自転車に乗って
ピンポーン
ガチャ
魔「遊びに来たぜ」
『おお、魔理沙、いらっしゃーい』
魔「…おじゃましたぜ」
『えっ、何で帰ろうとすんのさ!』
魔「いや、なんかテンション高いじゃん」
『いや、まあ、それは、まあ』
魔「あーあ、めんどくさいときに来ちまったぜ」
『いや、聞いてよ。実はいいもの買っちゃったんだって』
魔「何だよ、お前が無駄使いとは珍しいな」
『無駄じゃなくて、いいものだって』
魔「で、何だ、そのガラクタってのは」
『だからいいもの…ってまあいいや。見せたほうが早い』
魔「どこにあるんだ?」
『ついてきて』
魔「そうやって私を人気のない物置に連れてこうって魂胆だな」
『じゃあ来なくていいや』
魔「冗談だっての。早く見せてくれ」
『こっち。外にあるから』
魔「外ぉ? ますますアヤシゲだな」
すたすた
ガチャ
すたすた
『これです!』
魔「なんだ、こいつは」
『自転車です』
魔「じてんしゃ?」
『おうよ』
魔「なんだこれ。どうやって遊ぶんだ?」
『俺の買った物イコール遊び道具なん?』
魔「遊び道具じゃないのか。じゃあ早く中に戻ろうぜ」
『ああもう。チャリ凄いんだよ』
魔「チャーリーってなんだよ」
『自転車です』
魔「変な愛称だな」
『チャリだからね。伸ばさないからね』
魔「ふうん。で、何に使うんだ?」
『乗り物だよ』
魔「乗ってどうするんだよ」
『移動する』
魔「ああ、車輪がついてるのはそのためか」
『そうでーす』
魔「でも飛べばいいんじゃないか?」
『ムチャ言いやがって』
魔「これに何のメリットがあるんだよ」
『歩くより楽だし速いの』
魔「へえ。こんなモンがねえ」
『乗ってみる?』
魔「まあ、ちょっとなら乗ってもいいぜ」
『先に俺が乗るから見といて』
魔「まかせとけ」
『よっと』
キコキコ
スイーッ…
魔「おう、動いた」
『うわー、すっげぇ久方ぶりだ』
魔「前にも乗ったことあるのか?」
『うん、でもだいぶ前に壊れちゃってね』
魔「買ってから乗って帰って来なかったのかよ」
『いや、まあ、先に魔理沙に見せつけようと』
魔「いらん配慮だな」
『ああ、久しぶりだなあ』
魔「というか、結構地味だな、これ」
『まあ、魔法使いに言われちゃ何とも言い返せんが』
魔「楽しいのか?」
『そこそこ』
魔「で、いつまで乗ってるつもりだ」
『ああ、ごめんごめん』
キー
スタッ
『ほいな』
魔「よし、乗るぜ」
『バランスとらないと横に倒れるからね』
魔「お前で乗れるんなら大丈夫だろ」
『それはどうかな』
魔「よっと」
グラ…
魔「お…」
ガシッ
『大丈夫?』
魔「おう。触るな」
『ひどい! 支えてあげたのに!』
魔「今のはわざとだ」
『まったく素直じゃないんだから』
魔「これで、こいつを踏めばいいんだな」
『うん』
魔「よし」
キコキコ
スイーッ…
魔「お、動いたぜ」
『そうそう、初めてにしちゃ上手いね』
魔「まあな。魔理沙様に不可能はないぜ」
『まあ、後ろで俺が支えてるからなんですけど』
魔「もういいぜ。離してくれ」
『大丈夫?』
魔「大丈夫だって」
『ケガしないようにね』
魔「だから大丈夫だっての」
『離すよー』
スッ…
魔「うわ…」
ガタガタ…
ガシャン
魔「ってて…」
タッタッタッ
『だ、大丈夫?』
魔「大丈夫じゃないぜ。なんだって急に暴れだすんだこいつは」
『だから、バランスをとらないといけないんだって』
魔「めんどくさいやつだな」
『まあ、最初はね』
魔「さて、部屋に戻るか」
『いや早いな、飽きるの』
魔「もう疲れたんだよ。たいして速くもないし」
『自転車の旅も楽しいんだよ?』
魔「そうか?」
『あ…』
魔「なんだよ?」
『自転車の旅に行こう』
魔「…は?」
………
魔「………」
『ニケツですよー』
魔「後ろは、楽なのはいいが落ちそうだな」
『しっかりつかまっといてね』
魔「…お、おう」
『荷台に』
魔「…なんだそっちか」
『ん?』
魔「いや」
『どう、悪くないしょ?』
魔「まあ、悪くない」
『よかったよかった』
魔「少しケツが痛いが」
『クッション敷いたじゃん』
魔「私のお尻はデリケートなんだよ」
『まあ、申し訳ないけど少し我慢してね』
魔「へいへい」
『せっかくだしさ』
魔「なんだ?」
『色んなとこ回ろっか』
魔「ん?」
『今日は二人で色んなとこ回ろっか、って』
魔「…え、あ…うん…」
『ん、どうかした?』
魔「…いや」
『最初はどこ行きたい?』
魔「…どこでもいいぜ」
『よし、じゃあ風の向くままに行くぜ!』
魔「ああ、頼んだぜ」
………
『ぐぬう』
魔「あほ」
『これがあるのを忘れてたね』
魔「湖な」
『紅魔館に行くのはちと厳しかったな』
魔「水面を渡れたりしないのか?」
『俺は無理』
魔「そうか。情けない」
『いや、そうは言われても』
魔「ここにいても仕方ない。別のところに行こうぜ」
『そうだね。一応湖は見れたし』
魔「目的を達成したみたいに言って自分を納得させてるな?」
『うん。俺の努力は無駄ではなかったのだ』
魔「そうか?」
チ「ちょっと待ちなさい!」
『お?』
魔「チルノか」
チ「あたいはチルノ。氷の妖精よ」
『知ってるよ』
魔「私は魔理沙。普通の魔法使いだ」
『それも知ってるよ』
チ「面白そうなものに乗ってるわね」
魔「おう、じゃあな」
チ「聞いてよ!」
魔「なんだよ。忙しいんだよ。邪魔するなよ」
チ「あたいも混ぜることね」
魔「なんだよ。定員は二人なんだよ。お前の乗るスペースはないっての」
チ「じゃあ魔理沙が降りればいい」
魔「はぁ? 何でだよ」
チ「あたいが乗れないから」
魔「私が降りたら意味ないんだよ」
チ「なんで」
魔「私がつまらないからだ」
チ「魔理沙が降りないとあたいがつまらない」
魔「知ったことか」
『…自己中どうしの会話すごい…』
魔「こんなやつほっといて、とっとと行こうぜ」
チ「こんなやつってなによ!」
『まあまあ、頑張ればカゴに入れるんじゃないかな?』
魔「ロリコンめ」
『なんで!』
チ「よし、あたいが先頭ね」
『そだね』
チ「はい、乗った。出発せよ!」
『立ってたら危ないよ』
チ「じゃあ座る」
『…全然前見えないや…』
チ「はい、進んで」
『絶対転ぶような…』
キコキコ
『うあー』
ガシャン
チ「おぶぅあべし!」
『ご、ごめんね! 大丈夫?』
チ「いてて、何すんのよ」
『申し訳ない』
チ「あたいごときが地面に頭ぶつけたじゃない!」
『?』
魔「そいつはかわいそうなあたいごときだな」
チ「まったくもう」
『ごめんね。次は転ばないから』
チ「もういいわ。そんな危ないもの」
魔「お子様は飽きるのが早いな」
チ「魔理沙なんてその乗り物で転んで地面ごときに頭ぶつければいいのよ!」
魔「ああ、はいはい。じゃあな」
チ「あばよ!」
スイーッ…
『ふむ。申し訳ないことをしたなあ』
魔「もっと安全に運転してくれ。私が乗ってるんだ」
『魔理沙は大丈夫だった?』
魔「緊急脱出した」
『そか。さすがだね』
魔「さすがだぜ」
『次はどこに行こう』
魔「今日はお前におまかせだぜ」
『よーし、そうだな…』
………
『ゆっくりー、ゆっくりー、下ってるー』
魔「うわ、ひどい音程」
『…まあ』
魔「で、どこに向かってるんだ」
『秘密』
魔「寺だろ」
『よくわかったね』
魔「だいたい方角で分かるぜ」
『あ、あれ、ナズじゃね?』
魔「そうだな」
『手を振ってみよう。おーい』
ぱたぱた
『ナズー、やっほー』
ぷいっ
『おぅふ!』
魔「つれないやつだな」
『まあ、ね』
魔「だがそこがいい、ってか」
『いえ…そんなことは…』
魔「風が強くなってきたからお前につかまってみるテスト」
『いでででで! つねってるつねってる!』
魔「おっとシッケー」
『…次からは気をつけてね』
魔「お前もな」
『え、何が?』
魔「別に。お、門が見えてきたぜ」
『このまま境内に乗り入れてやらァ! ヒャッハー!』
魔「うわ…今猛烈に降りたいぜ…」
『え、なんで?』
魔「お前のせいだろ…」
『あ、響子ちゃんや。ぎゃあてーぃ!』
響「あ、ぎゃあてぇぇぇーぃ!!」
『元気でよろしい!』
響「元気でよろしぃぃぃい!!」
魔「ヤマビコのあほーっ!」
響「今日はおデートですかー!!」
魔「ぶふっ! ちゃんとオウム返ししろっ!」
響「元気でよろしぃぃぃい!!」
魔「やめてくれぇぇぇ!」
………
輪「あのね」
『はい』
輪「境内で自転車乗り回さない」
『すみませんでした』
輪「しかもお寺はデートスポットではない」
魔「どういう意味だ?」
輪「そういう意味よ」
魔「そういうつもりじゃないぜ。私はこいつについてきただけだ」
輪「それがそういう意味だっていうのよ」
『はて、どういう意味でしょうか?』
輪「まあ、これは放っとくとして」
『なんで!?』
魔「ただ遊びに来ただけなんだぜ」
『そうそう』
輪「ここは遊び場じゃない」
魔「なんと!」
輪「わざとらしい。遊びたいなら、ぬえか小傘のとこに行きなさい。しっしっ」
魔「いや、行かないぜ!」
輪「だからここは…」
魔「ほら、とっとと行こうぜ」
がしっ
『ほへ?』
タッタッタッ
『え、引っ張らないでよー、魔理沙ー』
魔「お、あの部屋に逃げよう」
『別に一輪さん追ってきてないけど?』
魔「逃げたら隠れる!」
『なるほど!』
タッタッタッ…
すたすた…
ゴチッ!
魔「いてててて…」
『大丈夫? 魔理沙?』
魔「何かにぶつかったぜ…」
星「いたた…クソがぁ…」
『ゲ、星さんや』
星「おや、貴方がたは」
魔「ん、さっき一瞬素が出ていたような」
星「お酢ですか?」
魔「いや、CH3COOHじゃないぜ」
星「ふむ。今日はお二人してどうかされましたか?」
『何でもないでーす! 失礼しまーす!』
すたこらすたこら
魔「おいおい、なんで逃げるんだよ」
『俺あの人苦手なんだよね』
魔「は、何でだよ?」
『なんか恐いじゃん』
魔「どこがだよ」
『いや、なんかめっちゃやだ』
魔「情けない男だぜ」
ぬ「なにしてんの」
『へ?』
ぬ「いや、だから、おまえ何やってんのって」
『あ、ぬえ』
ぬ「女連れて何しに来たの」
『いえ、遊びに来ただけですが』
ぬ「ああ、女遊びってこと」
『いや、そういう意味ではなくて』
ぬ「ふーん。よかったね。モテる男で」
『え、何が?』
ぬ「べっつにぃ。なんていうか、顔めり込め」
『顔めり込め!?』
ぬ「じゃあな」
『?』
魔「なんだ?」
『機嫌悪かったのかな?』
魔「かわいげのないやつだな」
『そうかねぇ』
魔「聖に挨拶して帰るか?」
『魔理沙にしては律儀な発言だね』
魔「まあ、同業のよしみだ」
『ふうん。魔理沙にも色々あんのね』
魔「お前が思ってるよりはな」
………
『こんにちはー』
聖「あらあら、まあまあ」
魔「久しぶりだな」
聖「珍しいお客さんもいらしたのですね」
『ちょっと近くを通ったのでご挨拶でも、と』
聖「わざわざご足労ありがとうございます」
『あ、いえいえ。何も持たずに来てしまいまして』
魔「おまえらはずいぶん他人行儀だな」
『え、いやまあ、これが普通っていうか』
魔「お前らしくないぜ」
『俺は普段礼儀がなってないという意味かね』
魔「まあ、良くも悪くもそんな感じだ」
『えー、ショックー』
聖「ふふ」
魔「何かおかしかったか?」
聖「いえ。お二人は仲がよろしいんですね」
魔「…別にそうでもないが」
『まあ、つるんでる時間が長いぐらいですかね』
聖「ふふ。そうですか」
魔「何だよ。その笑いは」
聖「縁というのは目に見えません。ですが、人と人とのつながりは、意外と見えるものなのです」
『そうなんですか?』
聖「あなたがたのつながりが、私にははっきりと見える」
魔「断ち切りたいな」
『ひどい!』
聖「人との結びつきを大切にしましょうね」
『はい』
魔「考えておこう」
聖「もしよければ今度、私もパジャマパーティーに誘ってください」
『あ、はい。畏れ多いですが』
聖「ふふ。他人行儀は無しですよ」
『え、あ、はい。じゃあ、今度、是非』
魔「ずいぶんな奴を呼んだな」
聖「それでは、今日はこのくらいで」
『あ、はい。お忙しい中ありがとうございました』
魔「ずいぶん他人行儀だな」
『え、あ、えーと…また遊びに来ます!』
聖「くっふふふ。は、はい。ふふふ」
魔「じゃあ、邪魔したぜ」
すたすた
『めっちゃウケてたね』
魔「おまえが滑稽だからな」
『そうかなぁ』
魔「ああ。間違いない」
『うーん、まあいいや』
魔「じゃ、帰るか」
『そうだね』
魔「さて、こっちから来たよな」
『そうそう、あの辺りに停めて、あっ…』
魔「ん?」
『………』
輪「………」
『………』
魔「………」
………
『すっかり日が暮れちゃったね』
魔「そうだな。疲れたぜ」
『まさかあそこで張ってるとは』
魔「ようやるぜ」
『何であんなに自転車に執着してんだろ』
魔「二輪は嫌いなんだろ」
『一輪だけに、ってか?』
魔「つまらないぜ」
『いや、魔理沙が言ったんだよ!』
魔「お、夕焼けが綺麗だな」
『え、どれどれ』
グラッ
『お、あぶねぃ』
キコキコ
『おお、コケるとこだった』
魔「よそ見するな」
『くそう。魔理沙が気を逸らせたくせに』
魔「はは。私を乗せてるんだから気をつけてくれ」
『へいへい』
魔「はぁ。意外と悪くなかったな」
『でしょ』
魔「ああ」
『うん』
魔「………」
『………』
魔「………」
『………』
魔「…虫の鳴き声が聞こえるな」
『そうだね。早いもんだね』
魔「………」
『………』
魔「………」
『………』
魔「…なんかアレだな」
『ん?』
魔「思ったより前が見えなかった」
『ん、なんで?』
魔「いや、なんだ、なんて言うかさ」
『うん』
魔「思ったよりお前の背中が大きかったんだろうな、たぶん」
『………?』
魔「………」
『………』
魔「………」
『………』
魔「…そろそろ星が見えてくるな」
『…もう見えてるよ』
魔「どこだ?」
『前』
魔「お…」
『気をつけて』
魔「なんだ?」
『この先に下り坂がある』
魔「仕方ないな」
『うん?』
魔「お前に掴まってやる」
『うん』
魔「だからもう少しだけ」
『え、何か言った?』
魔「もう少しだけ」
『もうすぐ坂だよ』
魔「スピードを上げてくれ」
『言われなくとも!』




