17.Partner/轢かれ者は唄えない
「センパイはなんでココにいるんスか?」
かつてサーズデイがトワイライトにいた頃、フライデイにこう問われたことがある。
「なーんか『オレは戦う為に生まれてきた』みたいな顔してるっスけど……人間として生まれた以上、親とか兄弟とか友だちとかいたんじゃねっスか? そういう人たちはどうなったっスか?」
まだ精々中学生だろう少年が、昨日テレビで何を見たか訊くようなノリでそんなことを訊いてくる。サーズデイは「鬱陶しいチビだな」と思いながらこう答えた。
「知るか」
「……えー、なんスかその身も蓋も中身すらもない投げやり発言」
フライデイは脱力した。
「知るかって……ごまかすにもなんかもーちょっとあるんじゃねっスか?」
「知らねえから知らねえって言ったんだ」
サーズデイは「めんどくせえガキだな」と思いながら繰り返した。
「覚えてねーんだよ――記憶喪失ってやつらしい。改造される前のことが一切思い出せねえ。今更思い出す気もねえがな」
「改造される前……ってことはドクちゃんとかウェズさんとかならセンパイの過去知ってるんじゃねっスか? なんで訊かないんスか?」
「訊いてどうする。昔のオレがどんなだろうと、今のオレが今のオレだ。昔に無理矢理自分を擦り合わせる必要がどこにある?」
「……えー、でもなんか、『昔』がないってなんか不安になりません?」
納得出来ない様子でフライデイが言う。
「今まで歩いてた道が、振り返ったら跡形もなく消えてるってめちゃくちゃホラーじゃねっスか。なんか今歩いてる道も急に消えちゃうんじゃないかって怖くなりません?」
「ならねーな。振り返らず歩き続ければいいだけの話だ」
「……センパイって強いっスね。まるで怖いものなしじゃねっスか」
自嘲するようにフライデイが笑う。
「おれもセンパイみたいに強く生まれたかったっス」
「……てめえはどうなんだよ」
「はい?」
「てめえの家族はどうなったんだ?」
自分だけ話すのは不公平な気がして(実際それほど話していないのだが)、サーズデイはフライデイに問い返した。
「おれの家族っスか………………もう、いないっスよ」
「いない?」
死んだのか、とサーズデイが訊くとフライデイは頷く。
「はい。…………だって、おれが殺しましたから」
「…………なんだと?」
サーズデイはフライデイの顔を見た。くるくるコロコロ表情が変わるそれまでの年相応な顔つきが一変し、死体のように蒼白い顔に凄惨な笑みを浮かべていた。
「おれのおとーさんも、おかーさんも――この手できっちり、息の根が止まるまで縊り殺しました」
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
『ヘイ、銃殺と轢殺ならどっちがお好み!? 早いとこ退かないと大サービスでどっちもプレゼントしちゃうわよッ!!』
『ピグギャッ!!』
『グッピギィイイイイイイ!!』
……八面六臂の大活躍、とはこのことだろうか。
私はサーズデイの相棒、喋るバイクことカプリコーンさん(偶然にも成上さんのバイクと名前が一緒だ)に乗せられ、どこか安全な場所に避難すべく移動していたが、その道中でまるでRPGのモンスターのように怪人たちが次から次へと湧いてきた。
すわここまでかと思った刹那――いくつかの破裂音とともに、こちらに歩いてきていた怪人の何体かが吹っ飛んだ。
「えっ――――」
困惑する私をカプリコーンさんが鼻(?)で笑う。
『あのねえ、アタシを誰だと思ってるの? このアタシが、ご主人様の相棒が、走るだけしか能がないって思ってたわけ?』
そこからはもうやりたい放題だ。さ迷っていたり血迷ってこちらにやってきたりする怪人たちを、カプリコーンさんはゾンビゲームの主人公のように軽快に撃ち倒していく。
『YYYEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!』
『グギャアアアアアアアアアアアアア!』
『ピ、ギ、ガァ……』
………………………………。
……どうしよう。
下手するとサーズデイより強そうに見える。
「あの……カプリコーンさん?」
『WHAT!?』
私は恐る恐るカプリコーンさんに話しかけた。
『何よ……話しかけるなって言ったでしょう!?』
「いえ、あの……サーズデイさんのことなんですけれど」
『…………何? 言ってみなさい』
カプリコーンさんが喋る許可をくれた。怪人が粗方いなくなり、快適になった繁華街を走る彼女(?)に跨がりながら私は訊く。
「サーズデイさんの援護はしなくていいんですか? 助けてくれたのは嬉しいんですが……」
『…………小娘、アンタ馬鹿なのね?』
またも鼻(?)で笑われる。薄々気づいてはいたけれど、どうやらカプリコーンさんは私が嫌いらしい。
『いい? アタシはご主人様の相棒でご主人様の下僕なの。アタシはご主人様の為だけに生まれてきたの。だからご主人様の言葉は何があっても絶対。それでアタシが死のうと――たとえご主人様が死んだとしても、アタシは後悔なんかしないわ』
「……サーズデイさんが死んでも?」
『言葉の綾よ。そもそも、あの人が死ぬわけないでしょ。あの人は絶対に負けないんだから』
カプリコーンさんの言葉の端々から、彼女がサーズデイを盲信しているのが感じられる。宗教でも起こしそうな勢いだな、とちょっと不謹慎なことを考えてしまった。
『アンタのことはいけすかないけど、気に入らないけど、大っ嫌いだけど! アンタを守れってご主人様に言われたから何がなんでも守ってあげるわ! 感謝しなさい!!』
「あ……ありがとうございます……」
『いい!? 絶対勘違いしないでよね!! アタシはアンタが好きで守ってんじゃないわよ!? ご主人様の命令じゃなかったらアンタなんて…………キーッ!!』
…………付き合い辛い…………。
なんでこんなに嫌われてるんだろう……私、この人に何かしたんだろうか。身に覚えはないのだが……
『まったく……こんな貧相な小娘のどこがいいのかしら……』
貧相なのは自覚してるからほっといてほしい。
……それにしてもリナちゃんが心配だ。あの体液――あの人を気絶させる体液はなんなんだろう。気絶させるだけならいいのだが……変な副作用とかはないんだろうか?
そもそも、なんで皆気絶してしまったのに私だけなんともなかったんだろう。そういえば、あれが撒かれて随分経ったとはいえ、サーズデイたちには効いていなかったみたいだったが……
『――――小娘、伏せて』
「えっ――――」
ぼうっと考え事をしていたせいで、カプリコーンさんの言葉に反応が遅れた。
「――――――ひッ!?」
気づいたときにはべちゃあ、と顔にぬるぬるした液体が降りかかっていた。サラダ油をマイルドにしたような感触の液体で、その甘い匂いは嗅ぎ覚えがあるものだった。
「う、わ………………これって…………」
『ああもう何やってんのよバカ娘! 伏せてって言ったじゃない!』
カプリコーンさんが怒鳴りながらスピードを落とす。ぬるぬるを手で拭って前方を見ると、そこにはやはり見覚えのある怪人が立っていた。
『あれ……なんで起きてられるんですか?』
甘い匂いのする液体は、やはりあのアリ怪人が出したものらしい。
『まいったな……あんまり手荒なことはしたくないんだけど……』
アリ怪人は頭をかきながら近づいてくる。一方、完全に停止したカプリコーンさんは私にだけ聞こえる声で囁いた。
『いい、小娘……絶対にアタシから手を離すんじゃないわよ。しっかり掴まってなさい』
「は――はい」
私がハンドルを握り直し出来るだけ体勢を低くすると、カプリコーンさんがエンジンをドルン!! といななかせた。
『……ていうか君中学生ですよね? 駄目ですよ、免許もないのに乗っちゃ……』
『3――2――1――――』
『――――――――――GO!!』
『えっ、ちょっ――えええええ!?』
今――何が起こったかお分かりだろうか。
カプリコーンさんはゆっくり歩いて近づいてきたアリ怪人をギリギリまで引き付けたかと思うと、突如アクセルを全開にしフルスピードでアリ怪人を文字通り撥ね飛ばしたのだった。
『う…………ぐぅ………………』
アリ怪人は数メートル……いや十数メートルは吹っ飛び、地面に叩きつけられた。そしてしばらく痙攣したかと思うと、くたりと死んだように動かなくなった。
……………………え、えええ…………………………
『こんないかにも雑魚そうな奴に、ご主人様の手を煩わせられないわ』
カプリコーンさんが魔王の腹心みたいなことを言い出す。
「え、いや、でも……なんにも聞かずに倒しちゃうなんて……あの人にも事情とかあったのかも…………」
『小娘、アンタあんな奴の話に興味あったの?』
「…………………………」
いや、ないけれど。
どうでもいいって言うか、欠片も興味はないけれど。
『それに完全に倒したってわけじゃないわよ……小娘、見てなさい』
そう言うとカプリコーンさんは倒れた怪人のところへ行き、その身体を踏みつけた。
「死者に鞭打ち!?」
『殺してないわよ。ちゃんと見なさい』
言われた通り見ると、カプリコーンさんの前輪が怪人の胸部の石を踏み砕いていた。
『怪人を無力化させるには、こうしてドロップコアを破壊しなければならないの。一度コアを破壊してしまえば、もう怪人に変身出来なくさせられるわ。アンタもあの人と一緒にいるならこれくらい覚えときなさい』
カプリコーンさんは怪人から後退する。石――ドロップコアを砕かれたアリ怪人は最初に見た学ランの少年の姿に戻った。
『あの液がこれの能力だったとしたら、もう効力をなくしてるでしょうね。五分もしないうちに「リナ」とかいうアンタの友達も目覚めるでしょうよ』
「リナちゃん……大丈夫なんですか?」
ふと、顔にかかったはずの液が綺麗さっぱり消えていることに気づいた。この液とあのとき撒かれたものが同じなら、あの液もこんな風に消えているのだろうか。
『ほら、もう心配いらないでしょ。さっさと行くわよッ!』
「あっ、ちょっ、うわっ!?」
カプリコーンさんが急発進する。私は振り落とされないように必死でハンドルを握った。
心配いらないなら尚更リナちゃんのところへ行かせてほしい、と思うのは間違っているのだろうか。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「クソッ、ちょこまか逃げんじゃねえッ!」
「逃げなきゃぶたれるじゃねっスか! そりゃ逃げますよ!?」
サーズデイとフライデイの戦いは泥沼と化していた。
自分から戦いに来たわりに、フライデイは戦うつもりが一切ないかのように逃げ続けた。フライデイはチーターのように俊敏で、機動力に欠けるサーズデイでは追いつけない。それなら逃走するなり攻撃するなりすればいいものを、ただ戦いを長引かせるようにサーズデイの攻撃を避け続けるフライデイに、サーズデイの苛々は頂点に達しようとしていた。
「このッ――コバンザメ野郎がァ!」
「ッうおおお!?」
ようやく壁に追い詰めても、サーズデイの拳は空を切る――いや、正確に言うと、フライデイの背後にあったはずの壁に当たる。
「ケッ! 相変わらず意味わかんねえ能力だぜ!」
「意味わかんねえって……おれは結構気に入ってるんスけどね?」
と、サーズデイが殴った壁の中から声がする。直後、壁からフライデイの頭だけがプールで息継ぎでもするかのようにひょいっと飛び出した。
「コンクリートジャングルを泳ぐサメ――なんて言ったらかっこよくありません?」
「意味わかんねえッつってんだろッ!」
フライデイの頭を殴りつけようとするが、「やっべっ」と当たる直前でフライデイが頭を壁の中に引っ込める。サーズデイが殴った部分にビシビシとヒビが入るのを見、フライデイは「センパイも相変わらずパないっスね」と恐ろしそうに呟いた。
「いやホントマジパねえっスよ。おれ、こんなパンチ食らって立ち上がれる自信ないっスもん。いや、マジで」
「バカにしてるようにしか聞こえねーんだが」
どんな称賛の言葉も、フライデイの口から通して聞けばおちょくられているようにしか聞こえない。本人は大マジメに言ってる分ウェンズデイよりタチ悪ィな、とサーズデイは舌打ちした。
「バカにしてなんかねーんスけどね……」
言いながらフライデイは壁から出る。
「おれはいつも本気の本気っスよ。『強い』って、ホント羨ましいっス」
「……………………」
サーズデイはずっと引っ掛かっていた。
(なんでこいつは――こんなにも『強さ』にこだわる?)
二年前も、一年前も、こうした今も。彼はサーズデイに会うたび、何かにつけてサーズデイの『強さ』を羨ましがっていた。
(別にこいつだって弱いわけじゃねえ……あの素早さにあの能力。あの『壁をすり抜ける能力』はそれだけで充分『強い』能力だ)
(パワーだってオレには劣るが、怪人の中じゃ上等な方だろう。そして何より、こいつには『勝ち』より『生き延びる』ことを優先する『狡猾さ』がある)
(……一体なんなんだ? 一体何が、こんなにもこいつ自身を卑下させる?)
一度本気で戦えば理解出来るかと思っていたが、やはりサーズデイにはわからないままだった。
「………………ケッ」
サーズデイは舌打ちし、考えるのをやめた。どうせ何も知らない自分がフライデイのことなど理解出来るわけもない。考えるだけ時間の無駄だ。
「それにしても、いつまでこうしてればいいんスかね……」
疲れたように呟くフライデイに答えたかのように、その場に着信音が響き渡った。
「あ、おれだ。……出ていいっスか?」
「……好きにしろ」
「どもっス」
フライデイはぺこりと頭を下げ、携帯を取った。
「もしもし?」
『私です』
電話の相手はウェンズデイだった。
「もーなんなんスかあ? 今日電話し過ぎっスよ。今ちょうどセンパイと戦ってたトコなのに……」
『その必要はもうありませんよ』
ウェンズデイはフライデイの愚痴を遮って言った。
『貴方が見つけてきた彼――国立建君、でしたか? サーズデイのバイクに倒されました』
「…………………………マジっスか?」
『マジです』
フライデイは思わず携帯を落としそうになった。震える右手を左手で支え、聞き返した。
「え……国立君やられちゃったんスか? バイクに轢かれて?」
『ええ。国立君やられちゃいましたね。バイクに轢かれて』
「…………うわお」
いくらなんでもあんまりだ、とフライデイは思った。
『それともう一つ』
「? まだ何かあるんスか?」
次にウェンズデイが放った言葉は、フライデイを絶望させるには充分だった。
『チューズデイがそちらへ向かったはずですから、相手してあげて下さい』
「…………………………え?」
ギャルルルルルッ! と背後から地面がタイヤに削られるような音を聞き、フライデイは今度こそ携帯を落とした。
「ま――まさか――――」
そんなバカな、と言い終わる前に、フライデイの身体は宙を舞っていた。
「ぎょあァ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!??」
「あっやべ、フライデイ轢いちまった! ……まあいいか」
フライデイを撥ね飛ばした物体――およそ市街を走るのにふさわしくない巨大なバギーはサーズデイの前でぴたりと止まる。その運転手は誰であろう、既に怪人態に変身したチューズデイだった。
「てめッ――チューズデイ!?」
「よしよしよしよしよーやく見つけたぜえサーズデイ!」
チューズデイがバギーから飛び降りる。吹っ飛ばされて壁にめり込んだフライデイには目もくれない。
「まったくよー、お前があのとき逃げちまうからこっちは消化不良の不完全燃焼だったんだぜ!? イライラとめらめらが収まらなくて晩ごはんが三杯しか食べられなかったっつーの!」
「知らねーよ! そんだけ食えば充分だろ!?」
厄介なことになった、とサーズデイは歯軋りする。
あのときはカプリコーンがいたおかげでどうにか逃げられたが、今は空音に預けているので使えそうにない。走って逃げようにも、よほど道を選ばない限りあのバギーでどこまでも追いかけてくるだろう。
(それに何より――――)
「さあやろうぜサーズデイ! やってやってやりまくろうぜ! 血沸き肉踊り骨が嗤う最っ高にあっつあつのバトルをさあ!」
――チューズデイは怒っている。完膚なきまでに怒っている。
怒れば怒るほど笑い、苛立てば苛立つほどそのストレスを闘争心に変える――そんなチューズデイが満面の笑みを浮かべ、戦いたがっている。マジ切れモードだ。
あのときはともかく、今日は絶対に逃がしてくれないだろう。
(腹ァ括るしかねーか……)
サーズデイは唾を飲み込み、ニヤリと笑った。
「ああ、いいぜ。今度こそてめえに勝ってやらあ」
「おし! そう来なくっちゃな!」
チューズデイの笑みがさらに華やかになったのを見て、サーズデイは早くも前言を撤回したくなった。
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「そんなことはすべて些末事だ。誰が裏切ろうと誰が逃げようと、『人間』なんて代わりはいくらでもいる。代わりのない『唯一つ』は、『あの方』だけだ」
「あたしの知ってる『サーズデイ』はこんなもんで倒れるヤツじゃなかった。撃っても蹴っても殴っても、平気の平左で立ち上がってきて笑ってたぜ?」
「『それ』になったってことは……いよいよ本気の本気なんだな!? めらめらしてきたぜ!」
「強いて言えば、それがチューズデイの『弱さ』なんでしょうね」
「フライデイ。貴方はチューズデイが負けると思いますか?」
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18.Hurt/手折れない花