カイの存在
ハルナside
あたしは背を向けて眠るカイくんのお言葉に甘えて、小説の続きが知りたくて、カイくんのベッドの隣にある収納棚へ向かった。
「借りるね、カイくん」
聞こえているわけがないのに、あたしは独り言ち、収納棚から続きを探す。
多く並んだ小説や漫画の量に、圧倒されていると。
「…ゲホゲホッ」
「……カイくん?」
くぐもった咳が聞こえ、あたしは読み終えた小説を仕舞って立ちあがった。
「ゲホゲホッ…ゴホゴホッ…ゲホッ」
「カイくん?大丈夫?」
あたしの問いかけに答えず、苦しそうに咳と荒い呼吸を繰り返すカイくん。
「カイくん!カイくん!!」
さっき戻ってきたカイくんは、一時退院が出来るかもって喜んでいたのに。
あのカイくんの喜びを、消してしまわないで。
あたしは急いで、ナースコールで看護師さんを呼んだ。
看護師さんとカイくんの担当医さんが病室に集まり、あたしは医療ドラマでしか見たことがない光景を目にした。
苦しそうに何度も咳を繰り返すカイくん。
素早く看護師さんに指示する担当医さん。
担当医さんの指示に従い、点滴や酸素マスクの準備をする看護師さん。
あたしはただ、見ているだけしか出来なかった。
「ICUの準備は出来ているか?」
「出来てます!」
「じゃあ連れて行くぞ」
ストレッチャーに乗せられたカイくんは、幾度も繰り返していた咳も荒い呼吸も何もしていなかった。
どうやら、意識を飛ばしてしまったみたいだった。
カイくんが運ばれ、病室にはあたし独りだけが残された。
カイくんと同室になって、数週間経つけど。
カイくんが発作を起こしている所を見たのは、初めてだった。
いつも、興味深そうに、あたしの話を聞いていた。
話すのが下手なあたしは、どんどん長くなってしまう。
それで何度も、あたしは友達に「話が長い」と呆れられ、途中で逃げられてしまっていた。
そんなあたしは、最近話すのを止めて、聞き手に回っていた。
その立ち回りはあたしに似合わないみたいで、最近学校へ行くのが憂鬱だった。
行きたくないな、と思いながら登校している中、あたしは居眠り運転をしていた車に衝突された。
スピードは出していなかったみたいで、骨折だけで済んだけど。
生きているって知った時、正直何で死んでないんだろって思えた。
幼い頃から、話すのが大好きだったあたしは、話せない立ち回りが嫌だった。
話せないあたしなんて、死んでしまえば良かったのに。
だけどカイくんは、あたしの下手な喋りに文句1つ言わず、いつもキラキラした好奇心旺盛な瞳で聞いてくれた。
初めての経験で、話すのが久しぶりで嬉しかったあたしは、調子に乗っていっぱいいっぱい喋った。
カイくんは文句は言わないで、ただただあたしの話を聞いてくれた。
『ハルナさんは、話題が多くて、聞いていて飽きないよ』
カイくんのその言葉に、あたしは思わず泣きそうになった。
「何を言うのよ」ってごまかしたけど。
頑張って、あたしは涙をこらえた。
あたしに初めての経験をさせてくれて、キラキラした瞳で熱心に話を聞いてくれたカイくん。
いつの日か彼は、あたしにとって、大事な人になっていた。
もっと、この人と一緒にいたい。そう思えた。
…だから、ねぇ。
カイくんのこと、殺さないであげて。
もっともっと、話したいんだよ。
話し足りないんだよ。
もっともっと、話題があるんだよ。
カイくんの話、全然聞いていないんだよ。
もっともっと、カイくんの話を聞きたいよ。
お願い。
カイくんを、殺さないで―――。