魔法“少女”は27歳
「とりあえず、生二つ頂戴」
斎藤瑞希は至極当然のようにビールを頼んだ。
「あ、あの、お客さま…… 失礼ですが、年齢は?」
店員が戸惑うのも無理はない。
瑞希はどこからどう見ても中学生、いや小学生と言っても通るだろう。
向かいに座るオレに助け舟を求めて視線を向けてくるが、微笑んでやり過ごす。
「ん? ああ、免許証ね。はい」
少女の取り出したゴールドの免許証には『1984年生まれ』と確かに書いてある。
訝しげに免許証の写真と瑞希の顔を見比べていた店員が、「ドリンク注文入りまーす」と声を上げる。どこからどう見ても納得した顔ではない。
「斎藤ちゃん、相変わらず遊んでるな」
「そう? こういう身体なんだからちょっとは楽しまないとねぇ」
早速やってきたビールで「お疲れ様」と形だけの乾杯をする。
なんと言っても、オレと瑞希は敵同士なのだ。
○
斎藤瑞希は、かれこれ15年も“魔法少女”をやっている。
魔法少女会のベテランと言っていい。
明治時代に現在とほぼ同じ形の“魔法少女に関する法律”が施行されてからでは、最長記録のはずだ。
「この温たまシーザーサラダと、若鶏のザンギ、焼き鳥盛り合わせと…… そっちも何か頼む?」
「じゃ、枝豆ときゅうりの一本漬けを」
「淡白ねぇ。そんなんじゃいつまで経っても勝負がつかないわよ」
「余計な御世話だ」
そう。
斎藤瑞希が魔法少女を続けているのはオレ達グランドサザンクロス京阪神支部との決着が着かないからに他ならない。
普通の魔法少女なら1年4クール52週で綺麗に纏めるところを、何故か15年経ってもだらだらと戦っている。
神祇省もせっつくのを諦めたらしく、最近は何も言ってこないらしい。
魔法少女に倒されない限り、オレ達怪人も消えることはない。一年限りの命のはずが、随分長生きしたもんだ。
「後輩のあーちゃんの所、今度赤ちゃん生まれるんだってさ」
「あーちゃんっていうと斎藤ちゃんの三代後か。どんどん片付いちゃうな」
「平成生まれの魔法少女が出てきたときにはびっくりしたけど、後輩に子ども生まれるのはキツいわぁ」
「斎藤ちゃん自身が子どもみたいなもんだもんなぁ……」
「うっせぇ、唐揚げ寄越せ、唐揚げ!」
初潮も来ない内に20歳を越えるって、どんな気持ちなんだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、煙草を吸う瑞希の方を見るともなしに見る。
ピアニッシモの甘い香りが鼻につく。
紫煙はゆっくりと居酒屋の天井に昇っていき、消える。
「で、これからどうするつもりなの、斎藤ちゃん」
○
酔い潰れた瑞希を背負って家まで送って行くのも、もう恒例行事になってしまった。
警官に職務質問されたのも一回や二回ではない。
戦いつかれた魔法少女の身体は、こちらが悲しくなるほどに、軽かった。
さっきの質問に、瑞希は答えなかった。
これほど長い間魔法少女をやっていた例は、他にない。
今更オレ達を倒した所で、失われた時間は取り戻せない。
一番不安なのは、瑞希自身なのだろう。
……もう少し、このお姫様に付き合ってやってもいいかな。
せめて、後2、3回はこうやって酒を酌み交わしたい。
空にはまだ大人になり切らない月が昇っていた。