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もっと東方寝巻巻。  作者: もっぷす
第2回
38/173

雪降る夜 上

冬のお話です。

『ああ、ついに完成だ』


 くたくたになって時計を見上げると、12時半を過ぎていた。どうりで眠いわけである。

 本を閉じてマフラーの出来ばえを確認すると、はじめよりは上手く編めているようだ。


『やっとできた。何日かかったことか』


 最後に彼女と会ったのが秋の終わりだったから、もう一ヶ月くらい作っていたことになる。そう考えると、達成感もひとしおであるが、そんなことより眠かった。

 真っ赤なそれを丁寧にたたんで立ち上がると、少し足がふらふらした。今日こそは早く寝るとしよう。


『よし、寝る。おやすみ』


 目覚まし時計をセットして、敷いておいた布団に横になった。朝にはめっぽう弱く、どうせ二度寝するから、目覚ましは特に意味はない。つまり起こし損である。哀れ、時計。


 いよいよ明日はクリスマスイブだ。前日まで終わらないとは思わなんだが、時間がかかったのには、ひとつ理由があったのだ。ともかく、ちゃんとプレゼントが完成してなによりだ。


『ふああ』


 ひとつあくびをすると、布団をかけなおす。なんとなく気持ちが落ち着かず、そわそわしてしまう。


 先月のある曇った日、買い物の帰りに、通らなくても帰れるお寺のそばを通ったところ、彼女に会った。

 秋風が吹きすさぶのに、彼女はいつもの服装だったので、妖怪は寒さを感じないのかと目をほとんどまるくした。

 本人いわく、あまり寒くないそうだが、せっかくの機会なので、今まで無縁の行事にかこつけて、あたたかいものを贈ろうと決めたのだった。






………






 朝、ジリリと目覚まし時計が鳴ったので、止めて二度寝する。次に起きるのは9時ころだろうな、と思いながら、やわらかなまどろみに溶けていく。


『っと、あぶねえ』


 跳ね起きた。そうだ、二度寝している場合じゃなかった。マフラーを出しっぱなしだ。魔理沙に侵入されて、知られては困る。私のぶんはないのか、とか、この女好きめ、とか罵詈雑言を浴びせてくるに違いない。

 眠い目をこすりながら、すでに止まっている時計を3回止める。もう止まっているから、当然何も起きない。自分が何をしたいのか把握できないまま、目覚ましを5分間叩き続けた。


『うん、ごはんの時間だった』


 さきほどの件は無かったことにして、スマートに朝食の支度をはじめる。

 セットしていた炊飯器は、今日もしっかりと時間通りに仕事をこなす。すばらしい。ほめてやろうとその頭を撫でると、蒸気口に触れてしまって、やけどした。もう二度と撫でない。

 フライパンを準備して、ささっと目玉焼きを作り、トマトやちぎったレタスを添えて、食卓の方に持ってった。おっと、ふりかけが足りない。戸棚から探して、ごはんにかけた。


『いただきます』


 目玉焼きの黄身の部分に、つぷりと箸を入れると、中からとろとろあふれた。口に運ぶと、濃厚さが舌いっぱいに広がった。じつにうまい。ごはんにひじょうによく合う。

 朝食の目玉焼きは、やはり格別だ。ただひとつ残念なのは、しょうゆをかけ忘れていたことに気付いたのが、食後だったことだろうか。






………






 結局、マフラーをしまい忘れたままだった。そもそも、あわててしまう必要はなかったのである。

 この家の主人がねぼすけだというのは有名らしく、午前中には魔理沙を含めて来客はほとんどない。眠っている人間の上に座りにくる非道な妖怪も中にはいるが。


『あ、もうこんな時間か』


 昼間のうちに買い物をすませておこう。そのあとには、やることがあるのだし。立ち上がって、厚手の上着を身につけた。

 今日の晩ごはんは少し豪華にしたいものだ。献立は例えば、そう、ええと、まあいいや。出かけてから決めよう。タンスから財布を探し出して、エコバッグを持って家を出た。


『うわ、寒いや』


 吐いた息が白い気体となって空中に溶けた。ポケットに突っ込んであった手袋を取り出して、自分の手にはめる。はやく行って、はやく帰ってこよう。


『さむいでござる、さむいでござる』


 ほんとうに冬らしい寒さだが、今日は雪は降っていないようだ。でも夕方からは降る。といいな、と思ってみたり。空を見上げてみると、晴れていた。

 そういえば、マフラーを持ってくれば、一旦帰ってから出直す手間が省けたのではなかろうか。いや、それはダメだな。買い物袋をぶら下げたままプレゼントを渡すわけにはいかない。

 上を見ながら、ぼんやりすたこら歩いていると、唐突に前方から声がかかった。


「やあ、そんなふうに歩いてちゃあ、あぶないじゃないか。なにか面白いものでも見えるっていうのかい」


 見ると、大きな耳だった。


『ああ、ナズじゃないか。いやあ、雪が降らないかと空を見ていたんだよ』

「空を見ていただって。雪が降っているかなんて、地面を見たってわかるじゃないか。まったくきみはおかしなやつだな。きみに会うなんて、良くないことでも起こりそうだ」


 ナズーリンは怪訝そうな顔を見せながら、そう言った。


『ひとを凶兆みたいに言わないでよ』

「おっと、違ったかな。それともきみは、自分のことを吉兆だとでも勘違いしているのかい。言っておくけどね、きみは決して良いことの前ぶれなんかではないよ」


 あいかわらずのすごい口撃だが、口の悪いのは彼女のコミュニケーションであり愛嬌だ。


『まあ、吉兆でもないけどさ。ふつうに買い物に向かうところなんだよ』

「ははあ、なるほど。そのいでたちは夕食の食材を買いに行くんだな。おおかた焼きそばでも作るんだろう。そんな顔をしている。焼きそば顔だ。でもね、はじめに言っておくけど、私はそこまで焼きそばが好きではないよ。まあ嫌いというわけではないけれど。だから夕食への招待ならあらかじめお断りしておく。べつのものなら食べてもいいけどね」


 ほんとうによくしゃべる妖怪だ。だれも夕食に誘うとは言っていないのに、図々しいかぎりである。そもそも、焼きそば顔とは失礼な。


『とにかく、俺は急いでいるから、これで失礼するよ』

「急いでいるだなんて、なにをそんなに急ぐことがあるっていうんだい。きみなんかより私のほうがずっと忙しいんだぞ。それなのにきみにかまってあげたんだ。ちょっとは感謝してほしいものだね」

『はいはい、ありがとう』


 ぷりぷりしているナズーリンを、てきとうにあしらって歩き去ることにする。彼女と話していたら、買い物に行く前に日が暮れてしまう。それはまずい。今日ばかりは、やることがあるんだ。ごめんね、ナズ。

 無事に彼女をふりきって、夕食の献立を考えた。やはり七面鳥を食べるべきなのか。平生あまり肉を食べないので、そんなものがここいらの肉屋に売っているのかよくわからない。なかったらチキンでいいや。






………






『さて、こんなもんか』


 このまましばらくおいておけば、晩ごはんまでには味がよくしみているだろう。

 ちなみに予想通り七面鳥はなかったため、ノーマルな鳥肉で代用することになった。

 それはいいのだが、八百屋があまりに白菜白菜いうので、白菜を買いすぎてしまった。だから、今晩のメニューはロール白菜になった。和風である。おのれ八百屋め。


『そろそろ出かけるかな』


 時計を見ると、ちょっぴり早いような気もしたが、どうせそわそわして何も手につくまい。

 町で買ってきた紙袋の中にマフラーを入れたが、思ったより袋が小さくて難儀した。

 こんな荷物を持っているときに知り合いに会ったりしたら、それはそれは怪しまれそうだ。その袋は一体なんなのか、と。


『よし、忘れ物はないな。いってきます』


 知り合いに、とりわけ白黒い魔法使いと、おしゃべりなネズミさんと、いたずらぬえ娘とには絶対に遭遇しないように祈りながら家を出た。

 外は存外に暗く、冬の日の短さを感じた。これならお墓に行けば、きっといるだろうな。

 というのも、彼女は妖怪なので、夕方ごろのエンカウント率が高かろうと思って、聖夜というにはやや早いこの時間にしたのである。まあ、朝にも昼にも会ったことはあるが。


『なんか緊張してきたな』

「何が緊張するんだい」


 ああ、終わった。バッドエンドへようこそ。

 紙袋を大事そうに抱えて、せかせかと意味もなく早歩きをしていたのだから、不審者のように見えたろう。知り合いとか関係なく、人に会いたくない、と思っていた矢先に、ごらんの有様だよ。


「一日に二回も会うもんだから、それだけでもおかしいけれど、さっきにもまして奇怪な様子だね。一体何を企んでいるんだい。その紙袋には何が入っているんだい。ああ、わかった。お布施だな。いや助かるよ。やはり信心は形にすべきだからね。どんなご馳走が入っているのか、じつに楽しみだ。さあ、その紙袋を渡してもらおうか。さあ」


 お布施を受け取るとき、こんな悪党みたいなセリフを放つものなのだろうか。


『いやあ、違うんだよ。これはあれだよ。ほら、本だよ』


 苦しい言い訳である。


「そうか。それで、どんな本なんだい」

『ええと、それは、あのう』


 困ってしまった。


「なんだい。見せてごらんよ」

『あ、えと、宇宙物理学の本なんだ』


 ちょっと嘘をついた。


「ふうん。そんなつまらないものじゃあ、お布施にならないよ。次はもっといいものを頼みたいところだね」

『う、うん。ごめんね。それじゃ、また』


 ナズーリンに手を振って、さっそうと走り去る。

 そうだ、人に見つかったら宇宙物理学の本だと言えばいいんだ。ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、物理は嫌いなはずだもの。

 ひとついいことを学んで、自信がついたもんだから、今度はずんずんお墓の方へ歩いて行った。

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