11.Bloom/立ち塞がるもの
「つ、ぅ…………」
胸と後頭部にひどい痛みを感じ、立入は目を覚ました。
「ここは…………いや、俺は…………!」
頭を押さえて立ち上がると、その拍子に薄れかけていた記憶が戻ってくる。怪人『ペブル』になってしまったこと、畔や長道を襲ってしまったこと、赤い怪人に胸の石――『ドロップコア』を壊され、それで元に戻れたこと。
「何やってたんだ、俺は今まで……! ………………いや、それよりも、畔…………!」
目の前でペブルに変身した友人を思い出し立入は頭をかきむしる。くそっ、関わるなって言ったのに、あの聖人バカ!
「あのままじゃいずれアイツも……畜生!」
畔を探さなければ。畔を探して、どうにかドロップコアを砕かなければ。立入がそれで元に戻れたのだから、そうすれば畔もきっと……
「畔――――――――――――ッ!!」
立入は土手を駆け上がり、畔の姿を探した。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎
サーズデイとオクト・エイスの戦闘は未だ続き、いつの間にか場所を当初の河原からさらに上流の方に移していた。
『はァァッ!』
「ケッ、クソがッ!」
オクト・エイスの拳を避けながら、サーズデイは打開策を見つけられない自分自身に苛立っていた。
(なんにしてもあの『粘液』が邪魔だ……)
(あれのお陰で攻撃がマトモに当たりやしねえッ)
(おまけに絶縁体だと? 厄介にも程があるッ!)
尚更腹がたつのが、その粘液は拳や脚には分泌されていないらしく、こちらの攻撃は滑ってもあちらの攻撃は普通に通ることだ。相手が特別パワーが強いタイプではないことが救いだが、それでも何発も食らうわけにはいかない。
(どうにかあのヌルヌルをひっぺがすか、それともあれがあっても関係ない攻撃を考えるか……か)
いくら考えてもそんな策は思いつかない。サーズデイの苛立ちは頂点に達しようとしていた。
「クソがァッ!」
怒りに任せてオクト・エイスを殴ったところで、その拳はオクト・エイスの肌を上滑りし、ぬらりとした不快な感触が残るだけだ。
『そんなものッ……――――うぐッ!?』
サーズデイの腕を掴みさらなる攻撃に転じようとしていたオクト・エイスだったが、突如頭を押さえて呻きだした。
『くっ……そろそろ限界か…………!?』
「ケッ…………」
限界。そう聞いて真っ先に思い浮かんだのが、畔の理性のことだった。
「こっちとしちゃ、ベラベラ喋らず暴れてくれるほうが殴り甲斐があるんだがな」
『どうだろうな……今の俺はまだ本気を出していないぞ? 全力の俺をお前は倒せるか?』
「ケッ! 言ってくれるぜッ!」
笑っているように言うオクト・エイスにサーズデイも鼻で笑う。
そう、笑った。
(なんでオレは笑ってんだ……こんなにイラついてんのに!)
思うように攻撃できない苛立ちの一方で沸き上がる不思議な愉快さにサーズデイは困惑していた。
(苦戦してるはずなのに……なんでこんなに楽しいんだよ!?)
『……成上。お前はきっと、本来ならば俺など敵わないくらい強いんだろうな』
まるでサーズデイの心を読んだかのようなタイミングでオクト・エイスが語りかける。
『お前は攻撃が通じていないと思ってるんだろうが……それでもその拳の重さは粘液越しにでも伝わってくる。これがなかったら、俺は早々にお前に倒されていただろう』
『だからお前は、苦戦したことがほとんどないんじゃないか?』
「!」
オクト・エイスの言葉にサーズデイは思わず動きを止めた。
『もちろん苦戦したこと自体はあるんだろうが……大抵の敵はその力だけで倒せたはずだ。だからその力が通じない相手との戦闘を考慮したことがない』
「……まるで見てきたように言うんだな?」
実際、今までのサーズデイは苦戦らしい苦戦はほとんどしたことがない。ウェンズデイ、フライデイとはそもそも戦闘に発展する前に相手が離脱するパターンが多く、やりあったこと自体が数える程しかない。まともに戦ってサーズデイが勝つことが出来なかったのはチューズデイだけだった。
『見えたよ。あいつ……ウェンズデイの眼を通して、お前が見えた』
「…………なんだと?」
『今のうちに「力」以外の戦法を考えたほうがいい。ウェンズデイはお前の「力」が通用しない怪人を生みだそうとしている』
俺のようにな、と呟き、オクト・エイスは腰を低くした。
『お喋りはもうおしまいだ。もう時間がない』
「待て……ウェンズデイの『眼』ってどういうことだ!?」
『さあ……俺にもよくわからん。気づいたら俺が見たことのように、それが見えていた……』
オクト・エイスの触腕がうねり、どこからともなく鉄球を作り出す。どうやら再び鉄球を投げつけるつもりらしい。
「ケッ!」
サーズデイはオクト・エイスからウェンズデイのことを聞きだすのを諦め、防御の体勢を取った。
『――――はァッ!』
「うおおおおおおおおおおおッ!」
オクト・エイスが投げたのを見るや、サーズデイは投擲された計四つの鉄球のうちの一つに狙いを定め、逆に自分から突っ込んでいく。
『なッ――――!?』
「ぐッ、うゥゥッ…………!」
当然、他の三つは避けられた代わりに、その一つをもろに食らってしまうことになる。自分から鉄球に突っ込みそれを腹部に食らって苦しむ、という異常な行動にオクト・エイスは思わず絶句した。
『成上…………何を…………!?』
「ケッ……く、はははは…………ッ!」
何をやっているんだ、避けるにしても他にやり方があっただろう、と言いかけて、オクト・エイスはサーズデイが笑っていることに気がついた。
「よくいたよなァ……ドッヂボールでわざと自分から当たりに行って、ボールをキャッチする奴が」
『ドッヂボール……? ……成上、お前まさか』
鉄球をキャッチするために、そんなことを?
疑問はなくなるどころか増える一方だ。何故キャッチする? 何故当たりに行く? 鉄球が欲しいのなら別に当たる必要はないはずでは?
「なるほどな……こりゃ痛い。硬さも充分だ」
サーズデイはさらに不可解なことを呟き、鉄球を右手で掴んで立ち上がる。軽く上に投げては受けとめ、また投げては受けとめを繰り返すさまはマウントに上がったピッチャーのようだ。
「ところでよ、畔」
『…………なんだ?』
「後ろ、気をつけたほうがいいぜ」
『!』
ハッとして振り向く――オクト・エイスの後ろ、踵から数十センチ先は川だった。
(夢中になっていて気づかなかった――――――――いや!)
気づく。わざわざ戦闘中に、相手にこんな忠告をするか? 放っておけばそちらが有利になりそうなものを――
(――――――違う!)
そうじゃない。サーズデイの狙いはそこではない。
(俺の視線を逸らすため――――俺の気を逸らすために!?)
顔を戻したときにはもう遅かった。サーズデイは持っていた鉄球を全力で振りかぶり、綺麗なオーバースローでオクト・エイスに投げつけていた。
「――――ッらあああああああああああッ!!」
サーズデイの手を離れた鉄球は、吸い込まれるようにオクト・エイスの腹部へ。
『ぐゥううううう………………ッ!』
自分の作り出したものとはいえ、その硬さと重さ、それにサーズデイ自慢の怪力が合わさり鉄球の威力はとんでもないものになっていた。
鉄球の勢いに押され、オクト・エイスは背中から川に落下してしまう。幸い浅瀬なので溺れるようなことはなかったが、それでもダメージを負ってしまうことには変わりはない。
『がふッ…………ぐうッ…………』
「どっかで訊いたことがあるのを思い出したぜ。タコは淡水に浸けるとすぐ死んじまうんだと。お前はどうだ?」
サーズデイに言われて気がつく――川の水に浸かった部位の粘液が洗い流されてしまっている。
「その様子じゃ『全然平気』ってわけでもなさそうだな?」
『…………そうだな』
だが、しかし。
『だからどうした。まだ戦いは終わっていない!』
オクト・エイスは川から起き上がり、近づいてきたサーズデイに掴みかかる。
『成上…………本気を出してもいいか?』
「やってみろ。それでオレが倒せるならな」
オクト・エイスは笑い、サーズデイも笑う。もしも人と人との間に友情が芽生える瞬間があるとするならば、二人の間に友情が芽生えたのは今まさにこのときだっただろう。
オクト・エイスの触腕がしゅるりと伸び、サーズデイの胴に絡みつく。触腕によってホールドされ、ほとんど身動きが取れない形になった。
『行くぞ、成上!』
「とっとと来いッ!」
オクト・エイスの右腕が唸る。傍目からにもそこに全身全霊の力が集まっているのがわかる。
『――――うッおおおおおおお――――――――ッ!!』
――――――ドッガァァンッ!!
その音を聴いて、まさか拳と頬がぶつかった音だとわかる人間はいないだろう。鋼同士をぶつけ合ったような轟音がサーズデイとオクト・エイスの肌を伝い、水面に幾重もの波紋を作った。
『く、ぅ………………』
今のパンチで力を使い果たしたのか、しゅるりとサーズデイの身体から触腕がほどける。殴った側であるはずのオクト・エイスは、既に息も絶え絶えになっていた。
そして、サーズデイは。
「………………今、のは……効いたぜ、畔…………」
頬にヒビが入り、そこから血のように砂が零れ落ちる。頬だけではない。ヒビは顔全体から首にまで及び、そこから人間の肌が見え隠れしている。今の一撃で脳が揺らされたのだろう、視線が定まらず、言葉も途切れ途切れだ。
だが、立っていた。サーズデイは倒れることなく、その両足で踏み止まっていた。
「……お前が殴って……オレが耐えたってこたあ…………今度はオレが、お前を殴る番だよなァ…………?」
いつ倒れてもおかしくないような傷でなお、サーズデイはぎしりと笑う。その様相に、オクト・エイスはただ笑うしかなかった。
『ああ…………そうだな…………』
「――――ッらァああああああああああッ!!」
サーズデイの拳によって自らのドロップコアが砕け散る音を聴き、オクト・エイスは苦笑しながら意識を遠のかせていった。
「…………クソッ、重てえな……」
川に倒れた畔の身体を担ぎ、サーズデイは土手に這い上がる。
怪人態を維持する余力も残っておらず、既に人間の姿に戻っている。赤く腫れ上がった頬に触れ、サーズデイは舌打ちした。
「ケッ……どう言い訳すりゃいいんだこの傷。さすがにこりゃ『転んだ』じゃ済まねえぞ……」
「………………畔ッ!?」
と、そこに頭にバンダナを巻いた目付きの悪い青年が走ってくる。
「おいっあんた……そいつ畔だよな!? あんた一体……」
「なんだてめえ……畔の知り合いか? ちょうどいい、こいつを頼む」
と、サーズデイはバンダナの青年に畔を託す。
「ちょ……重ッ!?」
「三十分待って目ェ覚まさねえようだったら救急車呼んどけ。命に別状はねえはずだ」
戸惑う青年に一方的に告げると、サーズデイは道路脇で待ち続けているだろうマシンカプリコーンの元に向かう。
「お、おい、待てっての!?」
「待たねーよ……」
二連戦で疲れはピークに達している。口を開くのも億劫な状態だった。
「ところがどっこい。待ってもらうぜ?」
だから、カプリコーンの前で仁王立ちしていた彼女の相手など、到底不可能なコンディションなのだ。
「てめッ…………チューズデイ!?」
「よう。当たり前だが、やっぱあんたが勝ったんだな。あんたがあたし以外に負けるとかありえねーもんな」
カプリコーンを叩きながら豪快に笑うチューズデイを見てサーズデイは歯軋りする。『PIPI……』とカプリコーンが不安そうに鳴く。
「……なんの用だよ。オレはてめえに用なんかねえぞ」
「馬っ鹿、あたしがあんたに会う理由なんて一つしかないだろ?」
花のように展開した右手を見せながらチューズデイは言う。
「やろうぜ?」
「嫌だ…………つったら?」
サーズデイはカプリコーンを見る。近づこうにも真正面にチューズデイがいて出来ない。脳筋胃袋のくせに妙なところで頭が回りやがる、とサーズデイは内心で舌打ちした。
「おいおい、つれないこと言うなよ。目の前であんなもん見せられたんだ、カラダが疼いてめらめらしてしょうがないんだよ」
「知るかそんなこと!」
本当に――タイミングが悪すぎる。
たとえベストコンディションでも彼女の相手をするのは厳しいというのに、この疲れきった身体で戦うのはカナヅチが底無し沼に重りをつけて飛び込むような自殺行為だった。
「今は無理だ……せめて明日にしろ。弱った奴と戦っても楽しくないだろ?」
「そうは言ってもなー……じゃあ、あたしも頑張って手加減してみるからさ。一回だけ、な?」
どうやら一回でも戦わないと気が済まないらしい。サーズデイは頭を抱えたくなった。
「…………一回だけ、だな?」
「お! やってくれるんだな!?」
チューズデイが嬉しそうにブルゾンの胸元を開く。パーにした左手を右腿の付け根に回し、花のようになった右手を胸元の石――ジュエルコアにスキャンするように腰から左肩までスライドさせ、叫ぶ。
「――――変ッ……身!」
チューズデイの姿が光に包まれる。光の後に現れたのは、薔薇の花のような形状の頭部を持ち、右手が大砲のようになった、全身に蔦を這い回らせた黄金色の女性怪人だった。
「さあ来いッ!」
「うおおおおおおおおおおおッ!」
サーズデイは変身しないまま、チューズデイ目掛けて突進する。
「レフトブルームッ!」
チューズデイは腰のホルスターからフリントロックに似た形状の拳銃を抜き、左手に構えた。
だが。
「ッらあああああああ!」
サーズデイはチューズデイにぶつかる寸前に方向を変え、ほとんどタックルするような形でカプリコーンに飛び乗った。
「んっなあああああああ!?」
「てめえの相手なんかしてられっかよ! カプリコーン! 全速力でぶっちぎれェ!」
『PIPI!』
サーズデイを乗せたカプリコーンは猛烈な勢いで走り出す。
「なんだよそれっ……その気にさせといてそれはないだろお!?」
「てめえが勝手にその気になってただけだろーが! 続きはまた今度にな!」
「ちっくしょーッ!」
チューズデイは悔し紛れにレフトブルームでカプリコーンを撃つが、命中せず地面に穴が空いただけだった。
「覚えてろよ――――――ッ!?」
その日、河原脇の道路では、最強のはずの怪人が三下の雑魚のような台詞を絶叫するというとても珍しい光景が見られたという。
The Trailer→
「…………いや、その。そんな、心配するようなことじゃないから、大丈夫だよ?」
「じゃ、明日楽しみにしてるから!」
「人使い荒いんだからなー、チューさんもウェズさんも」
「『善意の第三者』、ってヤツっスよ」
「こういう力、欲しくないっスか?」
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12.Shark/潜行する悪意