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もっと東方寝巻巻。  作者: もっぷす
結晶アスタリスク
166/173

結晶アスタリスク *1

新章突入

 真正面より飛来する白銀の弾丸を機敏に躱すと、魔理沙は右腕を振るう。

 影は瞬時に身をかがめ、年老いた樫の後ろに隠れた。


 ――外したか。


 しかし作戦通り。開けた場所に出ることで敵を引き付ける思惑は叶っている。そのぶん敵からは恰好の狙い目となってしまうが、魔理沙は今、研ぎ澄ました集中力と勘、そして身体能力のみをもって、襲い掛かる凶弾を幾度も避けていた。


「後ろ!」


 反射的に横に転がる。

 (いびつ)な塊が肩口を掠めるようにして飛んでいった。

 一瞬でも遅れていればと思うと恐ろしい。魔理沙は味方の声に感謝した。

 そのときだった。


「うわぁ!」


 ちょうど後方、今魔理沙を狙った者の悲鳴だろう。

 仲間の誰かが先程の一撃から位置を割り出し、仕留めたようだった。作戦通りの展開に、魔理沙はニヤリと笑う。

 しかし、ここで気を緩めてはならない。

 右の手で帽子を払うと、魔理沙は立ち上がる。そして、勝利のために、また雪原へと歩きはじめる。


 ――この雪合戦の勝利のために。




   * * *




 昨晩は妙に静かだった。

 雪。雪が降っていたのだ。

 皆が寝静まった頃に、こんこんこんこんと降り積もり、朝には辺り一面を白く染めていた。

 冬は寝坊の太陽も、今日ばかりは早起きしたらしく、やけに気持ちの良い朝だった。

 そうでなければ、午前も早くから外出などするはずもなく、まして顔面にそっと雪を乗せられて跳ね起きた哀れな男もいなかっただろう。


 早く来いと連れられた先は命蓮寺。侘びだの寂びだのジジくさい庭も冬の前には一面真白の雪化粧。船長の顔色みたいだね。幽霊だからね。

 さすがにお寺の朝は早い。こんな時間からバタバタバタバタ、みんなきっちり朝のお勤め準備中。でも、手袋する勤行ってなんだろう。読経? 礼拝? 馬鹿言え、雪合戦だろう、とのこと。

 なんと熱心な仏弟子ですこと。

「え?」

 聞き返す聖さんの耳当てがかわいいと思いました。


 ともかく、血の気の多いここの連中は、雪が降ったら雪だるま、雪うさぎ、かまくら、とかではなく、真っ先に雪合戦をしようと言うのだ。

 お勤めしなさいとも言ってやりたいが、ちらちら降っている雪を見上げると、眩しい朝日が雲の切れ間から覗いていた。なんだか昼までには晴れそうで、この雪もいつまで積もっているか知れない。また後日などと言っていたら機会を逃してしまいそうだ。結局面子に加わって庭に出ると、輪に入ってじゃんけんをする。


 チームが決まると、全体で簡単なルールおよび注意事項を打合せた。いちおう聖さんに参拝客が来たらどうするのかを訊いてみたが、「たぶん、大丈夫です」とのお答えを頂いた。場所を本坊裏近くに限れば、まっすぐ本殿に参拝する人には「バレない」らしい。楽しそうにキャッキャしていなければ。

 深い雪をものともせず走り回る響子ちゃんが、楽しそうにキャッキャと視界を横切る。

 まあ、ご住職がいいと仰るならいいでしょう。運命によって分かたれた二組はぞろぞろと集まり、チームのメンバーと会議をはじめる。


 魔理沙が声を発する。「さて、どうする」

 はつらつとした彼女に、この寒いなか行事を嗅ぎつけてよく来たものだ、と思う。雪が降ったら雪遊び。前向きで楽しい考え方だ。俺なら自らすすんで外に出ようとはしないだろう。

 今、魔理沙が味方であることがたいへん心強い。彼女は運動神経がよいからだ。せっかくやるなら勝ちたい。


「庭も広いからよく考えないとねぇ」

 船長もじゅうぶん意気に燃えているようだ。彼女も活発な少女だ、きっと大きな戦力になろう。

「まずはネズミをるかな」

 一輪さんもこう見えてノリがいい。メンバーに恵まれて、愚鈍な俺は出番がなさそうである。

「響子ちゃんはどう思う?」「え?」

 大きな雪玉を作って遊んでいた彼女も俺と同類かもしれない。


 魔理沙に「真面目に考えんか」と雪玉を投げられたので、そろそろちゃんと作戦を練ろう。


 まずルールの確認をしておこうじゃないか。人数は五対五で時間制限は特にない。場所は前述の通り、本坊付近のみが指定されている。東西に長い四角形だ。南に比べて北の方が木が多く、身を隠す場所には困らないだろう。雪玉が当たった者は、大きな声で自己申告して退場し、先に全滅した組の負けとなる。参拝客にバレないとは何だったのか。


 自軍の面子に魔理沙や船長、響子ちゃんと運動のできるメンバーがいるだけに、実力を出し切れば負ける可能性は低いだろう。

 しかし、戦場が指定されていることや、木々が多く隠れやすい点を考慮すれば、相手の作戦によっては翻弄されうるのだ。


 敵には智将ナズーリンがいる。おそらく彼女は最も効果的で、最も効率的で、――最も肉体的消耗の少ない作戦を打ち立てるであろう。

 また、身体能力ならば寅丸星も恐ろしい。運動が得意なふうではないようにも見えるが、実際のところは未知数である。虎というなら警戒するに越したことはない。

 残りのぬえと小傘ちゃん、聖さんはいくぶん危険度は劣るだろう。あるいは、小傘ちゃんあたりは意外な動きを見せるかもしれない。が、万事はナズーリン次第と考えている。


 とりあえず中心とする作戦と、失敗した場合の代案、注意すべき点などを手短に伝え、早々に解散する。雪国生まれだが運動神経には自信がない。どうせ投げ合いでは貢献できまい、頭くらいは使っておこう。

 ちなみに手早く済ませたのは、こちらが作戦無しの実力勝負だと思わせるためである。俺以外みんな動けるのだ、無策でも健闘はできよう。だからいちおう説得力のある嘘だとは思うけど、この程度で欺けるかは自信がない。

 ともかくこの手の遊びは始まってみなければわからない。机上の空論に拘泥し過ぎるよりは、大枠だけ決めておくほうがよいだろう。成り行きに応じて動くだけの瞬発力がこのチームにはある。


 話し合っていた本坊裏の東側から思い思いに散開する。ただ、魔理沙だけは目立つ中央付近に向かって歩いてゆく。ちなみに本坊はみなみ(おもて)なので、裏とは北側のことだ。

 五分弱待っただろうか。どこか遠くから「もういいかい」と声が掛かった。青いミトンの少女が、「もういいぜ」と答えると開始の合図である。静かに、戦は始まった。

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