結晶アスタリスク *エピローグ
湯気の立つ熱いつゆが、芯まで冷えた体を温めます。
優しい橙色で彩りを与え、新鮮な歯ごたえのある人参。ほくほくと味のよく染みた大根。見目鮮やかに、旬の甘みを湛えるほうれん草。そして、柔らかに浮かぶお雑煮の主役のお餅は、まるで冬の月のように白い顔をのぞかせています。
「おかわりだ」
魔理沙さんが再び、空になったお椀を差し出します。
彼はちらりとひと目見て、自分の食事に戻りました。
「なんで無視するんだよ」
「自分で行きなよ!」
皆が笑いをこらえます。
彼女なりの信頼や甘え方ではないかと思います。それが我儘ではなく、ありのままの彼女として受け入れられる。
そういうものなのだと、正面で結局お椀を受け取る彼に教えられた気がしました。
あるいは、早々にぬえが彼の横を確保したため、隣に座ることができなかった腹いせなのかもしれません。
文句を言いながらも、彼は席を立ち、彼女のためにお雑煮をよそいます。
雪合戦の決着がつき、しばらく勝利を喜んだり、反省したり、お互いの作戦のネタばらしをしたり、一通り余韻を噛みしめたあと、一堂に会して昼食をとることにしました。
彼が端の席に座るものですから、近くに座ろうとそわそわしていた者もおりました。
あれだけ遊んでなお、まだ話し足りないというのでしょうか。
お雑煮を食べ始めると、皆ほっとした表情を見せました。
運動のあと、そして寒い外から帰ってきたあとの温かな料理は、舌だけでなく心をも満たしていたようです。
お寺の食事は静かなものです。
でも、皆どこか嬉しそうで、何も言わなくても箸が進むのが早いような気がしました。
「あーあ、ホントあそこで外すかねぇ」
「だからごめんって」
また魔理沙さんが雪合戦のことを言います。
責めているふうに言っていますが、よほど楽しかったのだと思います。
最後の一騎打ち。結局、彼の渾身の一投は私の上を飛んでいきました。
弾切れの彼に、待ち伏せのために作り置いていた雪玉を投げて試合終了と相成ったのです。
決着の付いた二人のもとに皆が駆け寄りました。
そして雪玉を投げる。待って待ってと逃げる彼に敵も味方も入り混じって罵声と雪玉をぶつけます。
雪合戦というよりも鬼ごっこでした。
その再現のように、魔理沙さんを皮切りにまた賑やかな反省会が始まりました。
返す返すぶーぶー言われ、お椀を手にしたまま身動きの取れなくなっている彼と目が合います。
どこか気恥ずかしそうな、救いを求めるような目。
口許から思わず笑みがこぼれます。
私が小さく――彼にしか分からないくらい小さく――頷くと、驚いたような目をしていました。
自分で言うのも何ですが、人の悩みを、困っていることをたくさん聞いてきたつもりですから、彼の伝えたいことが分かったのでしょう。
少々お行儀が悪いのですが、すでに食べ終わっていた私は彼の元に歩み寄ります。
私が食事中に席を立つのが珍しかったためでしょう。
ぬえやムラサ、魔理沙さん達が意外そうに私に目を向けます。
そして、何かを求めるような表情で固まっている彼。
私は笑顔で手を差し伸べました。
「おかわりですね?」
「え、ちがいます」
違いました。




