「仕事辞めちゃえば?」と言われたので、辞めようと思います
「聖女、辞めます!――13年間、国のために働きました。今日からただの女の子になります」のエリザベート視点です。お立ち寄りくださった皆様に幸あれ。
『事実は小説より奇なり』と古来から申しますけれど、これを見ると納得せざるを得ませんよね。
目の前には1組の男女。
社畜王太子・アレックス殿下と、限界聖女・マリー。
『おい、準備はいいか?』
『バッチリよ、いつでもかかってきなさい!』
「エリザベート・メイ・オルコット!我慢の限界だ!婚約を破棄する!」
「おっほほほ。あーーら、いやだわ!ついにおかしくなられましたの?この半年、一度もお顔も見せなかった王太子殿下!」
マリー、あなたの番よ?
視線を投げかけると、一瞬顔を顰める。と、思えば、甘ったるい声が広間中に響いた。
「アル様ぁ♡早く私のことも紹介してくださいよぉ♡」
⭐︎
皆様、混乱されているでしょう?
一番混乱しているのはおそらく彼女ですからご安心くださいまし。
こほん。
ことの始まりは13年前に遡ります。が、マリーがペラペラとしゃべっておりましたから私からの説明は不要でしょう。かいつまんでおくと、この国では5歳になると、教会で洗礼と聖力測定が行われます。今代の聖女がマリーです。
アレン様に初めてお会いしたのは、親が縁談をまとめた数日後。5歳の時のお茶会です。緊張してお茶を少しこぼしてしまった私に、ハンカチを差し出してくださいました。
マリーとの初対面は6歳のとき、王都で聖女披露目の儀の後の夜会でご挨拶いたしました。以来、年に一度王都に戻った際には必ずお茶会をしている親友でございます。
年が経つにつれ、人は変わるもので。
アレン様は、銀狼殿下と呼ばれて国務省を一人で動かすほどに成長なさり、マリーは国中を飛び回り稀代の聖女へ。私は白薔薇令嬢と呼ばれるようになりました。聖女のお役目は国の浄化と、チャリティー等。私とアレン様の役目は、国政。ですが、役人からあれもこれもと請け負っていたところ、いつの間にか徹夜が常態化。城の奥の部屋で、婚約者と2人、書類の山を崩し続ける毎日です。ボトルに入ったミドドリンクは、最初はなんて禍々しい色、体に悪いから絶対飲まないわと思っておりましたのに。いつの頃からか徹夜のお供はあのボトルです。
17の時。
禍々しい緑色の液体の入ったグラス2つと、空になった大ぶりのボトルが10本。机にのらず、床に置いた大量の書類。いつもの如くペンを携え目の前の紙を捌いていたところ、
「ついに足の踏み場もなくなったかぁ……」
と、声が聞こえました。
「んぁ?あぁ、なんだイカレ聖女のご帰還か」
書類の山で何も見えませんが。
「おかえりマリーそこの書類取って。あとミドドリンクのボトル5本持ってきて」
視界の端で、何かがひょいと窓枠に飛び移るのが見えました。本当に軽々と動くわ……
「ボトルは?」
「んなもん渡すわけないでしょ。命の前借りなんだから」
あぁ、命を前借りてでも終わらせたい。あれ飲むと心臓がバクバクしてとっても作業が進むのに。
「おいマリーそこの財政の書類こっちにくれ」
「ほい」
空は曇天。
「働けど働けどってこのことかしらねぇ」
「おーー俺は働いて働いて参りますよーー」
「働くわよ〜手を見ても記憶よりもくすんだ様相だけどねぇ」
はて、こんなに私の手は土気色だったかしら。
「なんかもう、いいんじゃない?」
「何が」
「んー全部?」
遠くに聞こえる声をぼんやりと掴み損ねている感覚。
「あんたら、退職したらいいのよ」
⭐︎
一瞬の沈黙。私、今ついにおかしくなったのかしら。いいえ、どう考えてもマリーがおかしくなったんだわ。
「マリー、ついに頭まで筋肉になったのね……」
「違う!なんて事言うのエリー!やめてその顔!」
呆れた顔でアレン様が口を開く。
「教会のジジイどもになんか言われたのか?」
「そうだけどそうじゃない!!」
キィィと地団駄を踏む聖女のせいで、机がガタガタと音を立てる。
「あんたら二人で動かせるのはすごいけど、もっと他人を使うべき!」
「向こうが俺に任せてくるんだぞ?」
「それに、国を背負うものの責務でしょ?お役目は果たさないといけないわ」
「たとえ役人どもが呑気に賭け事に興じていても?」
「ええと」
「たとえ役人が私腹を肥やしていても?」
「もうすぐ告発書ができるわ」
「全部が全部ひとりでできるもんじゃないんだから!よくわかんないけど、絶対なんか間違えてるわよ!」
「えー」
「えーじゃなくて!」
ちょっと抜けているようで聡いど根性聖女は、わなわなと肩を震わせ叫んだ。
「おかしいでしょうがぁ!一部の人だけ大変とかおかしい!もっと働けコノヤローー!」
ビリビリと空気が揺れる。
ぜいぜいと肩で息をするマリー。
思わずため息が出る。
「……心の叫びか」
「……渾身の叫びね」
「聞こえてんよ、そこのバカップル!爆発しろ!」
⭐︎
年が明けて18の年。
稀代の聖女様が周遊に出てしばらくした頃。王都で大捕物があった。逮捕された多くは上級役人。手柄を挙げたのは第二王子殿下であられた。見事な采配だわ。
報告書類を眺めながら、ふっとある考えが浮かび上がる。山を押し退けてアレン様を見遣ると、パチリと目が合った。
「なぁ、ベス」
「はい」
「辞めるか」
「そうね。第二王子殿下も頼もしいもの」
ミドドリンクを飲んで睡眠時間をさらに削って、それぞれに引き継ぎ書を作り始めた。今までの政策の意図、なぜそう考えたプロセス。現状考えられる懸念点。聖女に関する項目も作った。マリーから聞き出し推測される問題点と、それを作り出した根本的欠点。
私たちが今までできていなかったことは、周りに任せること。為政者たるもの、周りに仕事を割り振って然るべきだったのに。
マリーは、そこを突いた。さすがとしか思えないわ。
私たちが行方をくらませ、第二王子殿下に引き継ぐには、私たちがおかしくなったと知らしめなければならない。
まず、溜まった多くの書類から緊急性の高いものだけこっそりと済ませ、アレン様と2人で大暴れする。乱心した、と思わせる。
アレン様が、マリーに会いたいなどと大声で言う。
人目の多いところで大喧嘩する。
そしてマリーが王都に戻ってきた日。殿下が私を婚約破棄、混乱に乗じて逃亡する。
「婚約破棄、必要??」
「あら!必要よ。名君と名高いあなたがおかしくなったと思わせられるし、私は家から勘当されるもの」
「俺は婚約破棄嫌なんだけど」
「必要だもの。一回別れましょう」
「ベス!?」
しくしくと泣く婚約者を尻目に、早馬を使ってマリーに手紙を送った。『マリーが殿下を誘惑し婚約破棄、混乱に乗じて逃亡するという筋書き』を送ったはずだが、返ってきたのは、『今のところ、誘惑するキャラはぶりっこしか見つからない。あと、権力と金は私がもらう』という内容だった。前半はさておき、後半はどうみてもおかしい。
頭を捻りながら手紙を読む。ここ数日駄々をこね続けられて、流石に叱りつけたアレン様がゆらりと近づいて覗き込んできた。
「自分も逃亡するって発想がないんだろうな」
私だけでなくあなたも彼女のことお気に入りなのに、それに気づかないなんて。
「あの子もだいぶおかしいわよね」
アレン様は長々とため息をつく。
「もう一度早馬送るか?」
それも考えたけれど。
ふるふると首を振った。
「もう次に行ってるわよ。入れ違いになる」
婚約者は、諦めたようにつぶやいた。
「人員も割けないしな。諦めるか」
「そうね。面白いからこのままにして、こっちで勝手にあの子も連れて行く準備しておきましょう」
多分、きてくれる。
そこから半年は、アレン様とも会えない日々が続いた。彼にも会えないなんてストレスでしかないわ。あぁでも、もうすぐその日が来る。解放の時が来る。
⭐︎
婚約者とは半年ぶり。親友とは一年ぶりの再会。
私たちの作り出した状況が面白くて仕方ない。
「アル様ぁ♡早く私のことも紹介してくださいよぉ♡」
「ブッ」
アレン様ったら。あ、死角で脇腹殴られたわ。
「ご、ごめんよ。は、ハニー?」
ハニー。私にも呼んだことないのに。少しだけ眉を跳ね上げると、彼がびくりと身をすくませる。じっとこちらを睨みつけてくるが、目の奥は弁明で必死だ。
『違うから!俺が好きなのは君だから!』
すっと視線を移すと、マリーは震えながら俯いている。心なしか青ざめているのが見えた。プルプルとして子犬のよう。
『気持ち悪いぃぃ』
ふっ。
ミシリと手の中の扇子が音を立てた。あらいけない、冷静にならなくては。ふっ。ふふ。笑いで涙が出てくる。
俯いて涙を拭う。演技に関しては、アレンも私も漠然としか考えていなかったわ。周りの貴族が状況を把握する前に終わらせなければ。あと扇子が壊れる前に。
「聖女様とあなたがそんな仲だったとは思いませんでしたわ……」
「君が彼女をいじめたのだろう?報告は上がっている!」
「だって、いつも衣服がみすぼらしいんですもの。汚らしいわ」
「なんたる言い様!国外追放とする!」
「衛兵!エリザベートを連れていけ!行くぞマリー!」
パチリとアレン様と目が合う。
『また後で』
『気をつけて』
私を引き立てた衛兵は、彼の腹心。こういう気遣いが行き届いているから、愛おしいのよね。
「エリザベート様、関所までお送りいたします」
「ありがとう」
実家はどうなっているだろう。両親は私にあまり興味もなかったもの。まぁ、どうにでもなるか。船の手続きを済ませ、渋る衛兵さんを城に返す。
「あ、いた」
マリーは、見た目とは大違いの身軽な動きで、と、と、とん、と馬から飛び降りる。
「ベス、船の準備は?」
「できてるわ。あとは乗り込むだけよ」
「さすが。じゃ、行くぞ」
「えぇ。ほら、行くわよ」
ここからが勝負。
「気をつけてね?」
ふっと微笑んだあと、改めて完璧な令嬢スマイルを浮かべる。
「あなたも、行くのよ?」
ピシリとマリーの動きが止まった。
「はい?」
目を白黒とさせている。
「え、私残るって言わなかった?」
「言ってたけど。一緒に行くでしょ?」
すがるようにアレン様に視線を向けている。無駄ですけどね。
「ベスが言うなら、そうなる運命なんだよ」
ほら。
「え、お金は?権力は?」
「弟に渡ったぞ。875ページの引き継ぎ書も添えてな」
「嘘ぉ!」
お金が欲しいのはよくわかったけど。ほんと面白いわこの子。
「せ、聖女は?」
「弟に色々言っといたから。大丈夫」
「何が?あと、第二王子殿下すみません!」
もう、ひと押し。
「ね、マリー?一緒に行きましょうね?」
「私カップルに挟まるとか嫌なんだけど!」
「あら、旅した先でかっこいい彼氏ができるかもしれないのに?」
「彼氏?」
「この国から出れば、稀代の聖女もただの女の子だもんなぁーー」
「ただの、女の子……」
ザザッ……と波音が聞こえる。海の向こうにも、人はいる。なんて心踊る事実なのだろう。そうは思わないかしら、マリー?
「ーーっ、しっかたないなぁ!」
「そうこなくっちゃ!」
「おっしゃ、行くぞーー」
「彼氏!イケメンの彼氏作る!取り戻せ青春!!お金もがっぽりゲットする!!」
「その意気その意気。俺よりイケメンがいるか知らんけどな」
「あら、どこにイケメンが?」
「ベス?俺のこと好きなんだよね??」
えぇ、好きですとも。どこが好きか、なんで好きかなんて、ここでは言いませんけれど。
マリーは跳ねるように一歩踏み出すと、太陽のように笑った。
「稀代の聖女こと、マリー・エヴァンズ!」
「聖女、辞めます!」
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「聖女、辞めます!――13年間、国のために働きました。今日からただの女の子になります」もぜひあわせてお楽しみください。




