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第5話:愛と勇気だけが友達さ

丸山隆まるやま・たかしの密かな楽しみは、毎朝、総務部の高橋結衣たかはし・ゆいと挨拶を交わすことだった。

 彼女は、いつも汗ばんでいて不格好な丸山に対しても、社内で唯一「おはようございます、丸山さん」と、分け隔てなく澄んだ笑顔を向けてくれる女性だった。丸山の心の中には、決して口には出せない淡い恋心が芽生えていた。

 ある日の夕方。

 丸山は、結衣が給湯室で一人、声を殺して泣いているのを見てしまった。彼女が責任者を務める明日の重要イベントで、発注の手違いがあり、配布するはずの数百個の記念品がすべてキャンセル扱いになっていたのだ。今からどこに頼んでも絶対に間に合わない。彼女の責任問題になり、会社での立場も危うくなるのは確実だった。

 丸山は、誰にも何も言わずに会社を飛び出した。

 外は冷たい土砂降りの雨だった。丸山は傘も差さず、心当たりのある下請けの工場を何軒も駆け回った。

「どうか、今夜中に作ってくれませんか! 僕が一生かけて恩は返しますから!」

 泥だらけのスーツで、床に額を擦り付けて土下座をする丸山。不格好で汗だくの丸山が、なりふり構わず涙ながらに懇願する異常なまでの必死さに、ついに一軒の小さな工場長が「……そこまで言うなら、徹夜でやってやるよ」と折れてくれた。

 翌朝。無事に数百個の記念品が会場へと運び込まれた。

 丸山は、徹夜明けの充血した目とシワだらけのスーツのまま、後輩のイケメン社員である佐々木を非常階段に呼び出した。

「これ、佐々木くんが徹夜で手配してくれたことにして、高橋さんに報告してくれないかな。僕みたいな冴えない男が恩着せがましくしたら、彼女、絶対に困っちゃうからさ」

「え……でも、丸山さんがそこまで泥被る必要、ないじゃないですか」

「いいんだよ。お願い」

 丸山がへらへらと笑って頭を下げると、佐々木は複雑な表情で頷いた。

 イベントは大成功に終わった。

 フロアの隅から丸山が見つめる先には、安堵の涙を流し、「佐々木くん、本当にありがとう」と佐々木の手を両手で握りしめる結衣の姿があった。佐々木もまた、結衣の涙を見て優しく彼女の肩を抱き寄せていた。

 その後、ピンチを救ってくれた佐々木に結衣が惹かれ、二人が付き合い始めたという噂が社内に広まるのに、時間はかからなかった。

 帰り道。一人でコンビニの安い肉まんを頬張りながら、丸山は雨上がりの夜空を見上げた。

 胸が痛い。張り裂けそうだ。彼女の隣で微笑んでいるのは、泥だらけになって頭を下げた僕じゃない。僕は一生、あんな風に誰かから愛されることなんてないのだ。

 ――でも、彼女の絶望を笑顔に変えることができたのは、間違いなく僕だ。

 僕が動かなければ、彼女は今頃、絶望の淵で泣き続けていたはずだ。誰に知られなくても、彼女が今、幸せに笑っているのなら。僕の行動には、確かな意味があったんだ。

「……愛と勇気だけが、友達さ」

 丸山は肉まんを飲み込み、誰もいない夜道で小さく呟いた。

 涙で滲む視界の先で、丸山は今日も、ただひたすらに不格好な微笑みを浮かべていた。

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