結晶アスタリスク *3
「み゛な゛み゛つ゛ア゛ウ゛ト゛ぉー!」
ムラサ船長の汚い叫び声が聞こえる。よほど悔しかったのだろう。
小傘はうまくやったようだ。
これで試合は大分運びやすくなっただろう。
敵は我々の作戦を北からの一斉攻撃だと捉えたかもしれない。
あるいは、北に引きつけておいて、南から一人が不意を突くと考えたかもしれない。
実際は、皆が北の一箇所にいると印象付けるだけ投げたら、小傘だけを残して南へ移動した。雪玉は作るのには時間が掛かるが、投げるのは一瞬だ。充分なストックを作っておけば、しばらく投げ続けることができる。人数が減ったことはそう気づかれまい。
南に来たのは敵を隅に追いやるためだ。ご主人様は敵の真南、我々はそのやや西にいる。敵はもともと東寄りで魔理沙の陽動作戦をしていて、今は小傘の残った北へ移動しているだろう。
このまま北上していけば、相手の行動範囲を北東の角へと狭めていくことができるはずだ。
今回は上手くいったが、逃げ切れなかったとしても最小限の犠牲で敵を端に追い込むことができたし、たとえ誰かが挟み撃ちを警戒して南に来ても、こちらは四人、数で押せると踏んでいた。
あとはいかに早く移動するか。雪深い中の移動は時間が掛かるが、誰かの踏んだ跡は歩きやすい。ご主人様に先を行ってもらった甲斐もあったというものだ。
身を隠す場所の確保に手間取ったのか、小傘の攻撃中にご主人様も加われなかった点は残念だが、まあ全体で見れば上出来だろう。
まずは一番近いであろう魔理沙を四人で狙う。
位置は知られるが、ここまで敵の誰とも接触していない。皆、北にいると見ていいだろう。今が狙い目だ。
片付けたらそのまま北へ。
ネズミは寒さが苦手なんだ。とっとと終わらせようじゃないか。
などと。皮算用だった。
「うわぁ!」
ぬえの悲鳴。
何だって?
皆北へ行ったんじゃないのか?
南下が読まれていたなら、迂回した我々より、直進した敵が先に着くだろう。
だから百歩譲って、待ち伏せなら――全く頭に無かったが――理解できる。
なのに、どうして。
意味が分からない。
なぜ西へ迂回した我々より西から敵が来るんだ!
* * *
ナズーリンは一連の出来事をどう考えているだろう?
先にタネ明かしをしておくとただの偶然だ。
北は陽動だろうと思ったが、だからといって放っておいていいものか。一方、南に行くと、読みが外れたとき完全に無駄足なわけで。
だから結局、魔理沙の近くに残った。
囮という作戦の都合上、彼女はここから大きく動くことができない。下手に持ち場を離れるより、予定通りの動きをしよう。
「後ろ!」
それが功を奏した。
正面から投げられる雪玉に、いやでも魔理沙の視線が取られる。声を掛けていなかったら、当たっていただろう。
続いて、遠く、誰かの声。
その声の主がぬえだと理解できた瞬間には、また別の大声が元気いっぱい響く。
味方が被弾したというのに魔理沙は不敵に口角をゆがめる。
「やっと始まったな」
無意識に、うなずいていた。
ぬえに当てたのも、今当てられてしまったのも、けだし響子ちゃんだ。
脱落してしまったのは残念だが、彼女のおかげでだいぶ戦況が掴めた。
敵は東西方向では中央付近の、南側に固まっているらしい。
雪道も平気で走れる響子ちゃんには試合開始から偵察に行ってもらっていた。南の端を通り、敵のいる西側へ。
戻ってくるところだったのだろう。偶然相手と鉢合わせたぬえに雪玉をお見舞いしたらしい。
そして、当ててすぐ当てられたということは、敵は少なくとも二人以上で行動していたのだ。個人的には、全員が近い位置にいるとさえ考えている。
ナズーリンの頭脳を最大限活用するならば、極力指示ができる距離に仲間を置くのも納得いく。
敵は不意を突かれただろう。
しばらくは警戒して動かない可能性が高い。
それなら囮作戦は効果が薄いし、そろそろ魔理沙も暴れたいだろう。
船長も響子ちゃんもやられた今、方向転換にはよいタイミングだ。
「あーっ、やられたー」
遥か彼方、聞こえるか聞こえないか、雪原に春の日だまりのような暖かで優しく清純清廉純真無垢天衣無縫なる女神の福音のような唐傘お化けの声。ベスト清楚ニスト賞を受賞した。
「すこ」と漏れた呟きにどこからともなく雪玉が飛んでくる。
この距離でも聞こえるのだと学習し申した。
ともあれ、残っているメンバーからして当てたのは一輪さんだ。
北から回って、今は中央近くにいるのだろう。
一度彼女のもとに集まって、作戦会議をしてもいいかもしれない。
「魔理沙、いったん一輪さんのとこ行こう」
木陰から飛び出す。
油断した。左手から雪玉。
わずかに逸れて後ろへ。
あっぶな。けどツイてる。
背中を押すように風が西へ吹いた。
* * *
唇を噛む。
焦りが出たのは言うまでもない。随分前にこちらに来たものの、挟み撃ちしようにも北からの攻撃が甘く、投げる時期を逸していた。挽回すべく気が逸った。
少女の許へ駆け寄ろうとしていた彼は、彼女を手招きしながら踵を返す。こちらに来る。逃げよう。
「一輪さん、東に来てー!」
彼が離れた一輪に聞こえるよう吠え、こちら目掛けて駆け出す。
嗚呼、本当に迂闊だった。一対一ならば負けない自信があるが、雪合戦で複数人を相手にするのは絶望的である。雪玉を作るにしろ投げるにしろ、手数が足りない。
走るしかない。彼が声を掛けた方と逆へ。
肩の高さに雪玉が飛んでくる。
しかし、当たらない。
「追い詰めてからだよ! 追いかけながら雪玉作れないでしょ!」
「あ、投げちゃったわ」
大変微笑ましい会話だが、気を抜いてはいられまい。先程まで見ていた限り、二人とも一つずつしか雪玉を持っていない。それならば、もう一球だけ躱せば振り切れるかもしれない。
雪に足が取られる。しかし、それは敵も同じらしい。距離は縮まっていない。先に一輪に遭遇した場合は諦めるしかないだろうが、聖やナズーリンに合流できれば勝機はある。
二人がいるであろう西の方へ向きを変える。すると、その瞬間を隙と見たのだろう。雪玉が飛んでくる。左腕の辺り、飛来する塊、身を捩りやり過ごす。
「追い詰めてからじゃないのかよ!」
「ごめん、いけると思ったんです」
心の中で快哉を叫ぶ。
これで雪玉がなくなった。そのまま追ってきても攻撃する術がない。
攻撃するには雪玉を作るしかなく、雪玉を作るには一度屈むしかない。
この辺りには立ったまま雪を手に取れるような場所はないのである。
振り切れる。
「どうすんだよ」
「やっちゃった」
余裕が出来た。あとは味方を探すだけである。
いつ投げられるか分からない雪玉を躱すのに比べてなんと楽なことか。
私が敵を引きつけた状態で合流できれば、走り回って疲労した二人は楽に片付くではないか。
そうニンマリした刹那。
「魔理沙!」
「あいよ」
悪寒。
足を止めず振り向く。
屈み込んだ彼は素早く下手投げで雪玉を投じる。
トスか!
走っている彼女に雪玉を渡したのだ。
地を蹴る足に力を込める。
しかし、それは彼女も同じで。
私に出来ることは、味方が一輪を片付けていると祈ることだけであった。




