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改造人間サーズデイ  作者: 古月むじな
Ⅰ:怒れる雷、嗤う風
1/66

1.Red/現れた男

 冗談じゃない。……いや、冗談であってほしい。

 眼前の光景は、そんなわけのわからないことを願わせるには充分なほど突飛で異常だった。

「ケッ、雑魚がよぉ――随分楽しそうに遊んでんじゃねーか? あァ?」

『グ、グゥウウ…………!』

 私の目の前、もっと言うとひしゃげてスクラップ状態のバスには、二人の人物がいた。

 いや――人物ではない。その二体の風貌は、間違っても『人間』と呼べるようなものではなかった。強いて言うなればそれらは、『怪物』や『怪人』とでも呼ぶべき姿形をしていた。

 一方――チンピラのような口調でもう一方を挑発していた方――の肉体は、さながら乾きかけた血のように赤黒く、岩肌のように頑強な筋肉によって構成されていた。腰蓑や肩当てや膝当てなど最小限の防具以外は何も纏っていなかったが、何故かその姿は生身だとは思えなかった。胸部の中央には真紅の宝石に似た石が埋め込まれ、ぎらぎらと輝いている。

 そしてその顔は――よくファンタジーに出てくる獣人のように、ヒトとケモノが混じりあったものだった。ライオンのようなたてがみを生やしているが、頭頂部に生えた長い角や面長気味な面構えといい、むしろ山羊に似ているかもしれない。

 もう一方は、牛と虎を足して二で割ったような顔つきだった。山羊角と比べるとやや小柄だがそれでも人間離れした強靭な体躯を持っている。肩や肘、頭部には象牙に似た角を生やし、そして彼の赤茶色の胸部にも、若草色の石が光っていた。

 そんなどう見ても人間とは思えない姿の二体が、かたやハンマー、かたや釘バットを構えて戦っていた。似たような姿をしているが、どうやら味方同士というわけではないらしい。

 ……確か、最初に現れたのは象牙のほうだった。ちょうど私がバスから降りたところで現れて……乗客たちに襲い掛かり、バスをめちゃくちゃにぶっ壊した。そして客やバスの運転手があらかた逃げ出したあとに山羊角が現れ、象牙にハンマーを向けたのだ。

 ……え? 私? 足が遅いから逃げ遅れました。言わせないでください恥ずかしい。

「――はぁッ、らァッ!」

 山羊角がハンマーで象牙の腹部を殴る。象牙は『グァウ…………!』と呻いて後ずさりした。

「ケッ――弱ェな、お前」

 ハンマーを肩に担ぎ、山羊角は言い放つ。

「こっちのやる気が削がれてくるぜ――てめえ真面目にやってんのかあ? 本気でソレならいくらなんでも雑魚すぎんだろ……」

 挑発かと思ったら、どうやら本気で呆れているらしい。バスを巨大な鉄屑にするような怪人が『雑魚』なんてとても思えないのだが……。

「……まあいい。面倒だ、さっさと終わらせんぞ」

『グ、ガ…………』

 山羊角は象牙にゆっくりと詰め寄る。肩に担いだままのハンマーからばちん、ばちんという異音がし、ハンマーが赤く光りはじめる。

「恨みなんてねーが……てめえにはここで潰れてもらうぜ――――!」

 山羊角が光るハンマーを象牙に振りかぶった瞬間――――


『――――グルァアアアアアアアアアッ!!』


「なっ――――!?」

 象牙が口から無数の小石のようなものを勢いよく吐き出した。山羊角は咄嗟にハンマーを盾にして防いだ。外れた小石たちはアスファルトやバスに命中し、いくつもヒビや穴を作った。

「――――ひっ!?」

 そのうちの一つが私のところまで飛んできて、私は慌てて身を竦める。幸い小石は私には当たらず、ガギン、とアスファルトに激突した。

「な――まだ誰かいんのかッ!?」

 私の声が聴こえたのか、山羊角がこちらの方を見る。

『――グラァッ!』

「あ――てめッ、待ちやがれ!」

 一瞬山羊角が私に気をとられた隙に、象牙は後方へ大きく跳躍した。それに気がついた山羊角は慌てて追いすがるが、既に象牙の姿は消えていた。

「ケッ、逃げられたか……」

 山羊角は忌々しそうに舌打ちをする。そして再びこちらを見た。

「……なんでお前は逃げてねーんだよ。じろじろ見やがって、そんなにバケモンが珍しいか? あァ?」

「う、ぅ…………」

 山羊角がガンを飛ばしてくる。……正直に言って、怖い。象牙と戦ってはいたけれど、彼が正義の味方であるという保証はどこにもないのだ。

「……ケッ。ガキ殴る趣味はねえ。さっさと行けよ」

「え、あ……」

「――早く行けッ! グズグスすんな、捕って食うぞッ!」

「は――はいっ!」

 山羊角に凄まれ、私は思わず駆け出した。

「トロいッ! キリキリ走れぇ!」

「………………っ!」

 ……冗談じゃない。なんなんだあいつは。

 急に走ったせいか、なんだか頭痛がしてきた。




 この町に『怪人』と呼ばれる存在が現れたのはいつ頃からだっただろうか。

 公、というか表向きは都市伝説ということにされている。当たり前だ、誰が信じるものか。特撮の着ぐるみみたいな格好の化け物が暴れているなんて。

 私自身、さっきこの目で見るまでまったく信じていなかった。怪人実在派の友人はしきりに見たと主張していたが、「夢でも見たか、見間違いじゃないのか?」と内心疑っていた。

 なんの為に現れるのか、何が正体なのかは今もって不明だ。友人によると怪人の行動はまちまちで、象牙のように物を壊したりあるいは人を襲ったりするが、しかし誰かを助けるような姿は目撃されてはいないらしい。

 あの人は、あの山羊角はどうなんだろう。どうしてあの場に現れて、どうして象牙と戦っていたんだろう。

 …………なんだか頭痛が強くなってきた気がする。早く家に帰って、少し休もう。




「ただいま帰りました」

「ああ、おかえり」

 玄関の扉を開けると、やけに上機嫌なのり子さんが出迎えてくれた。

 綿貫(わたぬき)祝詞(のりと)。私の叔母で、主にミステリを書いている小説家。両親が出張で海外へ出かけている間、こうして居候させてもらっている。愛称はのり子さん。

「原稿、終わったんですか?」

「ああ、最高の仕上がりだ」

 いつもはほとんど仏頂面でデスクトップと睨んでいるのり子さんだが、今日は晴れやかに笑っている。詳しいことは知らないが、のり子さんはどうやらそれなりの売れっ子らしい。書店などで『沖野(おきの)鬼子(おにこ)』というペンネームで訊けば、ミステリコーナーで平積みにされているのり子さんの作品に出会えるはずだ。

「じゃあ今日はお祝いですね! 何か食べたいものありますか?」

「うーん……鯖がいいかな。鯖味噌が食べたい」

 鯖なら冷凍で買い置きしてあったはずだ。昨日買い物したばかりだし、新たに何か買う必要はないだろう。

 出来れば料理する前に、邪神が這い出て来そうなレベルで混沌と化したであろうのり子さんの部屋を片付けたいが……体調が思わしくないので今日はやめておこう。

「うん……どうした空音(そらね)ちゃん。なんだか顔が赤いように見えるが」

「え…………」

 思わず顔に手を触れる。幸い、頭痛は治まっていたが……やはり風邪でもひいたのだろうか。

「すみません、なんだか頭痛がして……今はもう大丈夫だと思います」

「そうか……いや、無理はしないほうがいい。もう春とはいえ、拗らせたら大変だ。夕飯も楽なものでいいよ」

 気を遣わせてしまった。こっちが居候なのに。

「大丈夫ですって。多分、花粉症か何かです」

 いや、花粉症じゃないから絶対違うけれど。そもそも花粉症は頭痛はしないだろうし。

「いや、花粉症は違うだろう――」

 案の定のり子さんが否定しようとしたとき――庭の方からずどぉん、という何かが墜落したような轟音が響いた。

「――今のはなんだ? ……隕石でも降ってきたのか?」

「……………………」

 ……考えすぎ、だろうか。今の音と、さっきの怪人とを結びつけてしまうのは。

 非現実的な体験をしたせいで、些細なことがそれらしい出来事に思えてしまうだけだろうか。大体、何が落ちてきたのかもわからないのに。

「……見に行ってこよう。隕石じゃなくても、何か厄介な物が落ちてきたのかもしれない」

「わ、私も行きます」

 とにかく今は、音の正体を確かめることが先決だ。私は急いで靴を脱ぎ、のり子さんと一緒に庭へ向かった。




「……………………」

「……………………」

 結論から言うと――音の正体は人間だった。

「――う、うぅ……」

 土煙の舞う中、人型にくぼんだ穴に人間が倒れているという光景は、間違っても家の庭で起きていいようなものではないシュールさだった。

 落ちてきたらしい男は二十歳前後の青年で、黒いライダースーツを着ていた。染めているのか髪は赤く、一見すると都会の主にライブハウス周辺に生息してそうな人種に見える。

「あ、あの…………」

 とりあえず庭に降り、青年の様子を窺う。関わりたくない雰囲気がばりばり出ていたが、このまま放置するわけにもいかないし。

「ん…………」

 と、赤毛の青年がぱちりと目を開ける。青年は私の顔を見るなり、いきなりがばっと起き上がった。

「き、君は――!?」

「え……?」

 「知り合いか?」とのり子さんが訊ねてくるが、私には見覚えがない。こんな派手な頭と服なら一度見たら忘れるはずないし。

「……い、いや……なんでもない、です」

 青年は私たちの反応に「しまった」というような顔をし、慌てて否定した。思わせ振りすぎて追及する気も失せてくる。

「……まあ、そのへんはおいおい訊くとして。君はどうして、どこから落ちてきたんだ? 凄い音がしたが、怪我はしてないのか?」

 早くもげんなりしてきた私とは反対に、のり子さんは嬉々として質問攻めにする。作家という職業柄か、のり子さんは妙なことに興味を示すきらいがある。

「い、いや、あの、その………………すいませんっ!!」

 逃げた。のり子さんの質問に答えることなく、赤毛の青年は逃げ出した。立ち上がって塀に飛びつき、あっという間によじ登って逃げていった。


「本当に、すいませんでした――――――っ!!」


「……………………」

「……………………」

「……なあ、空音ちゃん」

「……なんですか?」

「あれ、なんだったんだろうな」

「さあ…………」

 いや、こっちが訊きたい。

「ところで、庭の穴、あとででいいから片付けといてくれないか?」

「えっ」

 あれ、私がやるの?



 ◎ ◎ ◎ ◎ ◎



『うぇんずでいサマ~聞イテ聞イテ~!』

『うぇんずでいサマ~言ワセテ言ワセテ~!』

 とあるビルの屋上に佇む男に、上空から二羽のカラスが寄ってきた。

不義(ふぎ)無二(むに)……随分嬉しそうですね。何があったのです?」

 男の様相は、あからさまに『奇妙』だった。白いスーツ、白いネクタイ、白い革靴と白づくめの服装をしているからか。右目を眼帯で覆っているからか。喋るカラスが寄ってきてもまったく動揺していないからか。あるいは男の笑みが笑みとは思えないいびつなものだからか……とにかくこの男からは、人間離れした何かを感じとることができただろう。

『一ツハアンマリ良クナイにゅーす~』

『モウ一ツハチョットダケ良イにゅーす~』

『『ドッチヲ先ニ聞キマスカ?』』

「そうですね……」

 男に話しかけるカラスたちは、片方のカラスは右の翼だけが白く、もう一方のカラスは左の翼だけが白かった。白い翼の右左で男はカラスたちを見分けているようだった。

「……悪いニュースからお願いします」

『アノネ、サッキ「ふぇぶ・さーど」ガ「さーずでい」ト戦ッテタンダ~』

『デモネ、「ふぇぶ・さーど」ガ負ケチャッタンダヨ~』

『トドメヲ刺サレル前ニ逃ゲタケド~』

「……負けましたか。まあ、予想はついていましたが」

 顎に手をやり、男は考えるような素振りを見せる。

「問題はありませんよ。元々あれは囮で、本命は別にいるのですから」

『ソウナノ? 良カッタ~』

『本命ッテダアレ? ボクタチガ知ッテル人~?』

「それは秘密です。今言ったらあとで楽しみがなくなるでしょう?」

『エ~、ソンナ~』

『うぇんずでいサマ、ケチ~』

 カラスたちは男の周りを羽ばたきながらブーイングを上げる。

「で……良いニュースというのは?」

『エットネ~、戦イガ終ワッタアト、ボクタチ「さーずでい」ニ遭ッタンダ~』

『屋根ノ上ニイタカラ、チョットカラカッテヤッタンダ~』

『ソシタラ、屋根カラ足滑ラセテ落ッコチテヤンノ~』

『チョーマヌケ~、カッコワル~』

「うくく……それは愉快ですねえ」

『『デショ、デショ~?』』

 その後もカラスたちはケラケラ笑いながら落下したサーズデイがいかに間抜けだったかを語る。しかし、男はそれを聞き流し、まったく別のことを考えていた。


(フェブ・サードがやられたとなれば……彼の相手はエイプル・ファースト一人だけでは荷が重すぎますね。サーズデイがフェブ・サードにかまけているうちに、人員を補充しておかなければ……)


 日が沈みだし、茜色に染まっていく空を背景に、ウェンズデイと呼ばれている男は「うくく」と笑った。

The Trailer→


「……えっと、なんていうかその……また、会ったね」


「……あなた、怪人なんて信じてるんですか?」


「………………誰が山羊みてーだとォ?」


「ぼくの名前は成上遠流。好きな仮面ライダーはファイズです」


「オレの名前だよ――オレを呼びたいときはそう呼べ。二度と『山羊』なんて口走るな」


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2.Goat/彼の名前は

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