5.Duel/力と勝利
『あああああああああああああッ!!』
エイプル・ファーストは絶叫しながら、フォークを薙刀のように構えてサーズデイに突進してくる。
「当たるかよッ!」
サーズデイは右腕でフォークをいなし、エイプル・ファーストの脇腹めがけて回し蹴りをした。
『――ィああッ!』
「なにッ!?」
だが、エイプル・ファーストは飛び上がってそれを回避し、そこからさらにサーズデイを踏みつけるように飛び蹴った。
「ぐ…………ッ!」
元は少女とはいえ、怪人化したことで体重も増大しているのだろう。体重の載った飛び蹴りはサーズデイにそれなりのダメージをもたらした。
「ケッ……ついさっきまでヘロヘロだったくせによ……!」
サーズデイは咳き込みながらエイプル・ファーストを見る。彼女はサーズデイを蹴ったあとふわりと着地し、そのまま後ろに跳ねるようにサーズデイから距離を取っていた。
(パワーは強くねえが、俊敏さ、身軽さでそれをカバーするタイプ……ってところか?)
パワーは間違いなくサーズデイが勝っているだろうが、問題はスピードだ。サーズデイは俊敏性はあまりないがその分他の怪人を凌駕するパワーを持っている。しかし、どんなに力が強かろうと、攻撃が当たらなければなんの意味もない。
「相性は悪い……が」
サーズデイは胸部の石からハンマーを出現させ、呟く。
「その程度、どうにでもなるッ!」
『――ぁあぅッ!?』
エイプル・ファーストはぎょっとして身を伏せた――サーズデイが取り出したハンマーを構えるわけでも振るうわけでもなく、その豪腕を思い切り振りかぶってエイプル・ファーストに投げつけたからだ。
『…………ぅ、あう……』
ズグシャアアアアンッ! と背後でアスファルトが粉砕する音を聴き、避けたのが正解だったことを察する。あんなものを食らっていたら、怪人の身体でもただでは済まなかっただろう。
「ケッ……外れたか。ま、駄目で元々、当たりゃラッキーでやってみただけだしな……」
エイプル・ファーストが避けたことに特に驚きもせず、サーズデイは平然と呟いた。
驚いたのはエイプル・ファーストの方だった。この状況で彼は何故ハンマーを投げたのか?
もし彼女が人語を話すことが出来たなら、サーズデイにこう問いかけたことだろう。
(何を――考えている?)
(何故わざわざ武器を捨てるような真似を――?)
「どうしたァ? かかってこいよ雌犬」
サーズデイは呆然とするエイプル・ファーストを挑発する。
「てめえが動かねえならこっちから行くぜ――――!」
『!!』
だんッ、と地を蹴り、サーズデイはエイプル・ファーストに突っ込んでいく。振りかざされた右手の狙いは彼女の胸部。エイプル・ファーストはとっさに後方へ飛び、回避する。
(速く、なっている……!?)
(これが武器を捨てた狙いか――!)
わずかだが、サーズデイのスピードが明らかに速くなっていた。
胸部に収納していたハンマーを手放したことで持っていたハンマーの重さがなくなり、その分身軽に動けるようになったのだろう。
(…………だが)
(まだ、私の方が速い――――!)
『――――ぅああああああッ!』
エイプル・ファーストはサーズデイの右側に回り、フォークでサーズデイの脇腹を突き刺した。
「ッ…………!」
今度はいなされることもなくしっかり命中し、フォークの切っ先はサーズデイの脇腹に沈み込んだ。しかし、怪人は人間のように血を流さない。傷口から流れ出るのはサーズデイの身体から剥がれ落ちた砂だった。
(よし――!)
脇腹からフォークを引き抜き、再度サーズデイから離れようとしたエイプル・ファーストだったが、引き抜く前にフォークごと腕を捕まれた。
『………………!』
「ケッ――これでもう逃げられねーな?」
(しまっ――――)
「――らあッ!」
サーズデイはエイプル・ファーストの身体を引き寄せ、彼女の腹部にヤクザキックした。
『…………が、ぁ…………!』
エイプル・ファーストは腹に風穴を開けられたかのような痛みに呻き、後ずさった。
「倒れなかったか……意外に頑丈だな」
脇腹に刺さっていたフォークを抜き、放り捨てながらサーズデイは言う。傷口からは未だ砂が流れ落ちているが、あまり痛みは感じていないらしい。
『………………』
「ケッ……駄目だな、傷が塞がらねえ。さっさと終わらせねーとまずそうだな……」
(効き目は薄い、か…………だが)
エイプル・ファーストは素早くフォークを拾うと、またもサーズデイに向かっていく。
「ケッ! またかよッ!」
サーズデイはフォークの切っ先を受け流し、さらに先ほど蹴ったばかりの彼女の腹部にアッパーカットする。しかしエイプル・ファーストはそれをすんでの所でかわし、フォークの柄でサーズデイの脇腹を打った。
「がァ…………!」
『――――あああああああああッ!』
痛みに怯んだサーズデイの脇腹に、エイプル・ファーストはさらにフォークをくい込ませる。ざり、ざりざりざり、と石が擦られるような音を出し、傷口が広がっていく。
「ぐゥゥ…………ッ!」
サーズデイは呻きながらエイプル・ファーストを振り払う。傷口を抉られたのがかなりのダメージになったのだろう、荒い息を吐きながら脇腹を押さえている。
『ハァ…………ハァ…………』
一太刀報いたエイプル・ファーストの方も、先ほどのダメージが回復しきっておらず、万全とは言い難い状態だ。
(あと少し……あと少しなんだ……ッ!)
あと一撃食らわせることが出来れば、サーズデイを戦闘不能に追い込める。そう自分を奮い立たせ、エイプル・ファーストはフォークを握り締める。
(だから動け……私の身体…………!)
『…………ああああああああああああああああッ!!』
雄叫びを上げ、エイプル・ファーストは
サーズデイに突っ込んでいく。二度に渡る攻撃でサーズデイが弱っている今、彼を倒す絶好の機会だった。
「何度もッ…………食らうかァアアア!」
サーズデイは避けるかと思いきや、脇腹を押さえたまま逆にエイプル・ファーストに向かって走り出した。
傷口を押さえる手とは反対の拳を握り締め、振りかざしているのを見ると、どうやらサーズデイもこの一撃で勝負を決めたいようだった。
(互いに手負い――どちらかの攻撃が当たれば、それがそのまま決着となる)
(お前は確かに強い。私が二回、同じ箇所を狙わなければ与えられなかったダメージを、たった一回、しかも徒手でやってのけた)
(だが――)
(――――その攻撃も、当たらなければ意味がない!)
『ああああああああああああああああッ!!』
「らああああああああああああああああああッ!!」
怪人たちの影が重なり――――
――――ドゴォッ!!
勝負は、決着した。
(………………なん、で………………)
地に伏したのはエイプル・ファーストだった。構えていたフォークは紙一重でサーズデイに当たらず、彼女が倒れるのと同時にからんと地面に転がった。
(……私の攻撃は当たらなかった…………でも……奴の攻撃も、当たっていないはずなのに…………!)
エイプル・ファーストは確かにその目で見ていた。サーズデイの拳がエイプル・ファーストに当たる前に、彼女に攻撃が当たっていた。
「ケッ…………」
サーズデイはエイプル・ファーストを跨ぎ、彼女の後ろにあった何かを拾い上げた。半分地面にめり込んでいたそれは、先ほどサーズデイが放り投げたはずのハンマーだった。
(そうだ……! 私は奴に殴られたんじゃない! 奴に攻撃しようとした瞬間、後ろから殴られたんだ……!)
だが、しかし、どうして。当然だが、この場にはサーズデイとエイプル・ファーストの二人しかいない。たとえ誰かがいたとしても、怪人となって強化された彼女の聴力・嗅覚でその存在を察知できるはずだった。真後ろから殴ったのなら、尚更。
(どこかに仲間が潜んでいて、隙をついてあのハンマーを投擲した……? いや、それならそんな回りくどいことをせずとも、最初から二対一でやればいい……)
「…………磁石」
ふと、サーズデイが呟いた。
「科学ってすげえよな――人工的に磁石が作れんだ。理屈はさっぱりわからねーが……」
(磁石…………?)
エイプル・ファーストは見た。ハンマーを握るサーズデイの拳が微かに光り、火花を散らしているのを――そしてハンマーの大部分が、金属によって構成されているのを。
(……電気……磁石………………電磁石!)
(おそらく奴は電気を操る能力を持っていて……自らの拳を電磁石に変えた!)
(拳から磁力を発し、ハンマーを引き寄せ……前方しか注目していなかった私を、背後から奇襲した!)
(わざわざ走り出したのも……私ではなく、ハンマーに近づくためか!)
「ほとんど偶然だ――てめえがハンマーの前に立ってなかったら、こんな回りくどいこと考えもしなかっただろうな」
サーズデイはうつ伏せに倒れていたエイプル・ファーストの身体を蹴って転がし、仰向けにして言った。
「だが過程はなんにしろ……オレの勝ちだ」
『………………』
エイプル・ファーストは不意に、彼に何か言わなければならないことがあるような気がした。
「ケッ、これでやっと終わりだ……」
サーズデイはエイプル・ファーストの傍らに屈むと、彼女の胸部の石を掴んだ。
『………………サーズデイ、さん』
「………………!」
口に出して、ようやく思い出す。目の前の男の名前と、言わなければならないこと。
『ありがとう…………』
「…………………………ケッ!」
サーズデイはその言葉に答えずに、エイプル・ファーストの石を砕いた。
身体が崩れ落ちるような感覚を味わい、しかしそれにまったく恐怖を感じず、むしろ解放感に満たされながら――エイプル・ファーストの意識は消えた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
『……アノ子負ケチャッタネ』
『さーずでいニ負ケチャッタネ……』
『ドウスルノカナ、うぇんずでいサマ』
『「カワリ」ハイクラデモイル、ッテ言ッテタヨ?』
『ジャア、大丈夫ナノカナ』
『大丈夫ダヨ、タブン』
『………………ネエ、フギ』
『ナアニ? ムニ』
『ボクタチニモ……「カワリ」ッテイルノカナ?』
『…………ワカンナイ』
『イナイトイイネ、カワリ』
『ウン』
『……行コッカ。ソロソロ、うぇんずでいサマガ待ッテルヨ』
『ホントニ待ッテクレテルカナ……』
『待ッテクレテルヨ。うぇんずでいサマダヨ?』
『ウン、ソウダヨネ……』
The Trailer→
『やめろ…………兄さんッ!!』
「夢……だったの?」
「遠流君にうちに住んでもらおうと思う」
「障害ねー……やけにセンパイのこと高く買うんスね?」
「あいつは強い。だが、あたしの方が強い」
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6.Dusk/明暗インターバル