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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
13/66

12.Shark/潜行する悪意

「……で、一体何があったらそんなことになったんです?」

「そ、それは……」

 私は成上さんの頬に貼ったガーゼを替える準備をしながら問いただす。

 昨日、ほとんど日が沈むギリギリで帰ってきたと思ったらあの顔だ。心配しない方がどうかしている。

 昨日はなんだかんだでドタバタして(部屋にこもりっぱなしののり子さんの食事の世話とか)結局聞き出せなかったが、今日こそは絶対に口を割らしてみせる。

「え……えっと……こ、転んだんだよ!」

「は?」

「ごめんなさい」

 どう転んだらほっぺただけそんなことになるんだろう。なんでそれで誤魔化せるとでも思ったのだろうか。

「どう見ても殴られた痕じゃないですか……不良かチンピラに絡まれでもしたんですか?」

「う、うん……まあ、そんなとこだよ」

「……………………」

 嘘だ、と思った。

 確かに、いつもは「主食はレタスです」みたいな顔してる癖に、キレるとチンピラみたいになる成上さんならそういうのに絡まれてもおかしくはない。だが、今の答えは明らかに「良い回答を提示されたから乗っかった」ような感じだ。

 かといって、他に考えられるような理由はないのだが……

「…………いや、その。そんな、心配するようなことじゃないから、大丈夫だよ?」

 私があからさまに疑っているのに気がついたらしい。成上さんが取り繕うように言う。

「大丈夫って――――」

「ほら、もうほとんど治ってるし」

 成上さんが頬のガーゼを剥がす。昨日、あんなに腫れ上がっていた頬の傷は――

「――――――ない?」

 そ……そんな馬鹿な。

 なかった。跡形もなかった。あんなに痛々しく腫れていた傷跡がまったく残っていなかった。よくよく目を凝らして見ればほんの少し赤いとわかる程度には残っていたが……あんなに目立つ傷がたった一日でここまで治るだろうか?

「傷の治りは早い方なんだ」

 呆然とする私に、成上さんは少し慌てたように言った。

「新陳代謝が早いのかな……昔っからこうなんだ。あと、空音ちゃんの手当てが効いたのかも」

「そう……なん、ですか」

 いや、でも……それにしたって早すぎないだろうか。

 そんなアニメや漫画じゃあるまいし、いくらなんでも……と悩んでいたところで、リビングに置いてある電話が鳴る音を聴いた。こんなときに……

「ほ、ほら、電話だよ?」

「わかってます。ちょっと出てきますね」

 とりあえず考えるのは止め、成上さんの部屋(元のり子さんの書斎という名の倉庫部屋)を出てリビングに向かった。


「…………ふう、どうにか誤魔化せたか。危ない危ない……」


 成上さんが何か言っていた気がするが、ドアを閉める音で聞き取れなかった。




「ソラたんひっさし振り~! 元気してた? ワタシがいなくて寂しくなかった?」

「ああ……リナちゃん……」

 受話器から聴こえるウザいくらい元気な声に、私は思わず苦笑してしまった。

 リナちゃん。私の親友、笹川(ささがわ)織女(おりな)。世界が嫉妬するレベルで可愛くてスタイルが良いことを除けばごく普通の女子高生だ。

 ただ可愛いのではない。可愛さが尋常なレベルではない。街を歩けば百人中百人が振り向き、キャッチやナンパやスカウトが虫のように湧いてくる。おじさんが経営しているお店に行けば高確率で商品が九割引になり、行列に並べば自然と譲られ先頭になる。飛び入りで出たミスコンで優勝した。たまたま中東に行き、紛争に巻き込まれたさなかで一言「争いなんてやめて!」と叫んだらその日の内に和平条約が結ばれた。アラブの石油王に求婚されたが「暑いところは苦手だから……」と断った。某総理や某大統領とは「○○おじさん!」と気軽に呼べる中。美しさのあまりこないだUFOにさらわれかけた。インテル入ってる。全米が泣いた。etcetc……

 冗談かと思われるかもしれないが、半分以上は実話だ。残り半分もまことしやかに「笹川織女伝説」として囁かれている。ぶっちゃけなんでこんなヤバ凄い女の子と親友なのか自分でも不思議でならないが、とにかくリナちゃんはそんな娘だった。

「どうしたの、急に電話して。何かあった?」

「ううん、ソラたんの声が聴きたかっただけ」

 ソラたん……いつ聞いてもむず痒いアダ名だ。「なんかこそばゆくなるから止めて」って何回か言ってみたが、なんやかんやでその要望は聞き届けられていない。しょうがないから私も彼女を「リナちゃん」と呼ぶことにした。

「春休みに入ってからソラたん分が足りないんだよ~。ね、久し振りにどっか遊びに行かない? 早くソラたんといちゃこらしないと死んじゃいそう」

「リナちゃんってときどき人外生物に成り果てることあるよね」

 なんだソラたん分って。そんな栄養分はない。

「ね~遊ぼ~? 明日とか超遊ぼ? カラオケしたりファミレス行ったりプリ撮ったりし・よ・う・よ~」

「ま、まあ……私は別に明日は大丈夫だけど」

 ようやく出かけるのも抵抗がなくなってきた。用事も特にないし。

「マジ!? やったっダメ元で訊いてみて良かった~っ! じゃあじゃあ、いつも通り十時に駅前の時計台で待ち合わせね!」

「うん。あ、でもあんまりお金使う遊びはなしね」

「おっけおっけ。じゃ、明日楽しみにしてるから!」

 ガチャッと通話が切れる。相変わらず元気でマイペースだなあ……

 もちろん、リナちゃんのことは大好きだ。だけどときどき、そのペースについていけないときがある。

「友だちから?」

 成上さんがリビングに入ってくる。念のためなのかなんなのか、頬には小さい絆創膏を貼っている。

「はい。明日遊ぶ約束をしました」

「いいじゃん。明日、楽しんできてね」

「はい!」

 ……今思えば、多少角が立とうがあの誘いは断るべきだったのだ。

 いくら私が忘れていようと、怪人事件は続いていて、思い出したくもないあの男たちは今でもどこかで暗躍している。

 だがしかし、まさか再び怪人と……そしてサーズデイと遭遇するなんて、このときの私にわかるはずはなかった。



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



 時を遡り、前日。サーズデイとオクト・エイスの戦闘が終わった数時間後。

「なーんか、いい人、いっないっかなー……っス」

 黄昏時の繁華街を、一人の少年が鼻歌を歌いながら歩いている。

 迷彩色のパーカーにだぼついたカーゴパンツ。明らかに染めたであろう伸びすぎた茶髪を赤いカチューシャで纏めている。カラーコンタクトを入れているのか、アーモンド型の瞳に藍色の黒目が光る。首からは瞳の同色の石が嵌められたシルバーアクセサリーをぶら下げ、どこに出しても恥ずかしいくらいに「チャラい」少年だった。

「ったくさー……おれはウェズさんと違って『眼』が良いわけじゃねーんスから、同じ感覚でパシらせんなって感じっスよねー……人使い荒いんだからなー、チューさんもウェズさんも」

 少年は愚痴りながら歩みを進める。喋りながらも、その目は周囲の人間を観察するのを止めていない。とはいえ、探している人間は見つからないらしく「どーしたもんかなー……」とまた愚痴をこぼす。

「てきとーに切り上げて『見つかりませんしたー』ってゴマカすっスかね……でもそしたらチューさんにしっぺされそーだし……あの人のしっぺ超痛いからなー……」

 はあ、と溜め息をついて少年は足を止める。ふと見るといつの間にか人気のない場所になっていて、少年は「いっけね」と頭を叩いた。

「うっかり歩きすぎちったなー……ヤバいヤバい。こんなトコで誰も見つかるハズねーし、早く戻ろ――」

「――すいません、本当勘弁してください……」

 と、少年が踵を返しかけたそのとき、珍しい光景が視界に飛び込んできた。

「うん、勘弁してあげたいのは山々なんだけどさ、ケジメってもんがあるじゃない?」

「他人の足おもっくそ踏みつけといて勘弁もクソもあるかいボケがァ!」

「あ、足痛いわー超痛いわー。多分これ骨にヒビ入ったわー。早く病院に行かないとまずいレベルでボッキボキだわー」

 少年と同じくらいの歳の、眼鏡と学ランのガリ勉っぽい高校生が三人のチンピラに囲まれている。話を聞くと、どうやらガリ勉がチンピラのうちの一人の足を誤って踏んでしまったらしい。

「ケジメってなんですか……?」

「んーまあ、平たく言っちゃえばお金だよね。サワダ君の治療費?」

「痛いわー超痛いわー。こりゃもしかすっと月単位で入院モノだわー」

「おらさっさと金出さんかいボケがァ! サワダさんが死んだらどないしてくれんねん!」

「…………うっわー。あれってカツアゲってヤツ? イマドキそんなことするヤツいるんスねー……」

 入院どころかどう見ても無傷な男三人がひ弱そうな少年を囲んでいる光景というのは見ていて気持ちの良いものではない。案外、足を踏んだというのも言いがかりではないだろうか。

「そんな……お金なんて持ってないです……!」

「そういうのいいから。とりあえず、財布出してみようか」

 真っ青になるガリ勉にチンピラたちが詰め寄っていく。さすがにガリ勉が可哀想なので、少年はチンピラたちに声をかけた。

「お金ないって言ってるっスし、その辺にしといてあげましょーよ」

「…………あ? んだテメー」

「誰かな? 君の知り合い?」

 比較的穏やかな口調(話す内容は物騒だが)の男がガリ勉に訊く。当然、ガリ勉は首を振った。

「し、知りません……」

「『善意の第三者』、ってヤツっスよ。カツアゲとかカッコ悪いから止めときましょーよ、おにーさんたち」

 少年はニッコリ笑う。結構可愛い系の女顔なので、「この可愛さに免じて許してくんねーっスかね」と少年は内心祈ってみたが、そう上手くいくはずもなかった。

「カツアゲとかじゃねーし。お願いだし。つか、関係ないなら引っ込んどいてくれる? それともお前が払ってくれんの?」

 サワダと呼ばれた男が少年に近づく。他の男も視線で少年に威圧してくる。

「お金……はちょっと無理っスけど、もっといいモンならあげられるっスね」

「あ?」

「どういう意味かな、それ?」

 少年の言葉に男たちは目の色を変える。

「ついてきてください。お金なんかよりよっぽど良いモン、見せてあげるっス」

 少年は含み笑いをして歩き出す。チンピラたちは顔を見合わせ、やがて少年の後をついていった。

「な……なんだったんだ、あの人……」

 少年とチンピラたちが路地裏に消え、ガリ勉は安堵感で思わず座り込んだ。

「お金より良いものって一体……?」

「……………………ひッ、うわあああああああああああああああああッ!?」

「…………えっ!?」

 しばらくして、路地裏から男たちの悲鳴が聴こえてきた。何かに殴られたり切り裂かれたりするような音も同時に聴こえてくる。

「一体、何が……!?」

 ガリ勉は少し逡巡した後、立ち上がり意を決して路地裏に向かった。いつでも110番ができるよう、携帯を出しておくことも忘れない。

「ど、どうしたんですか……って、うわッ!?」

 路地裏に入ったガリ勉は何かに躓き転びかける。携帯の光でそれを照らしてみると、なんとさっきガリ勉をカツアゲしていた男の一人ではないか。

「なんで――――!?」

「う、ぐ…………」

 チンピラは血まみれだった。服が破れ、顔や腕に打撲痕がついている。

「あい、つ……バケ、モノ…………」

「ば、バケモノ…………?」

「サワダ、さんと……ミカワさん、が…………」

 チンピラが指差す先を見ると、そこには。

「――んなんだ…………オマエ、なんなんだよ…………ッ!?」

「えー? おにーさんたちには何に見えるっスか?」

 そこには、二人のチンピラに襲いかかる『バケモノ』がいた。

 声は、先ほどガリ勉を助けた少年のものだった。しかしその姿は、どう見ても少年とはかけ離れている。

 サメのそれを思い出させる頭部に、薄い紺色で彩られた鱗に覆われた表皮。両腕にそれぞれサーベルのような刃が三枚ついた鉤爪を生やし、胸にはちょうど少年が首から下げていたアクセサリーと同色の藍色の石が勲章のように輝いている。

「なん、だ…………あれ…………!?」

「このッ…………バケモノがァああああッ!」

 サワダと呼ばれていた男が折り畳みナイフを取り出し、『バケモノ』に斬りかかる。

 が。

「あ、それ正解。そーっス、おれ、バケモノなんスよー♪」

「なッ!?」

 ナイフは『バケモノ』に傷をつけるどころか、彼の肌にぶつかった途端に折れてしまった。『バケモノ』は狼狽えるサワダの肩を掴むと、その腹を思いきり殴り上げた。

「がふゥッ!?」

「サワダ君!? クソッ…………!」

「おおっと」

「がァッ!?」

 ミカワと思われる男が慌ててサワダの元へ向かうが、辿り着く前に『バケモノ』に顔面に肘を入れられ、そのまま昏倒した。

「あ、あああ…………」

 ガリ勉はその場にへたり込んでしまう。安堵などではなく、恐怖によって。

「…………あれ? アンタ、さっきの眼鏡さんじゃねっスか」

 ガリ勉に気づき、『バケモノ』は死屍累々のチンピラたちを踏み越えて近づいてくる。

「おれっスよ、おれおれ。さっきの茶髪カチューシャつったらわかるっス?」

「あ、あ…………」

 『バケモノ』――どうやら先ほどの少年らしき人物は、当たり前のようにガリ勉に話しかけてくる。これから何をされるのか想像も出来ず、ガリ勉はただただ震えた。

「どーっス? これ、全部おれ一人でやったんスよ。スゴくねっスか? 三人残らずやっつけたんスよ? 超スゲえっしょ?」

 同意を求めてくる少年(?)に、ガリ勉は「は、はい、そうですね……」と相槌を打つことしかできない。調子に乗った少年は「そうっしょそうっしょ?」と嬉しそうに頷いた。

「そこでアンタに相談があるんスよ――――こういう力、欲しくないっスか?」

「…………はい?」

 少年の言葉の意味がわからず、ガリ勉は呆然とする。

「だから、こういう力っスよ。さっきみたいにヘンなのに絡まれても簡単にやっつけられるようになりたいとか、思ったことないっスか?」

「………………」

「誰かに守られるんじゃなくて、自分が誰かを守れるようになる力っス。修行とか努力とか、そんなの必要ないんスよ」

 少年がガリ勉の肩をポンと叩く。いつの間にかその姿は、バケモノから人間のものに戻っていた。

「…………その力は」

「? なんスか?」

「その……その力があれば、ヒーローになることも出来るんですか?」

 ガリ勉がごくりと唾を飲んだ。その眼鏡の奥で、瞳が欲望の色に染まっていく。

「……そうっスね。アンタがそう使おうとすれば、出来ると思うっスよ」

 ――――釣れた。少年は内心密かにガッツポーズを取った。

「じゃ、じゃあその……お願い出来ますか?」

「はいっス。じゃ、こちらにどうぞ」

 ガリ勉は少年に手を引かれ、知らず知らずのうちに最悪の方向へと足を進めていった。


The Trailer→


「うん! せっかくのデートだからね、張り切っちゃった!」


「…………ひょっとして君もそうだったりするんじゃないか? 遠流君」


「空音ちゃんは誰にも傷つけさせません。ぼくが守ります」


「ソラたん、ずっと友だちでいようね。ワタシ、頑張るから」


「そいじゃ、そろそろ始めるっスかね」


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13.Pupil/嵐の前で


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