので、隊長にこの鉢巻を」

 淵田中佐は感動して受け取り、しっかりと締め愛機に乗り込んだ。

 その様子を見ていた御堂と赤城もまた決意を新たにしていた。

「御堂、今日はしっかりと攻撃隊を守って、戦果を上げて生きて帰ってこい」

 赤城の言葉に御堂は大きく頷き、赤城を抱きしめた。

「安心しろ。俺は必ず淵田隊長や村田少佐を守りぬいて帰ってくる」

 そうして御堂は零戦に乗り込んだ。

 

 同じ頃、津嘉田は緊張でガチガチになっていた。

「はー、まいったよ。覚悟は出来てるつもりだったけど、いざ初陣を前にすると駄目だね」

「大丈夫、永臣なら必ず絶対無事にやれる」

 翔鶴はいつもの無表情で親指を立てる。

「その自信は何処どこからくるのさ・・・」

「それは・・・、私が好きな永臣が撃墜げきついされるわけがないから。むしろ愛の力で逆に撃墜できる」

 いつもは無表情な翔鶴も、この時ばかりは頬を赤くしていた。

「そっか、ありがとう翔鶴。君にそう言われると本当にそうなりそうなき気がするよ」

 恥ずかしい台詞を言った方も言われた方も顔を真っ赤にしながらも、そこに今までの緊張はもはや無かった。

「それじゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい」


「岩本一飛曹」

 今まさに愛機に乗り込もうとしていた岩本は瑞鶴に呼び止められた。

「おう! 瑞鶴のお嬢ちゃんじゃないか。どうした?」

「その、岩本一飛曹はよろしいのですか? 直衛任務ちょくえいにんむ(艦隊の上空で艦隊の護衛をする任務)になってしまって」

 言い辛そうに話す瑞鶴に岩本は笑顔を見せた。

「そりゃあ世紀の一戦に参加できないのは残念さ。だが直衛は各空母の中でも凄腕の搭乗員が選ばれてる。その一人に選ばれたのは名誉なことさ。それに攻撃隊の連中が帰って来る場所を守るのも大切な仕事さ」

 岩本の言葉を聞いた瑞鶴は微笑みを浮かべた。

「そうですか、そうですよね。私達が沈んじゃったら皆さんが帰って来れなくなっちゃいますね」

「だから俺は気にしないのさ。さて、そんじゃいってくる」

「はい、頑張ってください」


 そして『飛龍』でも翔と秋月の二人が飛龍と言葉を交わしていた。

「いいか翔、一志。無理はするなと言っても無駄だろうから、これだけは言っとくよ」

 飛龍は少し間を置いてから口を開いた。

「暴れに暴れて、その上で生きて戻ってきなさい!」

「「まかせてください!」」

 そして、二人が自分の愛機に乗り込んでから一〇分程が過ぎた午前一時三〇分、旗艦『赤城』に信号旗しんごうきが上がり、さっと降りた。その信号旗を見るやいなや各空母の艦長達は一斉に「発艦」を命令した。

 空母から攻撃隊が、零戦を先頭に轟音を残して次々と飛び立っていく。

 攻撃隊は、まず淵田総隊長の率いる爆弾を抱いた九七艦攻水平爆撃隊を先頭にし、その右側と下方に村田少佐指揮の一、二航戦の九七艦攻雷撃隊(九七艦攻は爆撃と雷撃の両方が可能)が、さらに淵田隊の左側と上方に『翔鶴』艦爆隊長の高橋赫一たかはしかくいち少佐指揮の五航戦艦爆隊、これらの攻撃隊のさらに上方に『赤城』の板谷茂少佐指揮の零戦隊が護衛をする。これらの攻撃隊は一五分程で集合しハワイに向けて飛び去っていくのだった。

 岩本は艦隊上空で攻撃隊を見送った。


 それからしばらく経った二時二〇分ごろ、南雲機動部隊では第二次攻撃隊の発艦準備が進む中『蒼龍』の飛行甲板に桜井と蒼龍の姿があった。

「さて、いよいよ俺も出撃か」

「誠なら大丈夫、今までだってそうだったでしょう?」

「しかし、何回やっても戦いの前の緊張はあるさ」

「なら誠にはこれを授けましょう」

 やや芝居のような口調で蒼龍は桜井にある物を手渡した。

「これは・・・」

「お守りです。誠が無事に帰れるように私の姿が見える人に頼んで買ってきてもらいました」

 お守りを受け取った桜井は、その日起きてから初めて笑みを浮かべ蒼龍を見た。

「まったく蒼龍には敵わないな。でも、ありがとう。これで頑張れそうだ」

「ふふ、そうですか」

 すっかり二人の空間に浸っていた二人に一人の士官が声をかけた。

「おう、桜井! 俺には見えんがそこに蒼龍さん居るんだろ? いつまでもイチャイチャしてないで出撃するぞ!」

 声をかけてきたのは、『蒼龍』艦爆隊長の江草隆繁えぐさたかしげ少佐であった。二人は一瞬神妙な顔になった後笑い出してしまった。

「あはは、それじゃあ行ってくる」

「はい、気をつけていってらっしゃいませ」

 そして午前二時四五分第二次攻撃隊が発艦した。第二次攻撃隊は『瑞鶴』艦攻隊長の嶋崎重和しまざきしげかず少佐を隊長とし、その嶋崎少佐指揮の五航戦の艦攻隊(水平爆撃のみ)、江草少佐指揮の一、二航戦の九九艦爆、『赤城』の戦闘機分隊長の進藤三郎しんどうさぶろう大尉指揮の零戦隊であった。

 

 ちょうどその頃、第一次攻撃隊はいよいよハワイに迫っていた。





さて、いよいよ年末最後の投稿です。実を言えば9話以降はまったく手をつけてすらいませんw 年末年始に書いてなんとか4日に投稿します。

では、皆さんよいお年をーノシ

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