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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
19/66

18.Hurt/手折れない花

「もしもの話をしよっか、つっきー」

 いつものように『診察』を終えたDr.ドクロは、それをベッド脇で見守っていた男に声をかけた。

「もしもの話……」

 つっきーと呼ばれた男は、まったく抑揚がない凍りついたような声で聞き返す。

「もしもさつっきー、ひーたんやすいっちやごーるんが裏切ったらどうする?」

「彼らが……裏切ったら」

「そーそー」

 ドクロは懐からドミノを取り出し、机に並べて遊び始める。ドミノは全部で七枚あり、色は橙、紫、黄、白、赤、青、そして緑だった。

「みんながもっくんみたいに裏切ってー、つっきーや『サンデイ』に歯向かったりしたらどうするつもりなの?」

「……………………」

 並べたドミノの中から赤いものだけを取り除き、代わりに緑を空いたところに入れる。そして赤を最前列に立たせると、とん、と指先でそれを倒した。

「わかってると思うけどー、ボクちゃんはあくまで利害の一致で雇われてるだけだからね? つっきーと一緒にいることでボクちゃんに害が及ぶなら、ボクちゃんはさっさと逃げるからー」

 ぱたぱたぱた、と倒れていくドミノたちを見ながら、ドクロは黒いドミノを弄くり回す。

「だから訊いときたいんだあ。つっきーがそのとき、どうするのかをね」

「………………些末事だ」

「うん?」

 『つっきー』は倒れたドミノのうち橙色のものを取り上げ立て直した。

「そんなことはすべて些末事だ。誰が裏切ろうと誰が逃げようと、『人間』なんて代わりはいくらでもいる。代わりのない『唯一つ』は、『あの方』だけだ」

 『つっきー』の双眸に、微かに炎に似た光が宿る。それと同時に、どこかからピシピシと何かがひび割れるような音が響いた。

「無論貴女であってもだ、ドクロ博士。貴女は世界有数の生化学者だが、しかしそれでも代わりがいないわけではない」

「……ふーん。本人の目の前でそんなこと言えちゃうんだあ」

「私がこういう人間だということは、貴女もよくご存知だろう」

「そーだけどさー、そーなんだけどさー」

 ドクロは頬を膨らませ、『つっきー』からドミノを取り上げた。

「ふんだ。つっきーのいけずー」

 ドミノを片付けると、ドクロは立ち上がって部屋から出ていこうとする。

「言っとくけどね、つっきー。そんなこと言ってたら、本当に誰かに裏切られるかもよ?」

「誰にだ」

「わ・た・し。……なーんちゃって。あっかんべー」

 べえっと舌をつきだし、ドクロは部屋を出た。ぱたん、とドアが閉まるのと同時に、『つっきー』はベッド脇から立ち上がる。

「……代わりのない、かけがえのないもの。そんなものは、『唯一つ』しかない」

 『つっきー』はベッドに横たえられたものを見た。それは彼が瞳に湛えていた炎と同色の、人間程度の大きさの巨大な琥珀だった。


「――サンデイ・トワイライト。貴方だけだ、私にとって代わりのない唯一は」


 静かに呟いたその言葉は、彼が発したとは思えないほど感情が――畏敬と思慕と、彼の顔から想像も出来ないような感情のこもっていた。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「が……ッふ、ぅぐ…………」

 サーズデイはアスファルトに這いつくばり、血と砂が混じった反吐を吐いた。

 彼の身体――怪人態は悲惨、としか言いようがない状況になっていた。全身がひび割れ、傷から止めどなく砂が溢れ落ちる。装身具などは外れ、彼の最大の特徴である頭部に生えた山羊のような角は、片方は中程で折れ、もう片方は根元から折れていた。武器であるウォーハンマーは遥か後方に放り出され、アスファルトを砕いてそのまま埋まっている。もはや何故ジュエルコアが砕けていないか不思議になるくらいの惨状だった。

「おいおい。まさか、この程度で終わりじゃないよなァ――」

 サーズデイをこの有り様に追い込んだ張本人――チューズデイが、フリントロックを左手でくるくる回しながら近づいてくる。

「あたしの知ってる『サーズデイ』はこんなもんで倒れるヤツじゃなかった。撃っても蹴っても殴っても、平気の平左で立ち上がってきて笑ってたぜ? 楽しかったな、最初にあんたと本気でやれたときは……」

「け、はッ…………ケッ!」

 血反吐をすべて吐き出し、ようやくサーズデイは笑いに似た表情を作った。

(冗談……じゃねえッ! こいつ……明らかに前よりも強くなってやがるッ!?)

 ぎり、とサーズデイは歯噛みした。チューズデイはああ言っているが、彼女の力はあのときよりもさらに上回っている。強くなったつもりでいたが、チューズデイはその三倍は強くなったのではないだろうか。

(パンチのパワーや射撃の精密性だけじゃねえ……『超再生』! 回復するスピードが上がっているッ!)

 何も、サーズデイだってただ無抵抗にやられていたわけではない。

 いくら射撃の腕が凄かろうと、懐に潜り込むことが出来れば近接戦に持ち込むことが出来る。戦えるのならどんな不利な条件も呑むであろうチューズデイが相手なのでそこまでは順調だった。

 しかし。

(殴っても殴ってもキリがない……傷が瞬時に回復して、ダメージすら残りやしねえ!)

 怪人の自己再生能力は人間のそれより遥かに高い。怪人態に変身すれば尚更で、スペックにばらつきはあるがほとんどの怪人には通常の重火器や刃物は通用しない。当たっても傷がすぐ治るか、そもそも表皮が頑丈なので攻撃そのものが通らないケースもある。

 チューズデイの場合、その自己再生能力がまさに『能力』と言っていいレベルに達していた。たとえ四肢や内臓の一部が欠損しても、五分とかからず完璧に再生する。もはや重火器や刃物などと言っている場合ではない。最低でも肉体の四分の一以上を破壊するような攻撃でないと、チューズデイには『攻撃』とすら認識されないだろう。

 サーズデイにだって再生能力はあるが、チューズデイほどではない。精々骨折を六時間で治す程度だ。それだって本来なら優秀な方である。

 つまり、サーズデイがこうして倒れているのは、『戦い』や『殴りあい』に負けたというよりは『我慢比べ』や『耐久勝負』に負けたという方が正しいのだった。

(なんの救いにもなってねえがな……クソッ)

 サーズデイは奥歯を食い縛り、無理矢理身体を起こした。倒れたままでいてはチューズデイが機嫌を悪くして何をするかわからないし、彼自身いつまでもアスファルトの温もりを確かめていたくはなかった。

「お、休憩は済んだか」

「まあな……言っとくが、ここからが本番だぞ」

 サーズデイのあからさまな強がりに、

「マジで!? おし、それでこそサーズデイだ!」

 と強がりだとも気づかずチューズデイは全力で喜ぶ。

「ケッ――――らああああッ!」

 サーズデイはジュエルコアに意識と力を集中した。ジュエルコアから発生した微弱な電気が全身を駆け巡り、傷付近の細胞を活性化させる。

 バチバチと火花が爆ぜるような音と共に、サーズデイの体色が暗い赤から所々に黄色が混じった明るい朱色に変わる。全身に電気を纏ったこの姿は、普段なら『溜め』が必要となる電撃パンチを溜め無しで打つことが出来る。さらに、回復能力が通常時の1.5倍に上昇する、いわば強化形態だった。しかしその代わりにひどく体力を消耗するので、短時間で決着をつけなければまたアスファルトと抱き合うことになるだろう。

「『それ』になったってことは……いよいよ本気の本気なんだな!? めらめらしてきたぜ!」

「ああ……本気の本気で、お前を潰す」

 サーズデイはダン! と地面を砕かんばかりの勢いで蹴りチューズデイに向かって走り出す。だが、それをのんびり待ってやるほどチューズデイもお人好しではない。

「だァららららららッ、うらァッ!」

「ケッ!」

 すぐさま左手に持つフリントロック『レフトブルーム』でサーズデイを狙撃する。レフトブルームは本物のそれとは違い、マシンガンのごとく連射できる代物だった。サーズデイが電気を生み出すのと同様に、チューズデイは『弾丸』――正確には『種子』を生み出すことが出来るのだ。

 しかし、サーズデイはそれに対して全身に纏わせる電気の電圧を上げることで対応した。射出された種子はサーズデイに当たる前に電気によって焼き潰され、塵と消える。

「だったらッ!」

 と、チューズデイは右腕の大砲『ライトブロッサム』を構え、サーズデイに撃ち出す。砲丸ほどもある弾が唸りをあげ、サーズデイの腹に風穴を開けんと襲いかかる。

「クソがッ!」

 さすがにこれは電気でもどうにもならない。サーズデイはとっさに身を捩って横に跳び、弾丸を回避する。

「逃がすかッ! 当たるまで撃つッ!」

 チューズデイはライトブロッサムを連射する。レフトブルーム程の速さではないが、五秒とおかず次の弾が飛び出し、サーズデイを襲う。

「ぐッ――――があァァッ!」

 弾のうちの一つがサーズデイの脇腹を抉る。だがサーズデイは足を止めない。止まりそうになった足を無理矢理動かし、そしてついにチューズデイまで二メートルの地点まで到達した。

「ッらァあああああああッ!!」

 既にうっすらと発光している右拳を振りかぶり、サーズデイはチューズデイに飛びかかる。

「はんッ、こっちだってッ――――!」

 チューズデイはレフトブルームを一旦真上に放り投げ、左拳を固めてサーズデイを迎撃する。両者の拳がズガァン!! と正面からぶつかり合った。

「ぐ、うッ――――」

「こなッ――――くそおおおおおおおッ!」

 いくら再生能力があったからといって、攻撃されても痛くないというわけではない。左手のみにサーズデイの全体重がかかった拳を受けたチューズデイは寸の間怯み、無意識に腕の力を弱めてしまう。サーズデイはその隙を突き、右腕を一気に押し込んだ。

「食らえ――――――――――――――ッ!!」

「っつ……くそッ――――!」

 ゴギン、とチューズデイの左肩が外れる。瞬間支えを失い垂れ下がる左腕の上を撫でるようにサーズデイの拳は突き出され、チューズデイの頬へ吸い込まれた。

「あッぐ、うううッ――――――!」

 チューズデイは自らの頬が焼かれるのを感じながら吹っ飛ばされた。遅れてやってくる頬への激痛と背中がアスファルトに倒れ落ちた感触を確かめ、しかしなお笑った。

「はッ……はははははッ! やっぱ、あんたはそうじゃなくちゃな――!」

 頬から溢れる砂を手の甲で乱暴に拭い、レフトブルームを拾ってチューズデイは立ち上がる。その傷も早くも治りだし、サーズデイは舌打ちした。

「ケッ。この程度じゃ無理か」

「たりめーだッ! とはいえ良いパンチだったぜ! 強くなったじゃねーか!」

 そして、レフトブルームを腰のホルスターにしまい――さらに右腕を空に掲げたかと思うと。

「今のパンチのご褒美だ。あたしもちょっとだけ本気出してやんよ!!」

 ガキン、ガキンとライトブロッサムが変形し――大砲からやや大振りな拳になる。

「さあ、第三ラウンドだッ!!」

「何べん戦えば気が済むんだよッ!?」

 そう突っ込みながらも、サーズデイも再び拳を硬くした。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「あっちゃー。チューさんの悪い癖が出てきちゃったかー……」

 サーズデイたちが戦っている隙に近くの建物に避難したフライデイはチューズデイの様子にため息をついた。

「チューさんはどうしてこう……戦いを楽しみたがるんっスかね? 雑魚いおれにはさっぱりわかんねーや……」

 正直、チューズデイにサーズデイが倒せないはずがないとフライデイは思う。最初にサーズデイが倒れた際にとどめはいくらでもさせただろうし、そもそも戦闘中に相手が倒れたからといってわざわざ立ち上がるのを待つのは不可解だ。フライデイはそれを油断か慢心だと思った。

「試合とかならまだしも、ガチの殴り合いでそんなことしてどーすんスか?」

「強いて言えば、それがチューズデイの『弱さ』なんでしょうね」

「うおお!?」

 またこのパターンかよ、と振り向いたそこにはやはりウェンズデイがいた。

「……ウェズさん。おれがゴルゴだったら今頃アンタ死んでるっスよ?」

「ゴルゴじゃない貴方が私を殺せますか?」

 言外に「貴方は私より弱い」と言われカチンと来るも、しかし自分が弱いことを自覚しているフライデイは反論しなかった。

「どういうことスか? チューさんの『弱さ』って」

「フライデイ。『娯楽』がどのような人種から生み出されるか知っていますか?」

「…………娯楽?」

 一見質問とはなんの関係もなさそうな話題を振られ、フライデイは首を捻った。

「『余裕』がある人間――つまり精神的に余裕のある、強者や勝者と呼ばれるべき人間です。余裕がなければ何かを楽しむことはできない。違いますか?」

「……まあ、理屈はなんとなくわかるっスけど……」

 しかしそれがチューズデイとどう関係があるのか。

「チューズデイは強い。なまじサーズデイや貴方のように一芸に秀でていない分、どんな相手ともどんな状況でも戦うことが出来、さらにあの回復力と無限のスタミナでごり押しで勝つことが出来ます。しかしだからこそ、チューズデイには戦闘が『つまらない』ものになってしまった」

「え……? どういうことっスか? 勝てるのにつまらないって」

「私たちには理解しがたいことですが、チューズデイは好戦的です。どこか、戦いを『娯楽』だと考えている節がある。それも、ただ戦って勝つのではなく、ピンチを切り抜け重傷を負いながらもすんでの所で必殺技を決めて勝つような、スリルとアクションに富んだものを求めています。そんな彼女にとって、『絶対に負けない戦い』や『必ず勝てる戦闘』は苦痛なんでしょう」

「…………ワッケわかんねーっス……」

 フライデイには理解出来なかった。楽しい戦いがしたければゲームでもやっていればいいのだ。『トワイライト』が行っているのはゲームでもなければ試合でもない殺し合いだというのに。

「だから彼女は『楽しい戦い』をしたがる。時には手加減し、ハンデをつけ、自分から意図的にスリルを演出する。明らかな格下相手ならそれでも問題ないでしょうが、サーズデイのようなほぼ互角に近い相手にはその『癖』は『弱点』になるでしょうね」

「え……っ、じゃ、じゃあ、ほっといたらヤバくないっスか!? 万が一チューさんが負けたら……!」

「フライデイ。貴方はチューズデイが負けると思いますか?」

「――――――!」

 そう言われて初めて、フライデイは自分がチューズデイの『弱点』を知ってもなお、彼女が負けるビジョンを思い浮かべられないことに気づいた。

「弱点はあくまで弱点でしかありません。彼女にはそれを補ってあまりある強さがある。しかし……」

 ウェンズデイはそこで言葉を切り、チューズデイたちを見た。

「……計画が終わった以上、チューズデイをここに留めておく理由はありません。ある程度サーズデイにダメージを与えたら、頃合いを見てやめさせましょう」

「ダメージって……チューさんにセンパイを殺させるのはダメなんスか?」

「そうしてほしいのは山々ですが、チューズデイ自身がそれを許さないでしょう。チューズデイはサーズデイのことを好敵手と思っているようですから」

 どこまでも娯楽か。どこまでも戦いを楽しみたいのか。フライデイは再びため息をついた。

「理解不能っスねー……強い人たちの考えることは」

「うくく。そもそも他人を理解することなんて出来るはずありませんからね」

 サーズデイのことも。チューズデイのことも。そしで後ろで笑うウェンズデイのことも。

 フライデイという弱者にはわからないことが多すぎた。


The Trailer→


「失敗したら無様どころの話じゃねーが……このままじゃ埒があかねえ。やるしかねえか」


「たりめーだ。痺れるような一撃をお見舞いしてやる」


「あんたの一発――出せるもんなら出してみろッ!」


「なんていうかさ――『命』って、なんなんだろうな」


「貴様はチューズデイだ。『チューズデイ』という我の忠実なる下僕の命を、貴様にくれてやろう」


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19.Life/賭け引きの末


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