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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
14/66

13.Pupil/嵐の前で

「ごめん、待ったー?」

「ううん、私も今来たとこ」

 久し振りに会ったリナちゃんは髪型を変えていた。

 前はポニーテイルにしていたのをハーフアップにし、星の形をしたバレッタで留めていた。

「髪、変えたんだね」

「うん! せっかくのデートだからね、張り切っちゃった!」

「デートって……」

 遊びに行くだけなのに大袈裟な……リナちゃんはこんな風に、ちょっとしたことをオーバーに言いたがる。

「ソラたんは変えないの? 高校に入ってからずっとボブでしょ?」

「うーん……他にしっくりくる髪型が見つからなくて。そろそろ伸ばそうかなとは思ってるんだけど」

「いいじゃん、伸ばしちゃえ伸ばしちゃえ! ロングのソラたんも可愛いと思うよ!」

「ありがとう」

 そんなことを話しながら時計台の前から歩きだす。

「今日、どこ行こっか?」

「えっとー、ゲーセン行ってー、プリ撮ってー、UFOキャッチャーしてー、他にも色々ゲームしてー、カラオケ行ってー……」

「……あんまりお金使うのはなし、って言ったじゃない……」

「あ! 忘れてた~」

「もう、リナちゃんったら……」

 抜けてるんだからなあ、まったくもう。

「とりあえず繁華街の方に行ってみる?」

「うーん、ソラたんが楽しめるトコならなんでもいいよ!」

 そんなわけで、私たちは繁華街に行くことにした。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「………………のり子さん? ご飯ですよ?」

 成上は祝詞の部屋のドアをノックする。しかし返事は返ってこない。

「おかしいな……出かけてるはずはないし。まさか寝てるとか……?」

 ご飯が載ったお盆を持ちながら成上は首を捻る。空音は出かける前に祝詞に朝食をあげるよう頼んでいた。


 「十時を過ぎても食べに来ないようでしたら、直接渡してください。のり子さん、一度仕事にのめり込むとほとんど部屋から出ませんから……」


「……ああ言ってたし。じゃあこれ、勝手に入っちゃって大丈夫なのか? のり子さん、入りますよー?」

 再びノックし返事がないことを確認すると、成上はドアノブを捻る。カーテンを閉めきっているのか、朝だというのに真っ暗な部屋だった。

「のり子さん?」

「…………ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと…………」

「……………………」

 成上は絶句した。

 部屋の奥にある机に置かれた、部屋の中で唯一光を放つパソコンのモニター――その前に座り込んで何か絶え間なく呟きひたすらキーボードを叩き続ける女がいた。

 綿貫祝詞だった。

「………………あの、のり子さん?」

「…………んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ! くとぅぐあ! ふんぐるい むぐるうなふ…………」

 怖い。

 成上は生まれて初めて、『自分に対して何もしない』人間に恐怖を感じた。何もしてこない分、その不気味さ恐ろしさは今まで体験した恐怖を遥かに上回っていた。

(な…………何か喚んでる――――――ッ!?)

「…………くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん…………――あれ? そこにいるのは遠流君か?」

 ぶつぶつと呪文めいた言葉を呟いていた祝詞が急に振り返る。その顔はいたってまともで、つい先程まであんなことをしていたとはとても思えなかった。

「は、はい……空音ちゃんの代わりに、朝ご飯を持ってきました」

「朝ご飯? もうそんな時間だったか……空音ちゃんは? 出かけてるのか?」

「はい。友達と遊んでくるって言ってました」

 先ほどの祝詞の奇行に突っ込めないまま成上はお盆を祝詞に渡す。メニューは六個の中身が違うおにぎりと、ペットボトルに入った麦茶だった。どうやら昼食やおやつも兼ねているらしい。祝詞はお盆を受け取ると、頭をかきながら机にそれらを置いた。

「友だち……というと笹川嬢か。……あの娘は、なんというか、なあ……」

「? その娘がどうかしたんですか?」

 成上は聞き返しながら部屋の電気をつける。ゴミこそ散らかっていないが、資料やら書籍やら本の類がそこら中に散らばり、雑多な印象を受ける部屋だった。

「なんというか……彼女、前にうちに来たことがあるんだが、空音ちゃんを見る目が、その……ギラついていてな」

「ぎ、ギラ……?」

「ああ。上手く言えないが、『子供が母親にお預けを食らった大好物をヨダレを垂らして見つめている』って感じだったな。正直、ちょっと怖かったよ」

「………………」

 祝詞はお盆に載っていたおにぎりをかじり、話を続ける。

「かなり可愛い娘だったが……私はどうも好きになれなくてな。まあ、良い娘だとは思う。ちゃんと『お預け』を守れているみたいだしな」

「……す、凄い娘なんですね……」

 これってあれか。そういう意味なのか? 『合』が百個あるあれか? 英語で『lily』のあれなのか?

「あの娘に限らないが……空音ちゃんはなんだか妙な人間を好いたり好かれたりする体質みたいなんだよな。変な癖があったり、どこか歪んでたり……ま、私が言えた義理じゃあないが」

 自覚はあったんだな、と成上はおにぎりをかじる祝詞に心の中でつっこんだ。

「…………ひょっとして君もそうだったりするんじゃないか? 遠流君」

「え、ぼく、ですか?」

 成上にも何とは言えないが心当たりはある。まさか『あれ』がバレたのか……? と不安になる。

「君は嘘をつくのが苦手なようだね。しかし、つけないなりに『本当のこと』だけで言い訳したのは上手い選択だった。もしあのとき君が一つでも嘘をついていたら、私は君を警察に突きだそうと思っていたんだ」

「……………………」

 あのとき、というと……気絶した空音を家まで送り、その際に祝詞に質問攻めにされたときだろうか。

「君の正体は凄く気にはなるが……今は訊かないでおこう。あくまで私たちに隠し通そうとする君の意志は、尊重しようじゃないか。今はね」

「今は、ですか」

「ああ。だからこそ今、誓ってくれ。もし君が隠そうとしている『それ』のせいで空音ちゃんが少しでも傷ついたら、私は絶対に君を許さない」

 祝詞が眼鏡を外す。切れ長の瞳がまさに真剣のごとき鋭い光を放っていた。

「…………はい。空音ちゃんは誰にも傷つけさせません。ぼくが守ります」

 本心だった。

 初めて『成上遠流』として空音に逢ったとき、覗き込んだ彼女の瞳に――成上はある人物と同じものを感じていた。

 穏やかなようでいてひねくれ者で、しかし結局誰かを助けずにはいられないお人好し。

(……………………兄さん)

 贖罪のつもりはない。今さら何をしようと、彼が戻ってくることはありえない。すべては成上の独り善がり、すなわち独善だ。

 だが、だからこそ。

(……今度はぼくが守る)

 もう見ることは出来ない『彼』の笑顔と空音の笑顔を重ね合わせ、成上は密かに拳を握った。

「………………そうか」

 ふ、と祝詞が笑う。今まで眼鏡のせいで気づかなかったが、その顔が存外空音に似ていることに気がついた。

「ありがとう。君を信じて本当に良かった。…………ところで」

 祝詞がポケットから小さな機械を取り出し、かちり、とボタンを押した。

『…………空音ちゃんは誰にも傷つけさせません。ぼくが守ります』

「………………え?」

 機械から聴こえてくる成上の声。ついさっき放ったばかりの言葉だった。

「なんか、録れちゃったんだが」

「なんかって!? タイミング的に考えて絶対に意図的に録りましたよね!?」

「てへぺろ」

「驚く程に可愛くない!?」

「反故にされては困るからな。もしものことがあったらこれが証拠だ」

「証拠って……何に使う気ですか!?」

「空音ちゃんに聴かせる。特に後半部分を重点的に」

「やめてください死んでしまいます恥ずかしさで!」

「そして悶絶死寸前になるであろう君の姿を空音ちゃんが淹れたコーヒーをたしなみながらじっくり観賞する」

「鬼畜だ! 鬼畜がいる!」

「失礼だな。サディストと呼んでくれ」

「まさかの真性!?」

「おっと、そろそろ仕事を再開しなくちゃな。君、もう戻っていいぞ」

「弄ぶだけ弄んでポイ!?」

「釣り遊びはキャッチアンドリリースが基本だからな」

「ぼくで遊ばないでください!」

 こんな人と同居してて空音ちゃんは大丈夫なんだろうか。

 成上は自分のことを二重の意味で棚に上げ、今頃友人と遊んでいるだろう空音が心配になった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



「…………ふぁ、ふぁっくしゅん!」

「!? ソラたん、風邪? あとそのくしゃみいろんな意味で大丈夫?」

 花粉症ではないはずなのに、盛大なくしゃみをしてしまった。リナちゃんが心配そうにティッシュを差し出してくれる。

「うーん……なんだろう。風邪とかじゃないと思うけど……誰かに噂でもされたのかな」

「えー、誰かにウワサされるとかソラたん超モテモテじゃん」

 リナちゃんが何故か不機嫌そうに頬を膨らませた。

「良い噂とは限らないし……それにモテモテって言うならリナちゃんの方が凄いじゃない」

「ワタシは別に……あんなの、顔が良いからすりよってくるだけだもん。可愛ければなんでもいいんだ、ワタシがどんな性格なのか知ろうともしないで」

 …………やばい。うっかりリナちゃんの地雷を踏んでしまった。リナちゃんがさらに機嫌を悪くしたように口を尖らせる。

 リナちゃんはモテるが、本人曰く「顔だけで人を好きになるようなやつは嫌い」らしく、周りに集まってくる男を嫌がっている節がある。モテる人間にはモテる人間なりの苦労がある、ということらしい。

「そ、そんなことないよ。いくら顔が良くても性格が悪くちゃモテないし……リナちゃんがモテるのは、可愛いからだけじゃないと思うよ」

 無論前提条件に「可愛いから」があるのは否定できないが、それはまあさておき。

「…………ううう~、ワタシのことわかってくれるのはソラたんだけだよお~……」

「きゃ!?」

 がばっ!! と急にリナちゃんが抱きついてくる。

「ど、どうしたの一体……」

「すりすり、すりすり。うー、お日さまの香り」

「うわわわわ。頬擦りやめて、くすぐったい」

 リナちゃんはどうしてこう、スキンシップがいちいち激しいんだろう。抱きつくのは日常茶飯事、ときどきほっぺとはいえキスまでしようとしてくる(無論さすがにそれは拒否したが)。それと、お日さまの香りってどんな匂いだ。干した布団の匂い? ていうか人目を気にしてほしい。街中だぞここ。

「ソラたん、ずっと友だちでいようね。ワタシ、頑張るから」

 頬擦りをやめると、リナちゃんは私に向き直って急にそんなことを言い出した。

「? 何言ってるの、私とリナちゃんは何があっても友だちでしょ?」

 頑張るって、一体何を頑張るつもりなんだろう。

「友だちでいるために頑張るの。うー、我慢我慢」

 リナちゃんが自分の頬をぺしぺし叩く。なんなんだろうさっきから。変なの。

「…………さ! まずはプリ撮るんだったよね! どこのゲーセンで撮ろっか?」

「うーん……私は別に、どこでもいいけど」

 プリクラとかそんなに詳しくないし。ただ、行くとすれば二人で遊べるゲームが多いところがいいだろう。

「んー、じゃああっちの方に行ってみよっか。こっちの方にあるのは音ゲーとか一人用のばっかだし」

 そう言ってリナちゃんは私の手を取って歩きだす。あ、ちょ、ちゃんと前見て歩かないと、前、前!

「え、何――――――きゃっ!?」

「おわっぷ!?」

 案の定というかなんというか、リナちゃんは同じくよそ見して歩いていた人とぶつかってしまった。衝撃で私まで転んでしまう。

「……ったぁ…………」

「ててて……すんませんっス、怪我はないっスか?」

 ぶつかってきた人(髪を茶色に染めた、チャラチャラした感じの人だ。顔つきや体格からして、私たちと同じくらいだろう)がリナちゃんに手を差し伸べる。

「……大丈夫。べつにこのくらいじゃ怪我なんかしないよ。いいよ、一人で立てるから」

 リナちゃんは彼の手を掴むことなく立ち上がる。ちょっと、それは逆に失礼なんじゃないだろうか。

「いや、ホントすんませんっス。でも、怪我がなくて良かったっス。あ、良かったらこのあと、時間とかあるっスか?」

 と、チャラ男さんがリナちゃんに言う。いつものことだが、リナちゃんが隣にいると私って空気レベルで存在感なくなるなあ。

「……何それ。ナンパ? ワタシ、ナンパする人嫌いなんだけど」

「あ! い、いやその、ナンパとかじゃないっス! ただちょっと、訊きたいことがあっただけで……」

「ナンパする人はみんなそう言うよ。行こ、ソラたん。あんなのと喋ってると時間がもったいないよ」

 可哀想にチャラ男さん。リナちゃんはナンパを蛇蠍のごとく嫌っていて、ナンパする人は人間じゃないと思っている節がある。確かに服装はチャラいけど、ナンパするような人には見えないけどなあ。

「あ、ちょ、待ってくださいっス! そっちに行くのはやめたほうがいいっスよ! そっちはちょっとマズいっス!」

 チャラ男さんが後ろで何か言っているが、リナちゃんは無視して私を引っ張る。マズいって……一体なんのことだろう。

「無視だよソラたん。ああいうのにはつけ入る隙を見せちゃダメなの」

「う、うん…………」

 でも、何が「マズい」のかが凄く気になる。今のリナちゃんは聞き入れてくれないだろうが……

 …………この十数分後、あの人の言うことを素直に聞いていれば、という事態――まあぶっちゃけて言うところの『怪人との遭遇』が起きてしまうことになるのだが、今現在の私たちにそれがわかるわけがなかった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 ――――プルルルル、とポケットの中で携帯が鳴る。

「はいはい、こちらフライデイっス」

 先程笹川織女にぶつかった少年――フライデイが電話を取った。

『――ウェンズデイです。どうですか? 首尾のほどは』

「首尾っスか。んー、今んとこはそこそこって感じっスね。特に問題は起こってないっス」

『…………「問題を起こさせる」のが今回の作戦のはずですが?』

「うへー、そんな揚げ足取るようなこと言わないでくださいっス。『作戦に支障をきたす』行動は起こしてないって意味に決まってるじゃないっスか」

 めんどくせえ人だなあ、とフライデイは内心で舌打ちした。

『些細な語句の違いで大きな誤解に繋がる可能性があります。言葉の使い方には気をつけてもらいたいものですね』

「わかってるっスよー。もー、国語の先生みたいなこと言わないでほしいっス」

『……国語の先生みたいなことを言わせているのは貴方ですよ』

 溜め息をつくような音が聴こえる。なんだかやけに疲れているようだが、何かあったのだろうか。

『とにかく。問題がないようでしたらこのまま作戦を進めてください。失敗するなとは言いませんが、成功するために出来るかぎりの努力をしてください』

「りょーかいっスー。あ、ところで」

 フライデイは彼の属するところの組織――『トワイライト』の目下の最大の障害であるとある人物のことを思い出した。

「もしセンパイが嗅ぎ付けて邪魔しに来たら、どうすればいいっスか?」

『……………………』

 と、ウェンズデイが急に黙り込む。しばらく沈黙が続いたあと、ウェンズデイはこう言った。

『作戦は一旦ペブルに任せ、貴方が相手しなさい。最高で完全排除、最低でも作戦が終わるまでサーズデイを引き付けること』

「え、おれが戦うんスか!?」

『何も勝てとは言いません。いつも通りの貴方の戦法で、サーズデイの気を引けばいい』

「えー、でもー……」

 ウェンズデイは簡単に言うが、それはフライデイが命懸けで編み出した戦法だ。チューズデイのように火力と再生力があるわけでもなく、ウェンズデイのように空中戦が出来るわけでもなく、さりとてサーズデイのように欠点を補って余りあるパワーがあるわけでもない、フライデイの取れる唯一の戦法。

(……逃げ回るにも体力いるんスよ? 羽でパタパタできる人にゃわかんないんでしょうけど)

『何か言いましたか?』

「いーえ、なんにも」

 トワイライトの中ではフライデイが一番下っ端である。逆らえるはずもない。

『では、作戦の成功を祈っています』

「へーい、頑張りまーす」

 がちゃ、とやや唐突に通話が切れる。フライデイはふう、と息を吐くと携帯をポケットにしまった。

「そいじゃ、そろそろ始めるっスかね」

 フライデイが振り返ったその向こうには、空音たちが向かったゲームセンターのある繁華街があった。


The Trailer→


「機嫌が良さそうだな、ドクロ博士」


「インスタント・シードから生まれた怪人……さしずめ『インスタンツ』とでも呼ぶべきか」


「…………僕は! できる!」


「……大丈夫だから。私がついてるから」


「高望みはいけませんよ、フライデイ」


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14.Explosion/災いの種は蒔かれ


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