撃墜王の哲学
第一次攻撃隊は午前七時頃に、第二次攻撃隊も午前八時半頃に艦隊上空に帰還した。燃料が少ない機体や損傷が大きい機体が優先して空母へ着艦していく。第一次、二次攻撃隊の収容が終わったのは午前九時頃だった。
艦隊直衛の任務を終えて着艦していた岩本は、帰還する攻撃隊を出迎えるべく甲板上に居た。岩本は攻撃を受けたアメリカ軍が反撃に出てくると予想し、身を挺して艦隊を護る覚悟を決めていたが、奇襲が完璧に決まったこともあり戦闘を行うことなく着艦していた。
「ここに居たのですか」
「瑞鶴のお嬢ちゃんか。どうかしたかい?」
瑞鶴は何も言わずに岩本の横に座る。しばらくの間二人は黙ったままだったが、結局は瑞鶴が口を開いた。
「・・・・・・損害はどの程度になるのでしょうか?」
「そういえば、お嬢ちゃんは今回が初陣だったな」
「瑞鶴」が完成したのは今年に入ってからであり、既に中国との戦いで出撃経験のある「赤城」などの空母とは違い、搭乗員を失った経験はまだ無かった。
「そうさなあ。奇襲は成功したといっても、被害が皆無ってわけにはいかないだろうさ」
岩本の言葉を聞いた瑞鶴は、膝を抱えて顔を伏せてしまう。
「わかってるんですよ? これは戦争だから必ず誰かが死ぬってことは。それでも私にとっては見える見えないなんて関係なく、皆が皆とっても大事な人達なんです。できれば一人も死んでほしくないんです」
「俺だって全員に帰ってきてほしいさ。だがそれは無理な相談だ。ならどうする?」
「わかりません」
瑞鶴は小さく首を振って答える。
「俺達にできるのは二つくらいだな。一つは死んだ奴のことなんて割り切ってさっさと忘れることだ」
「な! 岩本一飛曹!?」
今にも飛び掛りそうな勢いの瑞鶴を抑えて岩本が続きを話し始める。
「もう一つは思いを継いでやることさ。死んでいった連中のことを忘れろとは言わないさ。ただ、ずっと覚えていようとすると、この先もっと戦いが激しくなっていく中でどんどん辛くなっていく」
「思いを継ぐって言われても」
困惑顔で岩本を見つめる瑞鶴にさらに言葉を続ける。
「俺達はそれぞれに大切なモノを護るために自分の命を懸けて戦っている。それは家族・友人あるいは国だったりする。だからお嬢ちゃんはあいつらの命を懸けてでも守り抜くっていう意思を無駄にしないでくれってことさ」
「もしも、私が沈んだら岩本一飛曹は私の思いを継いでくれますか?」
「嫌だね」
「そうですか、嫌ですか。そりゃそうですよね・・・・・・って何でですか!?」
岩本があまりにもあっさりと断ってきたので、瑞鶴は思わずノリツッコミをしてしまった。
「冗談だよ冗談。でも、ちゃんといい顔に戻ったな」
岩本は詰め寄って来た瑞鶴の頭を撫でながら笑って答えた。
「ち、ちょっと! 急に頭を女の子の頭を撫でるとかどういう神経してるんですか!? 貴方は私のことをなんだと思ってるんですか!」
瑞鶴は顔を真っ赤に上気させて飛び退く。
「俺に娘が出来たらこんな感じかなって」
笑いながら空を見上げると。遠くにまだ微かではあるが、攻撃隊の機影が見えてきた。
「何なんですか娘って! もう知りませんから!」
「それよりも瑞鶴。攻撃隊が帰ってきたみたいだぞ?」
瑞鶴は慌てて岩本が指差す方角に目を向ける。
「あ! 帰ってきました。帰ってきましたよ! 岩本さん!」
先刻までの不安と怒りの表情はなくなり、瑞鶴は吹っ切れた顔で空を見上げている。
――それにしても、男の人の手って意外と大きいものなんですね。
もっとも頬は上気したままだったが。
その数分後。各空母に第一次攻撃隊が着艦を開始した。
翔は敵戦闘機に遭遇することもなく地上銃撃に終始していたため、機体の損傷が皆無に近いのと一応の上空警戒のために「飛龍」への着艦は最後の方だった。流石に燃料の残量が気になり始めた頃にようやく着艦の許可が下りた。
「それじゃあ、お先に着艦させてもらいます」
まだ、上空に残っている僚機に手信号で告げると着艦動作に入る。最初こそ不慣れだったが、半年近い訓練を積んでいるので、危なげなく着艦をこなしていく。
「うん。俺もそこそこ腕を上げたな」
「水守一飛曹!」
自画自賛しながら風防を開き機体から下りると、整備員達が次々とやって来る。彼らも自分の整備した機体がどれほどの戦果を挙げたのかを知りたいのだろう。甲板では多くの搭乗員が整備員達に興奮した様子で戦果を報告している。翔も彼らに真珠湾での様子を話しながら歩いていると、視界の中に飛龍と話している秋月の姿が見えてきた。
「一志! 飛龍さん!」
翔が手を振りながら近づいて行こうとすると、横から二人のものではない声が聞こえてくる。
「「翔ー!!(翔君~!!)」」
この声が聞こえたのと、翔の視界が暗転するのは同時だった。
――このブラコン姉貴め! いい加減にして・・・く・・・れ・・・。
薄れていく意識の中で翔が最後に見たのは、自分に覆いかぶさっている比叡と霧島の姿だった。
一時間後。翔は医務室のベッドの上に居た。
「う! あ、あれ? 俺はどうなったんだ? というか頭が痛い。それにここは何処だ?」
意識を取り戻した翔は痛む頭を抑えつつ周りを見る。
――確か姉さん達が突っ込んできたところまでは覚えているが。
「ああ、起きたのか。軍医殿によればたいした怪我はないそうだぞ」
ベッドの横の椅子に座っていた秋月が、翔が目を覚ましたのに気が付き話しかける。
「俺が誰だか分かるか?」
「流石に記憶喪失にはなってないよ。それで、馬鹿な姉さん達は何処だ? ちょっと説教しないと」
秋月の問いに苦笑しつつ、姉達を探す。
「ああ、霧島さん達なら飛龍さんに怒られて廊下で正座してるよ」
翔が医務室の扉を開けると、そこには涙目で正座をしている比叡と霧島の姿があった。
「あ~! 翔君だ~。ねえ、聞いてよ~! 飛龍ったら怖いんだよ~?」
「ち、ちょっと霧島!? ちゃ、ちゃんと謝らないと。翔が凄い目で見てるよ!」
比叡はともかくとして、霧島の辞書に「反省」の文字はないのだろう。
――金剛姉妹も翔が関わらなければ優秀なのにな・・・
一連の流れを見ていた秋月は、入隊当初から仲良くしている霧島の残念な姿を呆れながら見ていた。
「姉さん達には失望したよ」
「「え! 翔!?(翔君!?)」」
翔が後ろを向いて放った言葉に、あきらかに動揺する二人。だが秋月からは笑いを堪える翔の顔がはっきり見えていた。
「今後しばらくは姉さん達とは距離を置こうと思うんだ」
「そ、そんな~! 翔君とまた会えなくなるなんて嫌~!!」
翔の言葉に霧島が悲鳴に近い声を上げる。
「そうですよ翔。私達もちゃんと謝りますから。そんなこと言わないでください・・・」
その後、十分ほど翔は二人を無視し続けた。もちろんニヤニヤしながら。
十分後。憔悴しきった二人に翔がようやく振り向いた。
「姉さんごめんね。流石に悪ノリが過ぎたよ」
その言葉を聞いた二人の表情がとたんに明いものに変わる。
「じ、じゃあ私達のこと嫌いになってない?」
「うん。嫌いなんかじゃないよ。ただ、今後は少しはスキンシップを控えて欲しいかな。俺ももう子供じゃないんだしさ」
二人は首が千切れるんじゃないかという勢いで首を縦に振る。
「そっか。うん、じゃあ許すよ」
そう言って翔は二人を抱きしめた。
「付き合ってられんな」
そんな三人を見ながら秋月は歩いていく。
――なんだかんだで、翔もかなり重度のブラコンだよなー。
本人に言うと猛烈に怒るので言わないが。
その頃、「赤城」の艦橋では南雲長官が重大な決定を下そうとしていた。
あっれ~? 岩本さんには恋愛パートはない予定だったんだけどな~?
書いてる間にドンドン筆が進んでしまった。まあ、瑞鶴にはちゃんとした相手を用意しているから、岩本さんは絶対に無いですので。たぶん・・・。
あと題名を考えるのが辛いので、誰か考えてくれる方を募集したい今日この頃。




