カイの幸せ
☆☆☆
「ここが、キミの教室だよ」
「はい……」
初めての、高校入学。
いきなり2年生の教室で、凄く緊張する。
こんなに緊張したのは、手術当日以来だ。
「でも驚いたよ。
キミ、まともに義務教育も受けていないんだろう?
それなのに、全教科満点での特別合格だなんて」
「…必死に、勉強しましたから」
僕は無事に手術を終え、憧れていたあの大通りを通り、1番近くの高校に入学した。
義務教育もまともに受けていない、否、受けられなかった僕は、校長から試験を受け、合格点に達したら入学しても良いと特別に許可をもらった。
それを両親から病室で聞いた僕は、必死に小中の9年間と、高校1年生の勉強を必死に取り組んだ。
そして今、僕は見事入学を果たし、こうして教室の前に立っている。
僕は、今日からここの転入生だ。
この高校を選んだのは、家から近かったのと、ハルナさんが通っている学校だから。
だから通ったことなくても、この先生がどのような性格とか、校内の地図は頭に入っている。
だけど実際に通うのは初めてだから、緊張はしている。
ハルナさんは、通っている高校名は教えてくれたけど、教室までは教えてくれなかった。
今年、第2学年は5クラスある。
どこかにハルナさんがいるんだろうけど…一体どこのクラスなのかわからない。
まぁ、校内を歩いていればいずれ会えるだろう。
今の僕は、今までの僕とは違う。
激しい運動はまだ禁止されているけど、じきに出来るようになるだろうって言われた。
毎月1回の診察と、毎日3回飲む薬は、死ぬまで消えることはないけど。
言われた条件は、それだけ。
あとは普通に過ごして良いって言われた。
「入っておいでって言ったら、入ってきて」
「わかりました…」
担任が中に入って行く。
ザワザワと廊下まで聞こえていた歓声が、一気に静かになる。
僕は誰も通らない廊下で、何度も深呼吸を繰り返した。
その度に、まだ着慣れていない制服を見降ろす。
制服を作りに行った時、両親はとても喜んでいた。
中学の制服は、作っただけで終わってしまったから。
鏡の前で自分の制服姿を見てぼっとしている僕に、両親は好きな芸能人でも見ているかのように、ワイワイ騒いでいた。
家に帰れば何時間にも及ぶ、写真撮影会。
その写真を何人もいる親戚に送り、電話がひっきりなしにかかってきた。
会ったことある人もない人も、皆して泣いて喜んでいた。
生きるって、凄いことなんだ。
僕は、今までこんな経験、なかったから。
皆にとって当たり前の光景が、僕にとっては奇跡に見えた。
「入ってきて」
教室から聞こえた声に、我に返る。
そしてもう1度深呼吸をして、扉に手をかけ、一気に開けた。
興味深い視線が、一気に集まる。
前に読んだ漫画で、視線は痛いって聞いたけど、本当のことだったんだと実感して、思わず涙がこぼれそうになった。
「…今村、魁…です。よろしくお願いします」
何をすれば良いかわからなくて頭を下げると、まばらな拍手が聞こえた。
頭を上げ、初めてクラスメイトになる人たちを見渡した。
「…………っ!」
そして、窓際の1番後ろの席に座る女子生徒を見て、僕は固まった。
先生が何か言っているけど、耳にはいってこない。
「カイ…くん……」
女子生徒―――ハルナさんが、呟いた。
嬉しそうに瞬いていた瞳が、大きく見開かれ、涙が溜まっていく。
「……ハルナ、さん」
僕がぎこちなく呼ぶと、ハルナさんはガタッと立ちあがり、一目散に僕の元へ来て、苦しいほど抱きしめてきた。
あちこちから、黄色い歓声が上がる。
「カイくん!カイくん!待ってたよ―――!」
「ハルナさん…!
待っていてくれて、ありがとう……」
今、僕は。
―――幸せ、です。