プロローグその1
ーー人は誰しも物語の主人公であるーー
カタカタカタカタと一定のリズムが、後方から微かに聞こえる。この音を聞くだけで、僕はゆりかごの中でお母さんの子守唄を聞いているような落ち着いた気分になれる。
暗闇の中に一筋の光が投影され、そこには紡がれた幾多数多のストーリーが投影される。ラブストーリー然り、アクション然り、ヒューマンドラマ然り・・・。
誰にも、何者にも邪魔されない、たったひとりの二時間弱の贅沢な時間。
それが今、終わりを迎えようとしていた。
沢山の名前が映し出されるスタッフロールが表示され、羅列された名前を必死になって読む努力をする。
ここに表示されている人々は、みんなこの作品に自分の人生の一ページを捧げた偉大な方々だからだ。
「僕もいつか、こうやって映画のエンドロールに名前を載せて偉大な人間になってやるんだ!」
高校の入学式サボってるけど!心の中で自分に激しくツッコミを入れているとこの映画の総指揮である監督の名前が表示され、この物語の終わりを告げた。
ここはとある名画座、「ひがし会館」。僕、大林和彦行きつけの県内でも最も古い歴史のある映画館だ。ショッピングセンターなどの複合施設に併設されたシネマコンプレックス、通称シネコンには殆ど見かけない映写機を使って映画を上映している。最近の映画はデジタル上映とかなんとか言ってデジタルで撮影された素材をデジタルで上映する傾向にあるみたいだが、僕は断然フイルムで撮影されている映画を好む。そうなると必然的にフイルムで撮影された映画ということになり、どうしても古い作品を上映している名画座に足を運ぶしかない。
高校の入学式の会場にあるパイプ椅子ではなく、映画館らしい肘掛付きの座席にどっしり座っていた僕は場内が明るくなると同時に物語の世界から現実世界へとカムバックし、現実世界のありあまる問題と対峙しなければいけなくなってしまった。
映画ばかり観続けていたせいで高校受験に失敗し、友達がひとりもいない高校に入学することになったこと。
そもそも中学時代からの友達もいないこと。
ネトゲ以外でリアルに人と接するのは映画館の店員さんくらいということ・・・。
「ちょっと、あんた、その制服・・・」
「あ、はい!すみません!入学式サポタージュして映画観にきちゃいました!明日から学校行きますんで、今日は堪忍してください!あ、あの、今日のプログラムは僕の好きなヘッチコック監督特集で、特に今上映した作品は好き過ぎてどうしても劇場でしっかり観たかったっていうか、この作品三回も観てるんですけれどね、いや、それでも好きな作品は何度も観たいって思うのが僕流の映画愛っていうか・・・」
突然二席向こうに離れて座っていた女性の声に飛び上がり、一気に話してしまった。もうだめだ。いや、まてよ。とうとう入学式をサボっていたことがバレて学校に通報され、明日登校した際にヤンキーグループに目を付けられ、最初は購買のパンを買うパシリから始まるが、だんだん腹が立ってきて、リーダーにグーパンチしたら見事命中一発ノックアウト!たちまち学校中のヒーローになり友達もできて可愛い彼女ができて高校生活エンジョイ-------なんてことになるかも・・・なんてまた僕の良くもあり悪くもある物語の主人公ちっくな妄想が始まった。
「私そんなことまで聞いてないんだけど。てか、何であんた泣いてるの?これ、サスペンスだったじゃん。泣く要素あった?」
本人は全くもって気づいていなかったが、どうやら僕は泣いていたようだ。
「ああ、これは、初めてヘッチコックの「鷲」をフイルム上映で観れたからですよ。今まではレンタルしてきて家のテレビで観てたんだけど、やっぱり映画館の大画面で見ると迫力も違うし、音響も素晴らしくって初見の気分だったから感極まって・・・」
ふと目を彼女の方に向けると、彼女も制服を着ていた。赤いチェックのリボンと紺色でこれまたチェックのスカートは皺ひとつついていなくて、パリッとという表現が相応しい。肌は骨董品のように艶やかでほの暗い劇場の照明が反射しそうな程眩しい。瞳は鳶色で、睫毛がナチュラルにカールしている。髪は黒髪で天使の輪の如く艶やかでサラサラと川を流れるような音が聞こえてきそうだ。毛先だけ茶色でふんわりカールがかかっており、スクリーンの中にいる青春映画のヒロインが目の前に現れたようだ。物語の主人公なら間違いなく一目で恋に落ちる外見である。
・・・が、
ドゴォ!
「あんた、涙もろいにも程があるでしょう!学校サボっといてよくもまぁ呑気に映画観て泣いていられるわね。」
みぞおちに派手なツッコミの一発を食らってしまい、突然の事で面食らった。
どうやら清楚な顔立ちとは裏腹に暴力的な一面もあるようだ。まあ、この一発のお陰で我に返り、一目で恋に落ちる、といった事故にはならずに済んだ。
「そういうお前も制服着てるじゃんかよ!お互い学校サボったもん同士だろうが。」
「私はいいのよ!人の心配する前に自分の心配しなさいよね!」
口をへの字に曲げたまま、出口へと足早に去っていった。
何とも言えない気分のまま劇場を出て明るいエントランスへ出て自動販売機でコーヒーを買ってプルトップをあけようとした瞬間、後ろから囁くように声をかけられた。
「あれ、和、どうしたの?ヘッチコック面白くなかった?」
この囁き声はまさしく、モギリでありこのひがし会館の会長の一人娘、通称ブリジットだ。
つづく