赤いマフラー 中
傘「よぅし、来た来た。今回の標的はあの女の人にけってーい」
こそこそ…
傘「あと十歩…五歩…よし、いまだぁーっ!」
ぬ「げもるつぁーーーーっ!」
傘「うぴゃぁあああああっ!」
ぬ「あっはっはっはっは!」
傘「なんだぬえちゃんか。びっくりさせないでよもうっ」
ぬ「あははは、あんたがビビってどーすんだっつーの」
傘「あーあ、もう、あの人逃げちゃったじゃない」
ぬ「小傘が腰抜かしてる間にね」
傘「抜かしてないもん。ぬえちゃんはそういうことばっかり言って」
ぬ「ごめんごめん。そんなにほっぺたふくらませるなよぉ」
傘「ぷんすか」
ぬ「今日はどんくらい驚かしたの?」
傘「ひゃくからにひゃく」
ぬ「ふた桁サバ読んだらバレバレだっての」
傘「ぬえちゃんが余計なことしてなかったらさんびゃくだったのに」
ぬ「はいはい。あいかわらずの盛況ぶりだねぇ」
傘「ほっといてよ」
ぬ「あ、ところでさぁ」
傘「なに?」
ぬ「あんたがくれたこのマフラーあんじゃん」
傘「うん」
ぬ「これどうしたの?」
傘「ぬえちゃんにあげた」
ぬ「…いや、そうじゃなくてさ」
傘「どうなの?」
ぬ「なんであんたがこのマフラーを持ってたのかって」
傘「ああ、そういうこと」
ぬ「そ。そういうこと」
傘「それは」
ぬ「それは?」
傘「もらったの」
ぬ「…え?」
傘「もらったまふらーなんだよ」
ぬ「…まさか…」
傘「そのまふらーがどうかした?」
ぬ「…もらったって…誰から?」
傘「うんとね」
ぬ「………」
傘「ええとね」
ぬ「………」
傘「あの人間の男の子から」
ぬ「このおたんこナスぅうううううう!!」
傘「いひゃいいひゃい、ひっはらにゃいでー」
ぬ「バカバカ! バカ小傘! アホの子! にぶちん!」
傘「ほっへたのびひゃうー」
ぬ「伸びちゃえ! 伸びてしまえ! おまえのようなアホのほっぺは伸びてしまえええ!」
傘「らにらに、ぬえひゃん、らんらのー」
ぬ「人様からの贈り物を簡単に他人にあげるんじゃなあぁぁい!」
傘「ふぇぇ、ごえんなひゃいー」
ぬ「ああもうまったくもう!」
傘「いたたた…ひりひりするぅ…」
ぬ「ああもうどうすんのヤバいよコレ知らなかったから言っちゃったじゃん小傘からもらったとかさ…」
傘「?」
ぬ「そりゃ泣きそうな顔するわけだようわー悪いことしちゃったなどうしようヤバい…」
傘「ぬえちゃん、どうしたの?」
ぬ「ねえ、小傘」
傘「なあに?」
ぬ「ちなみにいつもらったかとか覚えてる?」
傘「ねんまつのあたり。くり…なんとかって言ってた」
ぬ「…クリスマス?」
傘「そう、それそれ」
ぬ「………」
傘「………」
ぬ「………」
傘「………」
ぬ「このドアホおたんこナスぅぅううううううっ!!」
傘「うゆゆゆ、いひゃいーっ!」
ぬ「おまえそれは…ぜったいもう泣いてるよ! 家帰って泣いてるよ! 号泣だよ! 人生のトラウマだよ!」
傘「ほっへた、とえひゃうーっ!」
ぬ「とれてしまえ! おまえもう正直者の死大回転成功しても許されないレベルの鬼畜行為をしてしまったよ!」
傘「うへーん、いひゃいよぉーっ!」
ぬ「あーあ、もうあんたの華やかでエロスに満ちあふれた未来は消えたよ。消え去ったよ。跡形もなくね」
傘「うぅぅ、いたかった…」
ぬ「ああもうどうしたらいいんだ…まあどうせこいつに悪気はないだろうけど、もうちょっと頭を使ってほしいよなぁ…」
傘「なになに、何の話?」
ぬ「…小傘」
傘「ん?」
ぬ「せっかくもらったものを、簡単に他人にあげないことだね」
傘「…うん。でも、簡単にじゃないよ。だって、ぬえちゃん寒そうだなって思って…」
ぬ「いいから」
傘「でも風邪とか引いたら…」
ぬ「いいから。私のことは。あんたみたいなちんちくりんに心配されるほどヤワな妖怪じゃないから」
傘「…う、うん…」
ぬ「せっかくくれたんだからさ、大事にしてやんなよ」
傘「う、うん。わかったよ」
ぬ「ほら」
傘「…いいの? ぬえちゃん、気に入ってたんじゃ…」
ぬ「気に入るか、そんなだっさいマフラー。そんなのはだっさいあんたにお似合いなのよ」
傘「ぬえちゃん…」
ぬ「だいたい寒かったらこんな服着てないっての。小さな親切、大きなお世話よ」
傘「う、うん…」
ぬ「さて、あとはどう言い訳するかだけど」
傘「いいわけ?」
ぬ「自分が心をこめてあげたものを、ひょいとよそにあげられたら普通は悲しいわけ。あんだすたん?」
傘「あ、あんだすたん」
ぬ「なのにあんたは私にくれちゃったわけ」
傘「ご、ごめんなさい」
ぬ「私に言ってもしかたないでしょ」
傘「そうだけど…でも…ぬえちゃんも困らせちゃったし…」
ぬ「べつにいいわよ。気持ちは…うれしかったし…」
傘「そう、だといいけど…」
ぬ「でもどうするかなぁ…」
傘「どうすればいいのかな…」
ぬ「うーん、そうだなぁ…」
傘「………」
ぬ「あ、そうだ! 私がとったことにしよう!」
傘「とったこと?」
ぬ「そ。それならあんたは悪くないでしょ」
傘「でもそれだとぬえちゃんが…」
ぬ「ああ、いいのいいの。それでいこう」
傘「でもきらわれちゃうかも…」
ぬ「いいんだって別に私は」
傘「でもでも…」
ぬ「心配するなって。私はあんたと違って世渡り上手なんだから。後でどうとでも挽回できんの」
傘「…そう…?」
ぬ「そうそう。だから今回はこの作戦でいこうぜっ」
傘「…う、うん…」
ぬ「さて、そんじゃまずどうやって会うかってとこからだなぁ」
傘「家の場所なら知ってるよ」
ぬ「急に行くってのも不自然だけどなぁ」
傘「あ、そっか…」
ぬ「まあ、でも、この調子じゃしばらくこっちには来ないだろうし、こっちから行くしかないか」
傘「…うん」
ぬ「それじゃあ家に行く口実がいるわね。驚かせに来たとかで大丈夫かな…」
傘「…わかんない…」
ぬ「いや、でもそれだと私がそそのかしたみたいね。さっきの会話のあとだし」
傘「さっき会ったの?」
ぬ「ああ、うん。散歩だとさ」
傘「…怒ってた?」
ぬ「いや、怒ってないよ。ほら、あいつってそういう性格じゃないじゃん。ね?」
傘「…うん…そうだけど…」
ぬ「ああもう、そんな不安そうな顔すんなってば」
傘「…でも私…」
ぬ「絶対大丈夫だって。おまえにはこのイタズラの天才、ぬえちゃん様がついてるんだからさ」
傘「…うん…」
ぬ「で、ええと、なんだっけ? ああ、家に行く口実か」
傘「…やっぱり私、正直にあやまるよ…」
ぬ「いや、だめ。素直に言ったほうが傷付けることもあるんだから」
傘「…そう…かなぁ…」
ぬ「あ、そうだ。こうしよう、小傘」
傘「どうするの?」
ぬ「最初は驚かせに来たって言って、あいつが不審そうにしてたり、いろいろ質問してきたら、私に行けって言われたって言えばいいのよ」
傘「う、うん。わかった」
ぬ「間違っても謝りに来たって言うんじゃないわよ。遊びに行ってやれって言われたって言いなさいよ」
傘「ぬえちゃんが遊びにいってやれって言った、って?」
ぬ「そうそう。それで、まあ、お茶ぐらいは出してくれるだろうから」
傘「うん、出してくれると思う」
ぬ「そしたらしばらくテキトウにしゃべってなさい」
傘「うん。おしゃべりだね」
ぬ「ま、ちょっと気まずいかもしれないけど。こたつあったかいね~とか言ってればいいから」
傘「わかった。がんばる」
ぬ「んで、この時期はお墓参りに来る人が少なくて退屈~みたいな話にもっていく」
傘「ふんふん」
ぬ「そしたら、誰か来ないか待ってる間は寒くて最悪~みたいなグチを言うわけ」
傘「なるほどなるほど」
ぬ「それで、しかもマフラーはぬえちゃんに貸したきり返ってこなくなっちゃうし~みたいなことを言えば無事誤解は解けると」
傘「…うん」
ぬ「そのあとはもうあいつも納得して今まで通り接してくれるだろうさ」
傘「…ぬえちゃん…いいの?」
ぬ「だからいいって。それに、小傘は貸したつもりだったけど、私はくれたと勘違いしたことにすれば、誰も悪くないでしょ」
傘「…そう…だね…」
ぬ「まあ、この完璧な作戦があれば大丈夫。万事問題なし。自信持ちな」
傘「…うん…」
ぬ「それじゃ、やること思い出してみて」
傘「うん、えっと、まず、驚かせに来たって言う」
ぬ「ああ、違う違う。それは驚かせてから言わないと意味が無いでしょ」
傘「あ、そっか。じゃあまず驚かせる」
ぬ「そうそう」
傘「それから、驚かせに来たって言う」
ぬ「うんうん」
傘「あやしそうにしてたら、ぬえちゃんに遊びに行ってやれって言われたって言う」
ぬ「そうそう」
傘「お茶を飲みながらしばらくおしゃべりをする」
ぬ「よしよし」
傘「こたつあったかいねって言う」
ぬ「うん」
傘「お墓参りに来る人が少なくて退屈って言う」
ぬ「次は?」
傘「えっと、待ってる間寒いって言う」
ぬ「うん、あってるあってる」
傘「それで、ぬえちゃんが私の貸したマフラーをもらったと勘違いしちゃったって言う」
ぬ「返してくれない、でいいよ」
傘「ううん、それだとぬえちゃん悪いみたいだもん」
ぬ「いいって。とにかく、大体よさそうだから、早く行ってきたほうがいいんじゃない?」
傘「う、うん。善は急げだね」
ぬ「がんばれよー」
傘「うん、ありがとう、ぬえちゃんー」
カラコロカラコロ…
ぬ「ヘマしないといいけど…」




