酒とするめと私と月と
お酒は二十歳になってから。
節度を持って楽しく飲みましょう。
アルコール・ハラスメントはダメだよ!
ピンポーン
『お、誰かな? はーい』
すたすた
ガチャ
萃「おっす」
『おお、萃香さん…珍しいですね』
萃「まあねー。ちょっと困ったことになってさ」
『困ったこと?』
萃「そうそう。瓢箪からお酒が出てこなくなっちゃって」
『何かしたんですか?』
萃「何故か飲み口が塞がってるみたいで、傾けてもうんともすんとも」
『それは、えーと…お気の毒ですね』
萃「だろう? お酒が飲めないとつらいよねぇ」
『いっつも飲んでますもんね』
萃「お酒は命の水だからねえ」
『俺は全然飲めないんですけどね』
萃「ああ、そうだったっけ。忘れてたから、うっかり来ちゃったよ」
『ということは、お酒を飲みに来たんですか?』
萃「そうさ。いい折だから普段呑まない奴と呑もうと思ってね」
『そうでしたか。でも残念ながら、うちにお酒ありませんよ』
萃「いいよいいよ、安いやつでも。酔えるならね」
『上等なのが無いって意味じゃなくて…ビール一本無いんです』
萃「本当かい? こいつはたまげた。酒の無い毎日なんて考えたこともないよ」
『ところがどっこい、そんな毎日もあるんです』
萃「ふうん、変わった人間だなあ。よし、今日はあんたに酒のよさを教えてやろう」
『お酒のよさ、ですか』
萃「そうさ。酒はいいよ。うまいし楽しいし、知らない奴とだってすぐに仲良くなれる。おべんちゃらじゃなくて本音で語れるし。それに……っと、いま熱弁しても仕方ないか。呑みながらにしよう」
『お酒、どうやって調達しますか?』
萃「そうだねえ、神社に行けばあるだろうけど」
『わかりました。じゃあ、ちょっと分けてもらってきます』
萃「いやあ、いいよ。私が行ってくるから。あんたが霊夢に借りを作ることはない」
『いいんですか、お客さんなのに?』
萃「うん、戻ってきたときにつまみが用意されてればね」
『はい、何か準備しておきます』
萃「そんじゃ、行ってくるー」
『はい、お願いします』
とてとて
バタン
『…チーズでも食べておこう』
………………
ピンポーン
『はいはーい』
すたすた
ガチャ
萃「ただいま。とりあえずこれだけあればいいだろう」
『うわ、十本も…』
萃「なに、足りなかったらまた取ってくるさ」
『………』
萃「どうかした? 凍りついちゃって」
『…いえ、おつまみ足りるかなと思いまして』
萃「だいじょぶだいじょぶ。主役は酒だからね」
『はあ、そう、ですか』
萃「それより霊夢が驚いてたよ」
『何にですか?』
萃「私があんたと酒を呑むって言ったら」
『そりゃ、まあ…』
萃「あれはびっくりするくらい呑めないわよって」
『ええ、まあ…』
萃「神社の宴会は何度か来てるんだろう?」
『はい、稀によく行ってますよ』
萃「そんなにぐでんぐでんになってたっけ? そんな印象はないけど」
『なってないと思います。あまり飲んでないので』
萃「かぁーっ。日和ってるねぇ。情け無いったらない」
『…はい』
萃「そんなだからね、霊夢に呑めないとか言われるんだよ」
『…はい』
萃「少女に嘗められたままだと男がすたるよ。そうだろう?」
『…はい…たぶん』
萃「今日は男らしく、呑んで呑んで呑んで、霊夢を見返してやろう」
『霊夢、来てませんけど?』
萃「そんなのは関係ないよ。意地を見せるか見せないか、大事なのはそれだろう?」
『…そう…なんですか?』
萃「そうそう。よし、じゃあ早速呑んでいこうかねぇ」
『はい、向こうのテーブルを準備しておきました』
萃「おいよ。あんがとあんがと」
とてとて
すたすた
萃「ようし、それじゃあこいつから空けていこうかね」
『お注ぎしますよ』
萃「おお、たっぷりね、なみなみと。まだまだまだ。よしいいよ。次は私が注いでやるから」
『あ、どうも。少しでいいですよ』
萃「駄目駄目。満杯に決まってるだろう。ほら」
『あ…どうも』
萃「んじゃ、乾杯~」
『はい、乾杯』
ぐびぐび
ぐびぐび
『…辛っ…』
萃「ぷは。うまいねぇ。半日ぶりだからなおさらうまい」
『え…たった半日…』
萃「はい、注いで注いで」
『あ、はい。どうぞ』
萃「ありがと。はい、あんたも」
『あ、どうも』
萃「もういっかいくらい乾杯しとく?」
『いいですよ』
萃「よし、んじゃ、乾杯~」
『はい、乾杯』
ぐびぐび
ぐびぐび
萃「ああ、うまい」
『…っ…』
萃「さあて、そろそろおつまみをいただこうかね」
『…どうぞ』
萃「へぇ、白菜の漬け物ね。どれどれ。はむっ」
『どうですか』
萃「うん、いいね。あっさりしてるね」
『野菜炒めもありますから』
萃「はっはっは。噂の野菜炒めってわけかい」
『ええ、噂の野菜炒めです』
萃「ほんとに噂だよ。他の料理は普通だけど、野菜炒めだけは美味いってね」
『誰だろ広めたの。魔理沙だべか…』
萃「どれ、ちょっと食べてみようかね」
『はい、どうぞ』
萃「いっただっきまーす。んぐっ」
『どうでしょうか』
萃「あっはっは。こりゃうまいわ。酒に合うよ」
『そうですか。よかったです』
萃「これならいくらでも呑めるね」
『あ、お注ぎしますよ』
萃「ありがとありがと。お、自分は全然進んでないじゃないか」
『あ、そうですね』
ぐびぐび
萃「そうそう。呑もう呑もう。どんどん呑もう」
『………』
萃「はい、注ぐよー」
『…あ、ありがとうございます…』
萃「カタいよ、カタいよ。敬語なんていいからさ、もっとくだけていこう」
『…あ、はい』
萃「なにも取って食おうってわけじゃあない。ちょいとばかし語ろうってんだから」
『はい…』
萃「酔ってる?」
『すこし』
萃「まだ少ししか酔ってないのかあ。じゃあもっと呑もう。はい」
『あ、ありがとうございます』
ぐびぐび
『…ぶ…』
萃「お、どうしたどうした」
『…あ、いや、なんでもあ、ないです』
萃「そうかそうか。あんたも漬け物食べたら?」
『あ、はい』
萃「はい、あーん」
『いや、はずかしいですよ』
萃「おっ、私の漬物が食べらんないってのかい?」
『いえ、萃香さんに食べさせていだ、いただいて光栄ですよ』
萃「だろう? ほれ、あーん」
『…あーん』
萃「うまいか?」
『うまいっす』
萃「って、私が作ったんじゃないけどさ。あはははは」
『ははは。そうですよ、おれが作ったんですよ』
萃「そんで、どうだい。最近の調子は」
『しょーゆとか、つくってますねぇ』
萃「あん? あんた醤油作ってんのかい?」
『いえ、ちょうしが…』
萃「ちょう…ああ、銚子って、馬鹿言って。まだ余裕そうだねぇ」
『すいません、おみ、おもいついたんで』
萃「はいはい、空ける空ける」
『おっす』
ぐびぐび…
萃「注ぐよー。はい、あーいーたー、一本目ぇ」
『あざす。ああ、あきましたか』
萃「空いたねぇ。思ったより早かった」
『よかったっす』
萃「まだ一本だけどね。で、調子は?」
『はい、もうおかげさまで』
萃「あっははは。そうか、そりゃあいい」
『はい、よかったです』
萃「妖怪たちとはうまくやれてんのかい」
『はい、ようかいも悪いやつばかりでぁないですね』
萃「まあねぇ。でも、いいやつばかりでもないだろうね」
『はい、ただ人間もそうですから』
萃「はは。たしかにそうだ。人間どうし必ずうまくいくわけじゃないさね」
『ぎゃくに、人間とオニでものめますからね』
萃「はっはっは。そのとおり。いいねぇ、乾杯するか!」
『はい!』
萃「かんぱーい」
『かんぱーい』
ぐびぐび
ぐびぐび
『…っぶ…っ…』
萃「おお、吐くなよ吐くなよ。もったいないからねえ」
『…ぅ…』
萃「どうだ、いけるかい?」
『…いけあす…』
萃「あはは、そうこなきゃあ。ん、これなに?」
『ち、チーズですよ』
萃「ははぁん、きいたことあるよ、食べたことないけど」
『あ、じゃあぜひ』
萃「醍醐みたいなもんだってね」
『そうでーす』
萃「ほいじゃ、いったらっきまーす」
『どうですか?』
萃「もきゅもきゅしてるなぁ」
『もきもきしてますか』
萃「でも塩気が利いてて酒に合うね」
『そうですね、あとアルコールのきゅうしゅうをお、おだやかにするそうで』
萃「へー。やるなあ、チーズ」
『すごいですよね』
萃「ちょっと平国香のマネしてみて」
『え…せっしゃ国香でござる、ニンニン』
萃「あははははは! 誰だよ! おなか痛えぇー」
『いや、だって国香ってだれですか!』
萃「あっはははははは! へ、平安の武将だっての! あはははは!」
『あ、そうなん…ふふふ…わかんないっすよ、そんなの』
萃「あははははは! わかんないにしても、あははは! 適当すぎ…あははは!」
『あははははは。ニンニンってぇ、にんじゃか!』
萃「ははははは、じ、じぶんで、ひぃ、じぶんで言ったんじゃないかあははははは」
『に、じぶんで言ったん…』
萃「あははははは、あー、ひゃははははは…」
『な、らにがそんなにおかしいんすか』
萃「ははは…いやぁ、いいねえそれくらいじゃなきゃあねぇ」
『それくらいですよほんとに』
萃「はあー、何言ってるかわかんなくなってきたね」
『つけのもおどんどんたべてくあさいね』
萃「ああはいはい、わかったよ。はむっ」
『はむっ』
萃「…もぐもぐ…」
『…もぐもぐ…』
萃「…ふう…」
『………』
萃「…ところでー、なんだ…こっちにきてからはどうだい。たのしいかい」
『あい。た、たぉしいえすよ』
萃「ほんとうかい」
『もちろほんとうえす』
萃「でもねぇ、つらいこともあるでしょ」
『…あい、なにがえすか』
萃「一癖も二癖もある連中ばかりだし、なんだかんだいって、あんたもたいへんだろう」
『そんなことないっすよ』
萃「おお、そうかい。私ぁあんたが人見知りだって聞いたけどねぇ」
『おお、おれぁひとみしぃえすよ』
萃「霊夢が言うにゃあね、あんたと目があったことがないってさ」
『めあ、めはあわないです』
萃「あんた、ほんとは」
『な、なんれすか』
萃「いや。私の目を見てごらん」
『あい』
萃「………」
『………』
萃「ふふ。眠そうだねぇ」
『ぜ、ぜんぜんねむくないえすよ』
萃「まあ、そうか。たのしいならいいか」
『いいんれすよ』
萃「そうだねぇ。ところでさぁ、魔理沙はよく遊びに来てるのかい」
『あい。いっつもきあすよ』
萃「仲良くやってるかい」
『はい、な、なかよくらってます』
萃「そっか。なるほどね」
『あい』
萃「まだ呑めるかい」
『のめます』
萃「ふふ、頼もしいね。んじゃ、はいよ」
『あい、ろうも』
萃「せっかくだし、乾杯するか」
『あいっ、かんぱーい』
萃「乾杯」
ぐびぐび
ぐびぐび
『…っ…』
だっだっだっ
萃「ああ、さすがにだめかぁ。ま、がんばったほうだろね。霊夢は二杯目で、とか言ってたし」
すたすたすた
『………』
萃「おお、どうかしたの」
『…みず…』
萃「ひとりで大丈夫かい」
『だ、だいじょうぶです』
萃「そうか。なら私は呑みながら待ってるよ」
『あい、すぐ行きます』
ばたん
こぽこぽこぽ
ごきゅごきゅ
ばたん
すたすた
萃「お、どっかいったぞ…だいじょぶかねぇ…」
すたすた
『ただいまもどりました』
萃「大丈夫かい」
『はい』
萃「まだいけるかい」
『はい』
萃「なんならもう食うだけにしてもいいよ」
『いけます』
萃「そうか。じゃあ呑もう」
『お注ぎしますよ』
萃「ああ、ありがとう」
『やさいいためも食べてくださいね』
萃「ふふ、おしてくるねえ。よし、食べてやろう。ま、その前に乾杯だ。ほれ」
『おす』
萃「乾杯っ」
『かんぱいっ』
ぐびぐび
ぐびぐび
萃「ぷはぁ」
『…っはぁ』
萃「じゃあ、見ときなよ」
『はい』
萃「これが私の食いっぷりさぁっ」
がっ
萃「んぐんぐんぐ」
『おおおすごい全部…ってかあじわかるんすか』
萃「んぐぐっぐんんんぐ」
『ああはい、なるほど』
萃「んぐんぐんぐ」
『………』
萃「んぐんぐんぐ」
『………』
萃「っはあ、食べたよ」
『どうも』
萃「うまかった」
『ありがとうございます』
萃「じゃあ次はあんたも」
『あ、はい』
萃「そしたらあ、漬け物いくか」
『おす』
萃「おし、いってみよう」
『いただきます』
がっ
『んぐんぐんぐ』
萃「どうだ、うまいか」
『…んー…』
萃「ん」
『………』
萃「………」
『………』
萃「………」
『…ったべました』
萃「おぉし、よく食った」
『しょっぱかった…』
萃「あはは、そらそうさね」
『つけものはごはんがあうんで』
萃「そのとーり」
『のこりはするめくらいですね』
萃「まあ、酒だけでもなんとかなるよ」
『ですね』
萃「お、同意したね?」
『はい』
萃「呑むか」
『のみます』
萃「よし、乾杯」
『かんぱい』
ぐびぐび
ぐびぐび
『…っぐっ…』
萃「だいじょぶ?」
『はい、だいじょうぶです』
萃「はぁ、がんばるねぇ」
『すいません、ちょっとお手洗いに』
萃「おお、行っといで」
『あとなんかつまむもの持ってきます』
萃「ああ、あれば頼むよ」
『はい』
すたすた
萃「思ったよりは呑むなあ」
もくもく
萃「ん、するめがうまい」
もくもく
萃「なんか魚とか食べたいなぁ」
すたすた
『戻りました』
萃「おう、なんかあった?」
『サバ缶が』
萃「おっほぉ、いいのあんねぇ」
『お酒には魚介類が合いますよね』
萃「そうそう。ちょうど魚がほしかったんだ」
『では、オープン』
カパリ
萃「よし、じゃあ食べるよ」
『どうぞ』
萃「いただきます」
ぱくり
萃「うまい!」
『では俺も』
ぱくり
『うまい!』
萃「うまいねえ、酒がすすむ」
『はい、うまいです』
萃「よし、じゃあ」
『かんぱーい』
萃「はっはは。わかってきたね。かんぱーい」
ぐびぐび
ぐびぐび
『………』
萃「っぷはぁ」
『………』
萃「いける?」
『…はい…』
萃「潰れたら介抱はするからね、そこは安心して」
『はい、すみません…』
萃「あっはははは。全然構わないから、それくらい」
『でもまだいけます』
萃「ほぉ、たいしたもんだね」
『のみます』
萃「まあ、そのまえにするめ食べなよ」
『はい』
萃「噛めば噛むほど味わい深いなんて、不思議だよねえ」
『そうですね』
萃「あんたもそんな人間になるといいね」
『むずかしいです』
萃「あんたはどんな人間になりたいの?」
『…そうですね…ワインみたいな』
萃「時が経つほど味に深みが出るからかい?」
『いえ、踏んで作るので…』
萃「あっはははははは! 踏まれたいってかい!」
『まあ…』
萃「おかしなやつだねえ。そら、私が踏んでやろう。ほれ、ほれ」
『ああ、ありがとうございますありがとうございます』
萃「ワインになりそう?」
『おいしくなーれ、おいしくなーれ』
萃「あっはははは。おいしくなーれ、おいしくなーれ」
『すいかさん』
萃「どした?」
『たいじゅうかるすぎです』
萃「はははは。安心しな。軽くたってちゃんと、潰してやるからさ」
『まだのめます!』
………………
もくもく
萃「はぁ」
もくもく
萃「今夜は月が綺麗だねえ」
もくもく
萃「月とするめと酒。最高だね」
もくもく
萃「しかし今どきの子はやっぱり昔より呑まんねえ」
もくもく
萃「緑の子も下戸だし、この子も弱いし」
もくもく
萃「まあ、でも、今も昔も男ってやつは」
もくもく
萃「強がりなところだけは変わらんみたいだ。な?」
『………』
萃「呑めないくせに」
『………』
萃「寝たか」
『………』
萃「ま、うまかったよ、酒」
『…まだ…』
萃「…寝言か」
『…まだのめます…』
萃「ひひひ。まだ言ってるよ…」




