空母と翔
昭和一六年(一九四一年)四月。日本近海で訓練を行っていた航空母艦(空母)『飛龍』に一機の九七式艦上攻撃機(九七艦攻・三人乗り)に誘導される数機の零式艦上戦闘機(零戦・ゼロ戦)が向かっていた。
「やれやれ。転属命令が来てやっと内地に帰れると思ったら、今度は空母ときたもんだ」
愚痴を言いながら飛んでいるのは、初陣から二年が経ち年齢は二四、階級も一等飛行兵曹(一飛曹)で下士官の最高位に達した水守翔であった。
翔は先日まで前線で中国空軍と激しい空戦をしていたのだが、艦隊の新編成に伴う人事異動によって空母に配属となり。現在は基地から海上で訓練中の『飛龍』に向かって飛行中である。
やがて、海面にとても小さく『飛龍』の姿が見えてきた。
「あれが空母か。着艦の練習でも思ったが、やはり小さいな」
空母は通常の艦艇と違い飛行機の離発着用の甲板を艦上部に備えているのだが、やはり艦なので甲板はとても小さく。陸上基地しか経験の無い搭乗員にはとても着艦(空母の甲板に降りること)は不可能である。
そこで、搭乗員達は事前に定着訓練といって地上に幅三〇メートル、長さ二〇〇メートルの地域を白布で造り、この中に着陸できるよう訓練を繰り返した後、空母に着艦する。
海は五メートルくらいの微風で、飛龍はかなりの速力で走っている。空母に着艦するには、秒速十五メートル程の向かい風が必要だが、空母が三〇ノットを出せれば、艦自体が生み出す風が一五メートル程になるので、三四、三ノットが出せる飛龍ならば、無風でも着艦は可能だが、後に戦線に出てくる商船改造の空母だと、三〇ノットに達しない艦が多いので、風のある海面を探して彷徨うこともある。
僚機が次々と着艦し、翔の順番がやって来た。翔が深呼吸をして心を落ち着かせていると、基地から誘導して来た艦攻の搭乗員がニヤニヤ笑いながら急かしてくる。
――あー! もう! どうにでもなるさ!!
とにもかくにも決心が固まった翔は、まず高度を二〇〇に落とし、とりあえず『飛龍』の上を通過した。
――しかし、高度を落としたはいいものの、果たして定着訓練のように上手くいくもんかね?
艦攻の搭乗員に乗せられて着艦動作に入ったものの、やはり初めての着艦は不安である。
翔は半ば諦め気味に『飛龍』上空から観察すると、先に着艦した機体の収容作業が終わったらしく、「着艦よろし」のサインが出ている。
「ようし、着艦許可だ」
翔はフックを下ろすと、旋回点で旋回しながらゆっくりと高度を下げていく。そうして最終旋回を終わり、地上でしっかり定着訓練をやった結果か、ほぼ適正コースに乗れている。徐々に艦尾が近づいてくるとスロットルを絞り、右手で操縦桿を手前に引き機首を起こす。目の下を飛行甲板の板目が流れ、機体は衝撃と共に甲板に着艦した。その後前に押し出されるような衝撃があり、フックが引っかかった。
「ふー。不安だったけど、案外なんとかなるもんだな」
翔は風防を開け、溜息をしながら機体から降りた。そこに、待ってましたとばかりに整備員達がやってきて、機体を運んでゆく。
機体から降りた翔が、採点係りの士官から着艦に関する注意を受けて搭乗員室に向かっていると、後ろから一人の搭乗員が翔を追いかけてきた。
「おーい! 久しぶりだな!!」




