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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
17/66

16.Speak/我が逃走

 サーズデイ。私はこの男のことを何も知らない。

 何故怪人と戦っているのか? 何故怪人になったのか? そもそも、私は彼の素顔――人間としての姿、本名も知らないのだ。

 唯一わかっていることは――埋没していたおぼろ気な記憶の中で、この男が一度ならず二度三度も助けてくれたこと。

 そして。

「どういうこと……ですか。リナちゃんをここに置いていけ、って……」

「あァ? そのまんまの意味だ。お前、そいつおぶってあの雑魚怪人から逃げられるか? ただでさえ鈍亀なんだ、またあいつらが湧いてこねえうちに逃げろよ」

「……それってリナちゃんは見捨てろってことでしょう!? このままここに置いていったら何されるか……!」

「他人の心配なんかしてる場合かよ。お前だけ眠らずにすんでんのがどういうわけか知らねえが、そのツキがいつまでも続くとは限らねえぜ?」

「リナちゃんは他人じゃありません! 大切な……大切な友だちなんです!」

 私とサーズデイは、どうやらあまり気が合わないらしいことだ。

 ……サーズデイの方が正しいことぐらいわかっている。いつまた怪人たちが来るかわからない以上、さっさとここから脱出するべきだということも。そして、私の体力ではリナちゃんを背負って行動するのは無理があるということも。

 だが、それでも、気絶したリナちゃんを放って自分だけ逃げるなんて恥知らずな真似は私には出来なかった。

「……お前がその『リナちゃん』をどんだけ大切にしてるか知らねえがよ。それはてめえの『命』ほどでもねえだろ?」

 私の態度に苛ついているのか、サーズデイはぶっきらぼうな口調に合わない低く、静かな声音で言う。

「まさか『命より友だちの方が大事だ』――とか抜かすんじゃねえだろうな? ふざけんじゃねえぞ。そんな独り善がりはアニメの中だけで充分だ」

「………………」

 ……いや。

 それは、確かに……凄く言い辛くはあるが、なんなら言ってはいけないように思えるが……確かに、『リナちゃん』の命と『私』の命、優先すべきなのは『私』の命だ。

 それに、もし私が死にそうになって、それをリナちゃんがその命と引き換えに助けてくれても、そんなの私は嬉しくない。逆はどうだかわからないけど、リナちゃんだったら「二人いっしょに助からなかったら意味ないじゃない!」なんて言いそうだ。

「大体な――お前がその『友だち』をほっぽったら百パーそいつが死ぬって話じゃねえだろうが。お前らを取り巻いてた雑魚どもは、ただお前らを見張ってただけで手は出してこなかったんだろ? お前に手を出したのも、お前が一人だけ寝なかったからで――」

 サーズデイの諭すような言い方に、思わず頷きかける。しかし、ここで折れるわけにはいかない。

「さ、さっきまではそうでも――これから先もそうだとは限らないじゃないですか」

「……………ケッ」

 サーズデイが舌打ちする。言葉にすれば二文字にも満たないような、ただの淡白な吸着音だったが――何故かその中には『めんどくせえ』と『鬱陶しい』の他に、別の何かが混じっているような、そんな気がした。

「だからよォ、空音――――」


『――――あ~~~~~~~~っもうッ!! グダグダグダグダ鬱陶しいのよこの泥棒猫(ファッキンビッチ)がッ!!』


「え――――」

 何か言いかけたサーズデイを遮る女性の声。それは、先程までサーズデイが乗っていたバイクから発せられた。

『黙って聞いてりゃグダグダメソメソ! いい!? アンタなんかにハナから選択権なんかあるわけないでしょうが!! アンタがご主人様(ダーリン)に言っていいのは「YES(はい)」だけッ! 立場ってもんをわきまえなさいよッ!!』

 マシンガンのようにまくし立てる声。スピーカーを通したようには聴こえない、まるでそこに人がいるかのように鮮明な肉声だった。

「ば――バイクが…………」


 ――――バイクが、喋った?


『大体ねえ! ちょっと小さくて可愛いからって調子乗ってんじゃないわよ!? 料理が美味しいから何、そんなんでご主人様(ダーリン)のハートを撃ち抜こうなんざ百年早いのよッ! ご主人様(ダーリン)伴侶(パートナー)はワタシッ!! ぽっと出の小娘が出しゃばってんじゃないわよッ!!』

「「……………………」」

 私は絶句していた。どうやらサーズデイも、開いた口が塞がらない状態らしい。

 なんで? え、何このバイク……なんで喋ってるの? 喋るバイクが出るラノベは読んだことあるけど……でもあれラノベだよ? これ現実でしょ? なんで喋ってるの?

『ちょっと、聞いてるの!? なんとか言いなさいよ小娘――』

「――――おい」

 サーズデイが口を開く。今まで聴いた中でもっとも冷えきった声音だった。

『な、何よ……』

「……空音、ちょっと待ってろ」

 バイクには何も答えず、私に対してそれだけ言うと、サーズデイはバイクを押して私から離れた。


「……人前では喋んなっつったよな?」

『な、何よ。いいじゃない、ちょっとくらい……』

「さっきの喋りっぷりは『ちょっと』どころじゃねえ。空音引いてたぞ」

『ッ! あの小娘の話なんかしないでよッ!』

「やかましい。なんでお前がそんなにあいつを嫌うのか知らんが、だったら尚更喋んな。お前が喋ったせいで話がややこしくなったじゃねえか」

『それは、あの小娘がいつまで経ってもごねるから……!』

「……つーか、『泥棒猫』ってなんだよ。パートナーだのハートを撃ち抜くだの……なんの話だ?」

『それは…………ッ』


「……………………?」

 なんだろう……何か言い合っているが、場所が遠くてよく聞き取れない。

 しばらくしてサーズデイたちは戻ってくる。

「……一体、何を話していたんですか?」

「話す? オレが誰と話してたって?」

 ……………………え?

「……え、いや、だって……そこのバイクさんと……」

「何言ってんだ。バイクが話すわけねえだろ」

「………………」

 怪人の表情はいまいちよくわからないが、多分彼は素知らぬ顔をしているのだろう。

 まさか……この期に及んでシラを切るつもりなのか?

「……話してたじゃないですか。ねえ、バイクさん」

『ワ、ワタシシャベリマセン。アイアムアバイク、バイクシャベラナイ』

「……………………」

 突っ込むべきだろうか。

 「おもっくそ喋っとるやないかーい!」と。

「…………………………」

『…………………………』

「…………ええ、じゃあ、はい。『喋ってない』という方向で」

 サーズデイとバイク、両方からかけられる無言の圧力に私はあっけなく屈した。というかこんなことにいつまでも時間かけたくなかった。

「……あの、えっとー、話終わりました?」

「ええ、まあ、はい………………え?」

 自然に滑り込んでくる声に私はつい答えてしまう。しかし、すぐその違和感に気づき、声のした方へ振り返った。

「――――――ひッ!?」

「え、なんでそんな驚いて……ってしまった! そういやおれ変身してた!」

 そこにいたのは紺色の怪人――サメをモチーフにした西洋甲冑を着たような風貌の怪人だった。サーズデイと比べると小柄だが、ノコギリの刃のごとくギザギザ尖ったら表皮と両腕に据え付けられた折り畳み式の鉤爪が、その怪人の危険性を表している。

「……やっぱりてめえか、フライデイ」

 サーズデイは彼を知っているような口振りだ。

「そっス。お久し振りっスね、センパイ。元気してました?」

「見りゃわかんだろうよ。てめえ、いつからそこにいた?」

 恐ろしげな外見とは裏腹に、まるで散歩してたら学校の先輩とばったり会ったみたいなフランクさでサーズデイに話しかける怪人――フライデイ。『センパイ』? ということはフライデイは少なくともサーズデイよりは年下らしい。

「そこのバイクさんが話し始めた辺りからっス。ホントはもっと早く話しかけたかったんスけど、なんか口挟めないフンイキで……」

「話だァ? てめえがオレに、なんの用がある」

「話、ってほどでもないんスけどねー」

 いぶかしげなサーズデイに、フライデイは笑いながら距離を詰める。

「わざわざ変身してまでこっちから近づいて来たんスから、そこらへん察してくださいっスよ」

「……まさか、オレと戦おうってのか? てめえが?」

 サーズデイが意外そうに言った。上手く言えないが、その反応は「お前がオレに勝てると思ってんのか?」ではなく、「お前に戦う気なんてあったのか?」というような――自分への自信ではなく、相手が予想外の行動を取ったかのようなニュアンスだった。

「失礼っスねー。おれだって戦うときは戦うっスよ。ホントはめちゃくちゃ嫌なんスけど」

 かしん、かしィん――と。

 フライデイの両腕の鉤爪が展開される。鉤爪とは言うが、実際はサーベルのような湾曲した刃物を腕につけているに等しい。あれで攻撃されたら、猫に引っ掻かれたどころでは済まないだろう。

「めちゃくちゃ嫌なんスけど――ま、しょーがないっスよね」

 溜まっていた宿題を嫌々やるようなノリで――フライデイはサーズデイに鉤爪を突きつけた。

「………………ケッ!」

 サーズデイはバイクから手を離しこう告げた。

「……カプリコーン。空音を連れて逃げろ」

『――YES SIR!!』

「えっ――――」

 気がつくと、私はいつのまにかバイクのシートに乗せられていた。サーズデイに放り投げられ、それをバイクに受け止められたのだと気がついたときには、既にバイクは走り出していた。

「……えっ、ちょっ、待っ…………」

『うるさい黙れ喋るな喋るな! アンタごときがご主人様(ダーリン)の采配に口を挟むな! アンタごときがご主人様(ダーリン)の決定に異議を挟むな!』

 私の異議はマシンガンのごとき剣幕で押し返される。喋る権利すらもらえないらしい。

 リナちゃんの安否とか、サーズデイとフライデイの関係とか、フライデイの正体とか――訊きたいことは山程あるのだが。

 それに何より。

(私……バイクの免許持ってないんだけど……)

 バイクが勝手に動いてるので、運転の方は問題ないのだが――急に乗せられたのでヘルメットなど当然持ってない。ついでに言うと、私はうっかり私服で出歩くと中学生以下と間違えられてしまうドチビである。

(お巡りさんに見つかったら……なんて言い訳すればいいんだろう……)

 理解が追いつかない事態が立て続けに起こったせいか――私はそんな些細なことで頭を悩ませてしまう程度にはパニックになっていた。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「センパイはいいっスよね。力が強くて」

「はァ?」

 「さすがに倒れてる人を巻き込むのはアレなんで」というフライデイの提案で、サーズデイたちは繁華街の広場まで移動していた。

 ベンチや屋台があり、本来なら人で賑わっているだろうそこは、トワイライトによる『人払い』でもぬけの殻に、文字通り『広いだけの場所』になっていた。

「いきなりなんだよ……何が『いい』って?」

「『力』があるって羨ましいなー、って話っス」

 フライデイ――『トワイライト』に入るのがたかが数ヶ月違った程度でサーズデイを『センパイ』呼ばわりするこの少年は、これから戦おうとしているとは思えない緩いテンションでサーズデイに話しかける。

(相変わらずフニャフニャして……掴み所が見つかんねえ奴だ。サメじゃなくてクラゲかなんかじゃねーのか?)

 正直なところ、サーズデイはこの少年にあまり良い印象は抱いていなかった。嫌い、とまではいかないが、少なくとも顔を合わせるのはなんとなく避けたい程度には苦手意識を持っていた。

(『ない』……『見つからない』んだよ。こいつの『中身』って奴が)

 チューズデイのように裏表がないわけではなく。ウェンズデイやDr.ドクロのように何か含んでいるわけでもなく。さりとて、マンデイのように『目的』が『生き様』そのものになっているわけでもなく。

(こいつ……本当に『やりたいこと』があんのか……?)

 サーズデイにはある。兄の仇(ウェンズデイ)を仕留め、父の仇(トワイライト)を討つという目的が。独善が。

 フライデイにはそういうものが見られない――仮にも『人類殲滅』を為そうとする組織に身を置きながら、そこで何かをやりたいとか、目標など信念などと呼べるようなものをこれっぽっちも持っていなかった。

 まるでそこらへんの若者のように、当たり前のようにただ漫然と生きているだけ。サーズデイにはフライデイがそう見えていた。

「おれには『ない』んスよねー、そーいうの。センパイやチューさんみたいに『腕っぷし』が強いわけでもなければ、ウェズさんやドクちゃんみたいに『頭が良い』わけでもない。なんにも持ってねーんスよ、おれ」

 両腕を広げ、何も持っていないことをアピールするフライデイ。実際にはその両腕に『鉤爪』という立派な武器を備えているのだが。

「だからおれは必死こいて鍛えたっス。『腕っぷし』が強い敵からも『頭』が良い敵からも逃げられる――とっときの『逃げ足』を」

「……あァ、確かにてめえは、何かあったら一番に逃げてたな」

 いつだったか――まだサーズデイが『成上遠流(じぶん)』を取り戻していなかった頃、まだトワイライトの尖兵だった頃。警察官や武装した人間と戦うはめになったとき、真っ先に逃げていたのがこの少年だ。人間の数倍のスペックを持つ肉体を、あますところなく逃亡に傾けていた。

 そのたびに「だって、罪もない人殴るなんて心が痛むじゃないっスかー」とのたまっていたが……だったらこんなトコやめちまえ、とサーズデイは幾度となく思った。

「でもっスねー、羽も尾びれもないおれは、逃げるならどうしても『道』を歩かなくちゃあならない。だけど、『道』が常にキレイに舗装されてるとは限らない」

「でこぼこだったり獣道だったり……あるいは何か『障害』で『道』そのものが塞がれてるかもしれない」

 フライデイはぶらぶら歩き、立て札を蹴っ飛ばして倒す。『この先バイク自転車進入禁止』と書かれた立て札だったが、フライデイはその文言には気づいていなかった。

「戦うのはめちゃくちゃ嫌なんスけど――そういう『障害』が『逃げ道』にあるときは、さすがにやぶさかじゃないんスよね」

「……オレがその『障害』ってわけか」

「今回はそーなるっスね」

 立て札を鉤爪で切り刻み、ただの金属片にしながらフライデイは頷いた。

「まあ、センパイが退いて――引っ込んでくれるならこっちも考えるっスけど」

「アホか」

 サーズデイは即答した。

「この期に及んで誰が引っ込むかよ。御託は充分だ、そろそろ始めようぜ――」

「――チューズデイと被っちまうが、てめえとは一度本気で戦ってみたかった」

 逃げ続ける怪人の実力。はたして如何程のものなのか。

「そっスか。おれは一度でも戦いたくなかったっス」

 武器は出さず、徒手で構えるサーズデイに――フライデイは展開済みの鉤爪で答えた。

「センパイ! お願いっスから死んでください!」

「断る! てめえが先に死ね、後輩野郎!」

 その戦闘のゴングは、拳と鉤爪がぶつかり合う音だった。


The Trailer→


「覚えてねーんだよ――記憶喪失ってやつらしい」


「はい。…………だって、おれが殺しましたから」


「いい!? 絶対勘違いしないでよね!! アタシはアンタが好きで守ってんじゃないわよ!?」


「コンクリートジャングルを泳ぐサメ――なんて言ったらかっこよくありません?」


「よしよしよしよしよーやく見つけたぜえサーズデイ!」


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17.Partner/轢かれ者は唄えない


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