赤いマフラー 下
ピーンポーン
『…誰だろう』
すたすた
『…誰ですかー?』
すたすた
『返事がない。ただのシカトのようだ』
ガチャ
『………』
バタン
『誰もおらぬではないか。なんだ気のせいか…と見せかけてっ!』
ガチャ!
『………』
バタン
『油断させたら出てくると思ったのに…』
すたすた
『けっきょく誰だったんだ? 幻想郷最速のピンポンダッシュとかかな…』
すたすた
『………』
傘「………」
『………』
傘「………」
『…窓から上半身だけ入って何してんの?』
傘「…抜けなくなった…」
………
『…はい、大丈夫?』
傘「ふう。よかった。もう窓の一部として生きるしかないかと思った」
『何しようとしてたの?』
傘「いつの間にか家の中にいたらびっくりするかなって」
『…ああ、まあ、そうだね』
傘「せっかく驚かせに来たのに出鼻をくじかれちった」
『…それなりにびっくりしたけどね』
傘「あ、言い忘れてたけどおじゃまします」
『うん、いらっしゃい。今日はどうしたの?』
傘「どうしたのって?」
『なにか用事があって来たのかなって』
傘「さっきも言ったけど、驚かせに来たんだよ」
『あ、そっか。でもわざわざうちに来るのは珍しいよね』
傘「だってね、この時期はお墓参りに来る人が少なくて退屈なのよ」
『へえ、そうなんだ。あ、ちょっと待ってて。お茶淹れてくるから』
傘「うん、ありがとう」
『こたつにでも入って待ってて』
傘「うん、じゃあえんりょなく」
『すぐ持ってくるから』
すたすた
すたすた
『はいよ』
傘「はやいね。準備してあったの?」
『いや、さっきひとりでお茶飲んでたから。あ、よかったらお菓子も食べてね』
傘「やった。いっただっきまーす。はむ。もぐもぐ」
『おいしい?』
傘「うん」
『そう。よかった』
傘「おいひーい」
『ふふ。そっかそっか』
傘「ああ、そうそう、それで、お墓参りに来る人が少ないから待ち時間が長いのよね」
『たしかに、そうなるね』
傘「寒い中待つのは大変なんだよ」
『そうなんだ。風邪引かないようにね』
傘「うん。あーあ、ぬえちゃん、早くマフラー返してくれないかなー」
『…返す? あげたんじゃないの?』
傘「ううん。貸してあげたの」
『そうなの? でも、ぬえはもらったって言っ…』
傘「違うよ! ぬえちゃんは勘違いしちゃっただけなんだってさ!」
『…だってさ?』
傘「私が貸してあげたら、ぬえちゃんがもらったって勘違いしちゃったの!」
『勘違い?』
傘「うん。…そうなの」
『…あ、ふうん。そうなんだ』
傘「う、うん」
『なるほどね』
傘「お、お茶おかわりしていい?」
『あ、うん、いいよ。ふふ。今、持ってくるね』
すたすた
すたすた
『はい』
傘「ありがと」
『どういたしまして』
傘「はぁ~、こたつあったかいね~」
『うん、出られなくなっちゃうよね』
傘「いまふつうに出てたよね?」
『うっ、まぁね』
傘「はぁ~でもぬくい…」
『うん、あったかいね』
傘「あったかい~…」
『うん。でもそんな体勢してたら寝ちゃうよ…』
傘「うん~、寝ないよ~…」
『こたつで寝ると風邪引くよ、ほら、小傘ちゃん』
傘「うん~、ねむくなっちった」
『ほらね、やっぱり』
傘「眠気覚ましに羊でも数えてみよう」
『…余計眠くなるって』
傘「何数えたら眠くならないかな」
『数える系はことごとく眠くなるよ』
傘「じゃあ何も数えない」
『それも眠くなるよ』
傘「なんと。八方ふさがりね」
『寝るならちゃんと帰って寝たほうがいいよ』
傘「うん、じゃあそうする」
『うん。お菓子は持ってっていいからね』
傘「じゃあ持ってく。ありがとう」
『うん。それじゃ、また来てね』
傘「うん、ばいばーい」
『うん、またね』
傘「おじゃましましたー」
すたすた
ガチャ
バタン
『ふふ…』
すたすた
『いるんでしょ? お茶ぐらい出すから、こたつ入ったら?』
『ね、ぬえ』
ガラガラ…
ぬ「………」
『………』
ぬ「…ぷっ」
『…ふふっ』
ぬ「あはははははははは!」
『あはははははははは!』
ぬ「あっはははははははは!」
『あはははははははは!』
ぬ「あははは! ひぃ、おなか痛いー、あはははは!」
『あはははは! あはは、ふぅ…』
ぬ「いやぁ、参るわ、小傘には」
『小傘ちゃんらしいよ。ぬえ、窓の外にいたんだね。寒くなかった?』
ぬ「私がいるって、よく気づいたわね」
『まあ、ありゃ心配するしかないでしょ』
ぬ「あはは、たしかにそうだ」
『とりあえずこたつ入りな。あったかいから』
ぬ「ん、言われなくても入る。あと言われなくてもお菓子をいただくー」
『うん、どうぞ』
ぬ「もぐもぐ」
『おいしい?』
ぬ「ふぇふにぃ…」
『そんな頬張って、別にぃ、はないでしょう』
ぬ「むぐむぐ」
『お茶置いとくね』
ぬ「いやぁ、それにしても」
『ん?』
ぬ「人間にバレるとは私も未熟ね」
『せやな』
ぬ「なんで訛った」
『いや、特に意味はないです』
ぬ「ねえ」
『ん?』
ぬ「私、いつも同じなんだよね」
『同じ?』
ぬ「そ。学習しないなぁ、って」
『何を?』
ぬ「今回は成功するはずだ、って、いつも信じてるんだけどさ」
『うん』
ぬ「そんなの私の思い込みで、だいたい失敗すんのよね。それでいつも…」
『いつもバレたあとで後悔する?』
ぬ「うん。なんでこんな嘘ついたんだろうって」
『そっか』
ぬ「こんな嘘、つかなきゃよかったって」
『ははは』
ぬ「馬鹿だね、私も」
『そうかな?』
ぬ「あん?」
『俺は正直者より、嘘つきのほうが面白いと思うけど』
ぬ「はぁ? 何言ってんの、おまえ」
『…いや、言い方キツイな…』
ぬ「言ってる意味が全ッ然わかんない」
『つまりね、俺が言いたいのは…』
ぬ「話、長っ」
『ほとんどしゃべってないんですけど…』
ぬ「そろそろ帰るわ。ごちそうさん」
『ああもう。あ、余ったお菓子は袋に…って全部食べたのか…』
ぬ「うん、またよろしく」
ガラ…
『ストップ。うん、玄関から出入りしてくれる?』
ぬ「うるさいわね、ここが私の玄関なのよ」
『…そ。まあ、いいけど』
ぬ「…で?」
『…え?』
ぬ「…さっき、なんか言おうとしてたじゃん」
『さっき?』
ぬ「…嘘つきのほうが面白いって」
『ああ、それは嘘をつくときのほうが本性が出るってのと…』
ぬ「ああはいはい。嘘がへたっぴな素直な小傘ちゃんがかわいいってね」
『ぬえ』
ぬ「あんな無垢な子、そりゃたまんないわけだ」
『ぬえってば』
ぬ「じゃ私帰るわ。悪かったわね。だまそうとして。ばいばい」
ガラガラ
『ぬえ、わすれもの』
ぬ「あん? 私何も持ってきてな…」
たったっ…
『ぬえー、いくよー』
ぬ「なんだよ?」
『ほれ』
ぬ「よっと。あん、なにこれ」
『マフラー』
ぬ「これあんたの着けてたやつじゃん」
『あげる』
ぬ「なんで」
『欲しいと思って』
ぬ「べつにいらないわよ」
『小傘ちゃんからとるぐらいマフラーが欲しいんでしょ?』
ぬ「………」
『そんなに欲しいなら、ね?』
ぬ「…ぷっ…」
『………』
ぬ「あっははは、そうだそうだ。ぬえ様は小傘からパクるほど温もりに飢えていたんだったわね」
『まだ俺のにおいがするだろうから、さみしいときくんかくんかするといいよ』
ぬ「なにそれサイッテー。ま、嗅がないけど使ってやるわ」
『そっか。まあ、使ってくれるだけでよしとするよ』
ガラガラ
ぬ「お」
『どした?』
ぬ「ぬえどりののどよふうその卵よりは」
『え?』
ぬ「はやく」
『…えー…うーん…かへるときこそまことなりけれ…かな?』
ぬ「へたくそ」
『…うっ』
ぬ「じゃ、帰るわ。お菓子あんがと。じゃーねー」
『うん、じゃあねー。風邪引かないようにねー』
ぬ「おーう。あばよー」
ぬ「風邪なんか引かないっての。ばーか」
ぬ「でも」
ぬ「…マフラーって…けっこうあったかいんだな…」
ぬ「………」
ぬ「…くんくん…」
ぬ「………」
ぬ「…うん…」
ぬ「…無臭…」




