結晶アスタリスク *4
魔理沙とハイタッチを交わすと西へ向かう。
星さんを倒せて個人的には大満足ではあるが、いいことばかりではない。
こちらが二対一ということは、残りは一対二になったわけで。星さんを撃破すると時を同じくして、一輪さんもまた討たれてしまった。
敵ながら、星さんが見つかったことを察知する早さ、速やかに次の対応に移る決断力には感服する。
「相手どこだろ」
敵の居場所がわからなくなった。
先ほどまでの状況を考えると、端までは行ってないと思うが、もう中央付近にはいないだろう。
「油断するなよ」
魔理沙はざくざくと音を立てながら歩みを進める。
敵の作戦としては、こちらが通りそうな場所で待ち伏せするのが効果的だろう。もしかしたら今も、どこかから狙っているかもしれない。
いくら忍び足でも雪を歩くと音は立ってしまう。ナズーリンは耳がよさそうだし、なかなかに不利だ。彼女の耳をごまかすのは骨が折れるだろう。
居場所をつきとめるのですら難しいのに、待ち伏せしている相手に近づいて、雪玉を当てなければ勝ちはない。
正直、待ち伏せが有効なのはこちらも同じだが、相手から仕掛けてくるとは思えない以上、我慢比べになってゲームが膠着し、ちょっと白けてしまう。
「何企んでるんだ。早く行くぜ」
「行くって、待ち伏せされてると思うけど」
「だろうな」
だろうなって、と思いながら、魔理沙のあとをついていく。
用心は怠っていないふうだが、どこか自信ありげに前へ歩く。
「私より三歩下がって来てくれ」
何だろう。作戦があるんだ。
黙って頷いた。
先ほどよりも歩みは遅く。ときおり止まりすらする。それと、下?
もしかして、足跡から辿ろうとしているのだろうか。
もしそうならば。声を掛けようとすると魔理沙が手で制する。
結局何も言わなかった。
大丈夫だろうか。たぶん、それくらい敵も想定済みのはずだ。俺だって思いついた。
でもやめた。格好の的だから。
もう試合終盤だ。足跡なんてたくさんあるし、雪は白くて非常に見づらい。その上、どれが誰のかなんてほとんど分かったもんじゃない。足元に相当注意を向けなければ判別できないだろう。
一方相手は待ち伏せのはずだ。こちらの姿を確認しやすく、今にも俺を、魔理沙を仕留めようとしている。
不利なんてもんじゃない。そんな状況で雪玉を躱そうなんて不可能に近い。
「あ、おい! これってもしかすると……」
転がる。
パシャン。
雪玉。
「見つけたんじゃないか?」
魔理沙がいたずらっぽく、笑った。
分かった。
ようやく魔理沙の意図が分かった。
魔理沙は足跡を追っていたし、足元ばっかりに集中していた。敵も待ち伏せしていたし、魔理沙は格好の的だった。
魔理沙がやったのは、ただ避けたのだ。
そういやいつも弾避けてるんだよなぁ。
「ナズーリンがそこ、聖がそっちだな」
魔理沙が手近な木陰に走りながら、足跡を目で辿って指差す。
俺も同じように、別の木の後ろへ身を隠す。
全員、まあまあ近い。
これで皆居場所が割れた。皆木の陰。平等で互角だ。
俺の左に魔理沙、その正面がナズーリン、俺の正面が聖さん。
位置はそれぞれきれいに正方形の頂点――とはいかず、ナズーリンが若干前にいる。ちょうど俺から三人が同じくらいの距離だろうか。
囮の魔理沙を見守っていたときくらいの近さだ。
魔理沙が魅せてくれたぶん、次は俺がやらないといけないだろう。
何か考えよう。
頭を使え。思い出せ。さっきのこと、朝のこと、いつものこと。使えそうなことは何でも。
靴に雪入っちゃった、と口の中でつぶやくと、ナズーリンが鼻で笑う。耳聡い。
よし、この作戦でいこう。
ネズミは寒さに弱い。さっきだって、俺が魔理沙に近寄るのを待った方が避けにくかったはずだ。勝負を急いている。その上、待ち伏せ作戦が不発に終わって焦っているに違いない。
こっちは運動神経のよい魔理沙と、雪慣れしている俺。長期戦ならこちらに分はある。
だから、短期決戦を持ちかければきっと敵は乗ってくると思っていた。
当然警戒されるだろうが、今はお互い相手が目の前にいる対等な状況。ここからできるのはせいぜい小細工だけというものまた自明だ。だから、乗ってくるとほとんど確信していた。
「魔理沙、相打ち覚悟で勝負に出よう」
魔理沙がどこか驚いたような表情を見せる。
まあ、そうだろう。
「せーので、木陰から出てお互い正面の相手に投げる。でも静かにね」
気持ち早口で伝える。
怪訝そうな顔。
彼女は口パクだけで、「聞こえてるぞ」と伝え、相手の方を顎で示す。
小傘すこ事件でギリギリ聞こえる声の大きさを学んだが、俺から三人の距離は同じなのだ。
でも構わない。俺はこくこくと二回頷くと、魔理沙の目を見返す。
すると、魔理沙も同じように頷く。引くぐらい話が早い。
向こうもナズが聖さんに目配せしているだろう。意図に気付かれる前に動く。
ひと呼吸。
「せーのっ」
飛び出す影。
三つ。
魔理沙はナズに、ナズは魔理沙に、俺はナズに、雪玉を投げた。
ナズは目を丸くする。気づくのが遅すぎた。
正面だけ警戒していたナズにあっけなく斜めからの雪玉が当たる。
一方、ナズは魔理沙に見事命中。
回避に専念するよう言っておけばと後悔する。
二対一なんだから、焦る必要はなかったのだ。
だって、聖さんは出てこない。俺の合図は魔理沙とナズーリンにしか聞こえてないから。
朝の光景をはっきり覚えている。
――聖さんはかわいい耳あてをしているんだから!
試合の動きに気づいた聖さんが雪玉を投げるが、俺はもう木陰。
「やられたよ。ナズーリン、ヒットだ」
「あーあ、当てるのに集中しすぎたぜ」
ナズは仕留めたが、本当は魔理沙が敵弾を躱して二対一にしたかった。
角度的に相手に当てやすい、木の左側から身を出したのがマズかった。右手で投げるために大きく木陰から出ることになってしまった。
相打ち覚悟と俺が言ったことを後悔する。もっと上手い言い回しがあったのではないか。
しかし、勝機は充分ある。魔法を使っていない聖さんの身体能力は普通の人間だ。
たぶん、聖さんは何が起きたのかわからず、混乱しているはず。
動揺しているうちに決着をつけよう。
足音が立たないように、そっと木陰を離れる。
相手は待ち伏せしていたのだ、おそらく雪玉のストックもあるだろう。
攻め入るなら不利。
だからチャンスは一回きり。一度で当てれば関係ない。
視線を感じる。聖さんだけじゃない。
他のみんなも見ているんだ。緊張する。いけるかな。
一度きり。一回きり。失敗すれば負ける。
深く息を吸い込む。冬のよく澄んだ空気が肺を冷ます。
雪玉二つを掴む。短く息を吐く。
地面を蹴り、木陰を大きく離れる。
雪玉が来る。
速くはない。
体を右にひねり、躱す。
減速せず、突っ込む。
次の玉。
右足で強く踏み切り左に跳ぶ。
今度はこちら。
そのまま左腕を振るう。
力ない玉が聖さんの足元へ。
一歩後ろへ。
簡単に避ける。
それでいい。
左足に全体重を乗せ、本命である渾身の右腕を振るった。




