第3話:微笑んでいくんだ
大学四年の就職活動。丸山隆は、当然のように連戦連敗を重ねていた。
持ち前のどんくささと、要領の悪さ。面接官の品定めするような冷たい視線に晒されるたび、小太りで汗っかきな丸山の愛想笑いは、ますますぎこちなく歪んだ。
季節が秋に差し掛かる頃、ようやく漕ぎ着けた中堅企業の最終選考。グループディスカッションの控え室で、隣に座った同じ大学の学生・長谷川が、青白い顔で震えていた。
「俺、ここ落ちたらもう本当に後がないんだ……。奨学金の返済もあるし、親も期待してる。でも、さっき発表されたディスカッションのテーマ、全然対策してない分野で……頭が真っ白だ」
長谷川は普段は優秀な学生だが、極度のプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
偶然にも、丸山はそのテーマについて、前夜に徹夜で調べ上げていた。丸山の手元のノートには、議論を主導し、面接官を唸らせるためのデータと構成がびっしりと書き込まれている。これを自分の発言として披露すれば、間違いなく人生で初めての「大金星(内定)」を勝ち取れるはずだった。
丸山はノートを握りしめた。手汗で紙が少しふやけた。
自分がここで勝てば、長谷川は絶望の淵に突き落とされる。
――いまを生きることで、熱いこころ燃える。
丸山は、青ざめて震える長谷川と、自分の分厚いノートを交互に見つめ、ふぅっと短く息を吐いた。
「……長谷川くん。これ、僕のメモなんだけど、よかったら見てよ」
丸山は、徹夜で作ったノートを、長谷川の膝の上にそっと置いた。
「え……? でも、これ丸山くんの……」
「いいんだ。僕、口下手でうまく喋れないから。長谷川くんがこれをベースに話してくれた方が、グループ全体として絶対うまくいくよ」
本番のディスカッション。長谷川は丸山のデータを見事に自分の言葉として昇華させ、理路整然と議論をまとめ上げた。一方の丸山は、長谷川の意見に「そうですね、素晴らしいと思います」とへらへら相槌を打つだけの、ただの無能な引き立て役に回った。
結果は火を見るより明らかだった。長谷川は内定を掴み、丸山にはお祈りメールが届いた。
結局、丸山が拾ってもらえたのは、万年人手不足で誰でも入れるような、名ばかりの冴えないブラック企業だった。
入社式の帰り道。丸山は安物のヨレヨレのスーツ姿で、駅のショーウィンドウに映る小太りの自分を見つめた。
「……へへへっ」
馬鹿な奴だと、世界中の人が笑うだろう。せっかくのチャンスを自ら手放して、底辺の生活に転がり落ちるなんて。
でも、ノートを渡した時、長谷川は泣きそうな顔で「本当にありがとう」と手を握ってくれた。彼が内定をもらって、家族と喜ぶ姿を想像すると、丸山の胸の奥はじんわりと温かくなったのだ。
誰かを蹴落として手に入れた立派な椅子に座るくらいなら。
泥水に浸かりながら、誰かの踏み台になって背中を下から支える方が、僕には似合っている。
だから、行くんだ。
丸山は、誰に見られるわけでもなく、ショーウィンドウの冴えない自分に向かって、ひどく不格好に微笑んだ。




