雪降る夜 下
『ちょうどいい時間かな』
お墓の入り口についた頃には、だいぶ日が暮れていた。
きょろきょろと辺りを見回すが、彼女の姿は見えず、ひたすらに墓石が立ち並ぶ光景は、やはり不気味だった。
なるほど、ここなら人間を驚かしやすいだろうな。だって怖いもん。
『おうい、小傘ちゃん、いないのかい』
少し声がふるえてしまっている。夜中でもないのに、ここまでびびっているのだから情けない。ただ、意外にも怖がりで得したこともある。
驚かせば必ず驚くものだから、彼女は気を良くしたようで、新しい驚かし方を考えては実験台にするようになったのだ。
人間、いつ短所が活きるときがくるか分からないものだと学んだ。
『それにしても寒いなあ』
「そうだねえ」
『うわあああああああ』
「ひゃあっ」
驚いた。
妖怪が出た。
妖怪も驚いた。
それもまた驚きだ。
『びびびびびびっくりしたあ』
彼女は一瞬目をまるくする。
「えっへん」
今度は胸を張ってみせる。
『急に出てくるから、びっくりしたよ』
「そうでしょ、そうでしょ」
彼女は声を弾ませたが、さっきの反応からするに、驚かせることを忘れて、ふつうに話しかけたつもりだったのだろう。
『それで、今日はどうしたの』
「どうしたのって、どういうこと」
彼女は、くびをかしげた。訪ねてきたのはこちらである。動揺がおさまらず、おかしな質問をしてしまった。
『いや、えっと、今日はいつからここにいるのかな』
「ずっとここにいるよ」
こんなに寒いのに、ずっと外にいるというのか。妖怪は見かけによらず丈夫なのだろうか。
『寒くないの』
「ちょっとさむい」
やはり、あたたかいものを用意してよかった。
思い切って、用件を切り出す。
『あ、あのね、小傘ちゃん、今日は、そのう、クリスマスなんだよ』
「くりすます」
予想通りだが、知らなかったようだ。
厳密に言うと、クリスマスイブだが、そんな細かいミスに気づく余裕はなかった。
『おめでたいお祝いの日で、えっと、人にプレゼントとかする日なんだ』
「ふうん。そうなんだ」
物知りだねといわんばかりの相づちである。
紙袋を抱えた人間に対して、あまりに鈍すぎるのではなかろうか。
『それでね、ええと』
緊張でふるえる手から手袋をはずし、ポケットに入れる。
『待ってね』
がさがさと音を立てて、紙袋からマフラーを取り出す。
『これ』
彼女に差し出す。
『プレゼント』
真っ赤なマフラー。
「えっと」
不思議そうな顔をする。
「これは、なあに」
マフラーを知らないらしい。
『それはマフラーっていって、首に巻くものだよ』
彼女は手を伸ばす。
「巻くもの」
マフラーを受け取ってくれた。
『巻いてごらん。あったかいよ』
彼女はうなずいた。
「巻いてみる」
なぜか緊張した面持ちを見せる。
「うんしょ」
細く白い首にぐるぐる巻いていく。
『どうかな』
巻き終えた彼女に尋ねる。
『あったかいでしょ』
彼女は、まばたきをする。
『えっと、あったかいよね』
彼女は、しゃべらない。
『ええっと、あったかくないかな』
もしかしたら、気に入らなかったのだろうか。ここまでこぎつけて、失敗したのだろうか。
彼女の顔が、しだいに紅潮していく。まさか、怒っているのだろうか。
『き、気に入らなかった、かな』
おそるおそる尋ねてみる。
「う」
彼女と目が合った。
そして彼女は、うめくように声を出した。
「ぐるじい」
アホだ、この子。
『つよく巻きすぎだよ。ほら、大丈夫かい』
マフラーをほどくのを手伝う。端から端まで全部巻き付けていたので、ほどくのが大変だった。
「ふう、空気がおいしい」
なんとも調子を狂わせてくれるものだ。失敗したかと思ったじゃないか。
「まふらー、むずかしいね」
『そんなことないよ。どれ、俺が巻いてあげる』
ほどいたマフラーを、彼女の首に巻こうと一歩前に出た。寒さで赤くなった頬が近くなる。ふと、鼻腔をくすぐる匂いに気づいた。
たぶんそれは、女の子のやさしくて甘い、ほのかな香りではなかった。場所がら染み付いたのであろう、かすかに薫る線香のそれであった。
また、大変だったのは、首のうしろに巻くときに、彼女のうしろへと腕をまわさなければならないことだった。彼女を抱くような恰好で、おでこがくっつきそうな距離になったから、手がすっかりふるえてしまった。
『あとちょっと』
「うん」
しずかに答えると、こそばゆそうに目を細める。まつげが長くて、きれいだった。
手際の悪さにも限度があるので、いつまでもこうしてはいられない。マフラーの左右の長さを調節すると、巻き終えたことを告げて、彼女から一歩離れる。
『はい、終わったよ』
しばらく端っこのほうを、もふもふやったり、ふにゅふにゅやりながら、ほおほおとか、なるほどとかつぶやいていた。
色白な彼女には、鮮やかな赤がよく映えていた。満足するまでさわると、ようやく顔を上げてこちらを向く。
顔をほころばせて、大きくひとつ、白いため息をついた。
「ほんとうに、あったかいね」
やわらかくほほえむ彼女の肩に、白い妖精が舞いおりて、幻想のようにふわりと消えた。
次々と現れては、また消えていく。
『降ってきたね』
「うん、降ってきたね」
彼女は手をお椀のようにして、それを受けとめる。
北風が吹いて、赤いマフラーが揺れた。
「雪」
ほっそりとした指先に、ひとひら、ふたひら、舞い散っては溶ける。
「降ってきた」
ちいさく、ちいさくつぶやいた。
『あ、あの』
やっとのことで声を発すると、彼女に尋ねてみる。
『雪も降ってきて寒いから、今日はうちで晩ごはんを食べないかい』
じつは今までプレゼントに気を取られて、彼女を夕食に誘うことなどすっかり頭から抜け落ちていた。おかげでハイカラさに欠くロール白菜なんか作ってしまった。
『どうかな、晩ごはん』
彼女は少し考えるそぶりを見せたあと、首を横に振った。マフラーがふるふると動く。
「今日はね、人が来るの」
驚愕で心臓が飛び出そうになった。誰かと逢う約束をしているのかと思ったからだ。
「お墓参りに来るんだって。だから、驚かさなきゃ」
そう聞いて、胸をなでおろした。やれやれ、まぎらわしい言い方をしないでほしいものだ。
彼女が墓参りの情報をどこから手に入れたのか、少しだけ気になったが、そんなことを聞いてもしかたがない。なんとか食い下がろう。
『でも、寒いよ』
「だいじょうぶだよ。まふらーがあればさむくないもん」
誰だ、余計なものを贈った奴は。うれしいはずの言葉も、今はうれしくなかった。
しかし、彼女の存在意義であるミッションよりも、クリスマスディナーを優先しろというわけにもいかない。残念だが、今回はあきらめるよりほかなさそうだ。
『そうか。ちょっと残念だなあ』
「またこんど誘ってね」
たしかに、今日しか一緒に食べられないわけではない。マフラーを受け取ってもらっただけでも良しとしよう。
『じゃあ、暗くなってきたし、俺はそろそろ帰るね』
長居して彼女の仕事に差し支えるのも悪いので、おとなしく撤退することにした。
今日は、半分成功、半分失敗といった結果であった。及第点としよう。
「あ、待って」
踵を返して、帰ろうと歩き出したところを呼び止められた。
なんだろうと思って振り返ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「まふらー、ありがとう」
彼女につられて、思わず笑ってしまう。もしかすると、半分どころか、大成功だったのではないだろうか。
『どういたしまして』
よかった。よろこんでもらえた。
彼女に手を振ると、ゆっくりと歩き出す。ばさり、という音が途中で聞えたので振り返ると、いつもの傘を差していた。雪よけにも使うんだな、と思った。舌がしもやけになりそうだけど。
お墓を出て、家へと歩いていく。ときどきスキップしそうになったが、みっともないのでこらえた。
今度はナズーリンには会わなかった。さすがにいつも徘徊しているわけではないようだ。
『ちょっと急ぐかな。もう晩ごはんの時間だ』
はやく帰って、ごはんにしよう。おなかがへった。
地面には少しだけ、雪が積もりはじめていた。風もさっきより強くなっている。吹雪にならなければいいが。
空を見上げると、星がきらきら光っていた。雪が降っているのに、星がよく見えるなんてめずらしい。
『ただいま』
ドアノブに手をかけると、静電気が走った。冬の風物詩である。
さっさと家の中に入り、手を洗って、うがいをする。
出かける前に、ごはんの準備はほとんどすんでいたので、わりとすぐに食事にありつけそうだ。
『あとは、あっためなおすくらいかな』
その間に、二人分の食器を用意する。サラダなんかは、もう盛りつけちゃっていいか。
炊飯器をチェックすると、ちゃんと炊けている。もう撫でないけど。
時計を見ると、そろそろではないかと思った。気まぐれなので、確証はないが。
『よおし、これでだいたいオッケーかな』
あらかた支度をすますと、椅子に座って待つことにした。
あ、シャンペンがない。まあいいか。ジュースで間に合わそう。飲酒運転は危険だもの。
しばらくすると、ベルが鳴り、主の許可無くドアが開いた。
「遊びに来てやったぜ」
それはそれは、雪の降る中ご苦労なことだ。
『ちょうどよかったね。今、ごはんができたところだよ』
「おお、そうか。そうだと思って来たけどな」
帽子についた雪をぱんぱんと払ってから、家の中へと上がりこむ。
そのまま、手を洗うために洗面所に向かっていった。
「そういえば知ってるか。今日はクリスマスイブって日なんだぜ」
『バカにしないでよ。知ってるよ』
言い方からするに、魔理沙のほうが詳しくなさそうだ。
そんなことを気にする様子もなく、魔理沙は話を続ける。
「まあ、お前には縁遠いイベントだけどな」
『ふ、それはどうかな』
軽口を叩く彼女には悪いが、たった今、クリスマスイブを堪能してきたところである。
「え、それってどういう」
『いやあ、別に大したことじゃないさ』
多少うまくいったもんだから、得意になっていた。
そこで、そうそう、と思いだして立ち上がり、タンスへと向かう。
「なんだ。はやく食べようぜ」
入れ替わるように、魔理沙は席に着いて、文句を言う。
はやく特製のロール白菜が食べたいのだろう。無理もない。
『魔理沙、ちょっと来て』
「なんだよ、もうおなかぺこぺこだぜ」
ひょこっと立ち上がると、ぶうぶう言いながらも、いちおうこちらへ来た。
『はい、これ』
「え、っと」
渡したのは、青色の手袋。
「こ、これは、ええっと」
魔理沙は目をぱちくりさせている。
どうやら驚いてくれたようだ。
『魔理沙』
「へ、なんだ」
魔理沙は頓狂な声をだすと、手元の手袋から、こちらへと視線をうつす。
『メリークリスマス』
たまには、こんなサプライズもいいだろう。
魔理沙は、どどどうかなってもしかして、などと意味不明なことを言っていたが、しだいにくちをぱくぱくさせはじめ、突然ごくりとつばを飲みこんだ。
「あ、い、今何か持ってくるっ」
大きな声でそう言うと、弾かれたように玄関の方に走り出し、ドアを蹴破るようにして外へ出ていった。
『ああ、ちょっとっ』
魔理沙を追いかけて外へ出る。
『晩ごはん、冷めちゃうよおおお』
一瞬で箒に乗り、飛び去っていく魔理沙の背にさけんだが、そのまま行ってしまった。
『まったくもう。そそっかしいんだから』
魔理沙が開け放ったドアを閉め、椅子に座って待つことにした。
テーブルに、ほおづえをつくと、魔理沙の驚いた顔がよみがえってきて、笑ってしまった。
そんなに手袋が欲しかったんなら、もっと手芸の得意なのがいただろうに。
寒空の下でさえ寒いのだから、魔理沙が飛んでいる寒空の上はさぞ寒かろう。素手では大変だ。
だから手袋を受け取ったとき、今日の夜空のように目を輝かせていたのだろう。
ちなみに、飛んでいる魔理沙のもっと上に見えた気がする、あの赤い影は、きっと幻想に違いない。そうでなければ、UFOの見間違いだ。
だって、寝て待つだけでプレゼントが置いてあるなんて、あまりにも夢がなさすぎるもの。




