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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
16/66

15.Monster/四度目の嘘吐き

 有り体に言って、ぼくはいじめられっ子だった。

 母譲りの赤毛と、人より成長が遅くチビのやせっぽちだったこと、そして兄と苗字が違うことをネタにされ、小学校の頃はよくからかわれていた。

 もちろんただいじめられているわけじゃなかった。悪口を言われたら言い返し、殴られたら殴り返し、自分なりに精一杯『成上遠流はいじめられっ子じゃない』とアピールしていた。

 たださすがに、家の鍵を隠されたときはどうしようもなかった。

 いわゆる鍵っ子だった。その頃は特に父の帰りが遅く、母がいない父子家庭というやつだったので、父が帰ってくるまで兄と留守番するか、場合によっては自分たちで食事を用意し父が帰る前に寝てしまうのが日常茶飯事だった。

 問題だったのは、家の鍵が一つしかなかったことだ。

 鍵は最初、兄さんにしか渡されなかった。何しろ家の鍵だ、同じ子供でもしっかりした方に渡さないと不用心だ。ただ、ぼくと兄さんは二歳違い、つまり二学年違う。時間割の都合でぼくの授業が先に終わり、兄さんの授業が終わるまで待ちぼうけを食うということが度々あった。だから、下校時刻が同じときは兄さんが、ぼくのほうが早いときはぼくが、という風に『鍵っ子係』を分担していた。

 そんな折り、鍵を隠された。その日はたまたま、父さんの帰りが一段と遅い日だった。『血の気が引く思い』というやつをそのとき初めて体験した。

 思いつく場所はすべて探した。ゴミ箱の中、黒板の上、教卓の中、ロッカーの中、クラスメイトの机の中。どこを探しても見つからないまま、兄さんの下校時刻になってしまった。

 半泣きになりながら兄さんに相談すると、兄さんは凄く驚いた顔をしたけれど、すぐに「大丈夫だよ」と言って笑った。

「一緒に探そう。二人がかりで探せばきっと見つかるはずだ」

 いつの間にか日が暮れていた。下校のチャイムが鳴る直前でやっと下駄箱前の落とし物入れの隅に押し込まれていた家の鍵を見つけ、ぼくは安堵のあまり思わず泣いてしまった。

「馬鹿、泣くなよ。嬉しいときは泣くんじゃなくて笑うもんだぞ」

「うん…………」

 頭に載せられた手に促され、ぼくは泣くのを堪えながら頷いた。

 でも、ぼくにもちゃんと見えていた。

 兄さんだって、泣くのを我慢して左目を真っ赤にしていたんだ。


(そうだ。兄さんは昔からそうだった)


(どんなに辛くても、ぼくの前では意地を張って『大丈夫』なんて笑う、そんな人だった)




 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



『PIPI!』

「ここか……ってなんだありゃ!? 虫みていにわらわらいやがる!?」

 マシンカプリコーンは繁華街の入り口の手前で停止した。ヘルメットを脱いだサーズデイは、繁華街を大量の怪人が闊歩しているのを確認し、寸の間絶句した。

「ペブル……じゃあねえな。中身が人間だとは思えねえ動きしてやがる。分身を作る能力の奴でも出やがったか……それともあの腐れドクがまた変なもん作りやがったのか」

 サーズデイのことを『もっくん』と呼ぶ、少女の姿をした悪魔を思い出してサーズデイは頭が痛くなった。サーズデイを怪人に改造し、簡易怪人ペブルを生み出すEVドロップを開発し――そして今彼が乗っている生体メカバイク『マシンカプリコーン』を開発した張本人である。彼女が新たに何か作っていてもおかしくはない。

『PIPI、PIPIPIPIPI、PIPIPI!』

「ペブルが七百メートル先に一匹、ジュエリッシュがその付近をうろうろしてる? うろうろしてるっつーと……あのコバンザメ野郎か。雑魚が雑魚の群れ率いてんのかよ……」

 弱い奴ほどなんとやらってか、とサーズデイはこちらに気づいて近づいてくる怪人の群れを鼻で笑い、カプリコーンから降りた。

『PI?』

「数は十二、三ってとこか。野放しにするのもなんだしな、景気付けに一掃除だ」

 サーズデイはカプリコーンの横で仁王立ちし、モノリスジュエルを握り込んだ右手で胸――ジュエルコアを思いきり叩いた。

「――変身ッ!」

 サーズデイの姿が変貌する。赤黒く硬い皮膚に覆われ、頭部に禍々しい角を生やした悪魔じみた姿に。

「来やがれ……全員まとめて叩き潰してやるッ!」

『ピギッ……グギャアアアアアアア!』

 ハンマーを振り回すサーズデイに、無数の虫と植物に似た怪人が襲いかかった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



『フライデイ君』

「ん?」

 怪人――『インスタンツ』たちによって客や店員が捕らえられ、無人になったゲームセンターでリズムゲームをプレイしていたフライデイに、アリに似た姿の怪人が話しかける。

「どーかしたんスか? おれ今ちょっと手が離せないんスけど……」

 ゲーム画面から目を離さず、プレイを止めないままフライデイは返事する。画面に流れているマークが所定の位置に来たとき、そのマークと対応したボタンを叩くタイプのゲームで、フライデイが現在プレイしているのはCMで何度も流れているような流行りのアイドルの曲だった。

『繁華街にいた人は全員確保できたよ。他に何かすることはあったっけ?』

「んー、電話とか取り上げました? 通報とかされたらめんどくさいんで」

 いよいよ曲がサビに入ったらしく、フライデイのボタン捌きが激しくなる。凄いなあ、よくあんなに器用に叩けるなあとアリ怪人は密かに感心した。

『妙な動きをしないようインスタンツたちが見張ってる。ただ、外からこの異常事態に気づいた人が通報するかもしれない』

「そこまで頑張らなくていいっスよ。お巡りさんたちが『早く来すぎる』のが問題なんであって、『来る』こと自体は別に問題じゃないんスから」

『そう……なの?』

「はいっス」

 タンッ! とフライデイが一際激しくボタンが叩き、同時に曲が終了した。画面が切り替わり、得点とともに「フルコンボ達成! おめでとう!!」という文字が浮かび上がる。

「っしゃあ! もっかい遊べるっス!」

『なんで、警察が来ても問題じゃないの?』

「えっとっスねー……どの曲にしよっかな……」

 ボタンを操作しながらフライデイは語る。

「元々、この作戦って『目立つ』ためにやってるんスよ」

『…………目立つ?』

「はいっス。えっと……おれらトワイライトが、人間を駆逐して代わりに怪人を繁栄させて、支配者サマの下でのんびりまったりわいわい過ごそーぜー、って組織なのは説明したっスよね?」

『うん、まあ……』

 なんだか前に聞いた話とちょっと違うような……? と微妙な違和感を募らせながら怪人は頷く。

「だけど今の段階じゃ人間を駆逐することなんて出来ない。何故か? 人間の数が圧倒的に多すぎるからっス。いくら怪人が人間の何倍強かろうと、兵器で物量攻撃滅多撃ちにされたり核落とされたら勝ち目なんかあるわけねえっス」

『戦いは数、ってやつだね』

「そっス。だから今は兵士ならぬ怪人を、水面下でひっそりこっそり増やして戦力を増強させてる段階なんス」

 新たに曲が始まり、画面とボタンに集中しながらもフライデイは続ける。

「だけど、そんなことやってたら時間かかりすぎてしょうがないっス。一日一人怪人を作るとしても、毎日やっても365人しか怪人作れないっス。だから今度は、おれらが直々に動かなくても怪人が増やせるようなシステムを考えてるんスよ」

『それが、この作戦とどう繋がるの?』

 怪人は訊ねながら、妙な匂いがすることに気がついた。怪人だからこそ――もっと言うならば彼だからこそ気づけた匂い。おそらくフライデイは気づいていないだろう。

「アピールするんスよ、世間サマに。こんなスゲーことが出来る力が手に入るんだぜーって。そんでテキトーに噂を撒き散らしとけば、アンタみたいな物好き……もといそういう力を欲しがってる人がそっちから近づいてきてくれるっス」

『なるほど……あれ? でもそれみんなが怪人のことを知るってことだよね? それはまずいんじゃ……』

「へーきっスよ。アンタもこないだおれが声かけるまで怪人なんていねえって思ってたっしょ? 本当だと思ったり確かめにくるやつは興味があるやつだけで、他は『何かの間違いだ』としか思わねえっスよ」

『そっか……』

 やはり怪人など非現実的だということか。自分がこれからやることもそんな風に処理されてしまうのかと思うと、アリ怪人はなんだか悲しくなった。

『……ところでフライデイ君。なんだか妙な匂いがするんだ。繁華街の方から、なんていうか……何かが焼かれたみたいな、焦げ臭い匂い』

「え? ……まさかセンパイがもう来たんスか!? マジかよ、いくらなんでも早すぎる! なんか探知機でも持ってんのかよ!?」

 慌てたフライデイがボタン操作をミスし、画面からブーッと警告音が鳴った。それにも構わず、フライデイは焦ったようにゲームセンターから出ていく。

「とりあえずおれがセンパイの気を引いとくっス! 国立君、あとは頼んだっスよ!」

『あっ……うん!』

 とりあえず返事したものの、具体的に何をすれば? と訊く前に、フライデイは怪人態に変身して走っていってしまった。

『もしかして……失敗だったのかな』

 自らの選択にようやく疑問を抱いた国立だったが、それが紛れもない失敗、失態、失策だということにはまだ気づいていなかった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「とっとと消えろォォォッ!」

『ピッギャアアアアアアアアアアアア!』

 サーズデイが最後の一体となったインスタンツを蹴り飛ばす。インスタンツは断末魔の悲鳴を上げながら吹っ飛び、壁にぶつかると同時に塵となって消えた。

「ケッ……これで全部片付いたか。新手が現れる前にさっさと今回の親玉を潰すか。カプリコーン!」

『PIPI!』

 サーズデイがカプリコーンを呼ぶと、待ってましたとばかりにカプリコーンがサーズデイの脇に走ってくる。

「あれやるぞ、あれ。久しぶりだが出来そうか?」

『PIPIPIPI!』

「そうか。なら話は早え」

 サーズデイはカプリコーンに跨がると、ライトの上部に嵌められたジュエルコアに右手をかざした。

「――――らァああああああああッ!!」

『PIII……GGGGGGGIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!』

 サーズデイの手から電撃が発せられ、ジュエルコアを通してカプリコーンの全体にその力が行き届く。

『GIIIIIIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAアアアアアアアアアアアアああああああああああああッ!!』

 カプリコーンが、まるで人間が怪人に変身する際のように発光する。全体的に一回り大きくなり、ハンドルが山羊の角に似た形状に変形し、タイヤはバギー並みに太く大きくなり、フレームは鎧のごとく分厚く刺々しい装甲となる。

『――――ッ、ふぅゥゥゥゥゥゥゥゥ…………』

 一言で言うなら、それはまさに『山羊の化け物』のようだった。

 カプリコーンはそのジュエルコアにある一定の電気信号を受信することにより、モノリスジュエルを埋め込まれた人間のように、文字通り『モンスターバイク』に変身することが出来るのだった。

「よォ……気分はどうだ? 相棒(マイハニー)

『クソッタレよご主人様(マイダーリン)。ニンゲン様が真夜中に無理矢理起こされたときってこんな感じなのかしら?』

 怪物態(モンスターモード)になったことで、今まで電子音しか発することが出来なかったカプリコーンが流暢に喋るようになる。妙齢の女性のような声でやや乱暴な喋り方をするカプリコーンに、サーズデイは眉を潜めた。

「カプリコーンよォ……前から気になってたんだが、なんでお前変身すると口が悪くなんだよ?」

『さあ……お母様(ドクター)がアナタとお揃いになるようにしてくれたんじゃない? アタシにもよくわかんないわ』

「お揃いな……別になんだっていいが」

 あのドクターの考えることはさっぱりわからない。

『それよりいいの? アタシと話してる間に、あのよくわかんない雑魚怪人がまた来るかもしれないわよ?』

「そんなこたあわかってる。行くぞカプリコーン」

了解(ラジャー)。目標はペブルでいいのね?』

「ああ」

 ドゥルン!! とカプリコーンのエンジンがいななき、鉄砲玉が飛び出すように走り出す。

『ヘイご主人様(ダーリン)!! 目の前に障害が現れた場合は!?』

「怪人なら轢き潰せ!! 人間なら避けるか飛び越えろ!!」

『OK OK,YES SIR!!』

(キャラ変わりすぎだろこいつ……)

 自分のことはとりあえず棚に上げ、カプリコーンのテンションに戸惑うサーズデイだった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「ソラたん……ワタシもう駄目みたい……」

「しっかりしてっ、リナちゃん!」

 地面にリナちゃんが倒れ伏す。その瞼が降りてしまわないよう、私は必死で呼びかけた。

 周りはリナちゃんと同じように、地面に倒れた人でいっぱいだ。もしかするとちゃんと意識を保っているのは私だけなのかもしれない。

 ……十分程前のことだ。どこかへ行っていたアリ怪人がまた来たかと思うと、口吻(という言い方がアリにも出来るかわからないが、とにかく口)から唾――今思えば体液のようなものを私たちに吹き付け、再びどこかへ去っていった。

 体液は砂糖と蜂蜜とチョコレートを三日三晩煮詰めたような甘ったるい匂いがして、その体液を浴びせられた人や匂いを嗅いだ人は次々と倒れていった。

 どうやらこの体液は、クロロホルムのように人を気絶させる成分を持っているらしい。厄介なことに体液の匂いは時間が経つごとにどんどん強まっていき、リナちゃんのように体液から離れていても漂ってきた匂いを嗅いで気絶する人が出てきた。

「ごめん……ちょっとだけ……眠るね……」

「リナちゃん……リナちゃん!」

 駄目だ。リナちゃんまで気絶してしまった。リナちゃんが私の膝の上で瞼を閉じる。揺さぶっても叩いても反応がない。

「リナちゃん……」

 ぷん、と甘ったるい匂いが私の元にもやってくる。しかし、いくらその匂いを嗅いでも、私の意識は保たれたままだった。

「なんで……?」

 どうして私だけ? いっそ私も気絶してしまいたかった。私たちを取り囲む怪人たちが不気味にざわめきだし、私は思わずリナちゃんを抱き締める。

『ピギ、ピッピギ?』

『ピギギ……』

『ピギピギ、ピギピッギギ』

『ピギィ!』

 何か話し合う素振りを見せたかと思うと、怪人のうちの一体が私に近づいてくる。

「い、や……来ないで…………」

『ピギギギ……』

 リナちゃんを抱えたまま後ずさりするが、背中に何かぶつかってしまい、私は振り返った。

「あっ…………」

『ピ、ギ』

 ニタア、とどこかの誰かを思い出すような顔で怪人が笑い、私の腕を掴む。

「や、やめて……!」

 不意にあのときのことを思い出し、私の膝が勝手に震え出す。何をされるのかはわからないけれど、それがろくでもないことなのは間違いない。

「誰か……誰か、助けて…………!」

 誰か助けて? 一体この場にいる誰が助けてくれるというのか。みんな眠っているというのに。自分で発した言葉に、私は思わず笑ってしまいそうになった。

 自分で自分が恥ずかしくなり、私が目を瞑ったそのとき。


「――――やれッ、カプリコーンッ!!」

『YES,YES! DEAR MY DARLING!!』


『ピッギャアアアアアアアアアア!?』

 二度あることは三度ある――使い古された言葉だが、だからこその重みがある。

 私と彼が出会ったのは厳密には四度目だが、この際そんな些細なことは忘れてほしい。

 私の前後にいた怪人たちは、どこからともなく狙撃されたように吹っ飛んだ。私の腕を掴んでいた怪人の手は銃弾のようなもので撃ち抜かれ、乾いた泥団子のように崩れ落ちる。

「ケッ! 聞き覚えのある声がすると思ったらお前かよ! そんなに腕掴まれんのが好きなのか!?」

「あ……貴方は――――」

 禍々しい化け物のようなバイクに乗って現れた、赤く黒いその怪人の名前を私は知っている。

「――――サーズデイ!!」

「またお前を助けることになるとはなァ、綿貫空音よォ!」

 ケッ、といつも通り笑いとも舌打ちともつかない声を上げ、彼は再び私の前に現れた。


The Trailer→


「まさか『命より友だちの方が大事だ』――とか抜かすんじゃねえだろうな?」


「――――あ~~~~~~~~っもうッ!! グダグダグダグダ鬱陶しいのよこの泥棒猫がッ!!」


「めちゃくちゃ嫌なんスけど――ま、しょーがないっスよね」


「『力』があるって羨ましいなー、って話っス」


「――チューズデイと被っちまうが、てめえとは一度本気で戦ってみたかった」


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16.Speak/我が逃走


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