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第1話:なんのために生まれて

「うわぁぁぁん!」

 小学校四年生の春。遠足のお昼時、レジャーシートの上でクラスメイトの健太が大きな泣き声を上げた。

 見れば、健太の足元には土まみれになったお弁当箱と、ひっくり返ったおかずが散乱している。通りかかった別のクラスの男子とぶつかって落としてしまったらしい。

 周りの子供たちは「あーあ」と遠巻きに眺めるだけで、誰も自分の弁当を分けようとはしなかった。皆、母親が作ってくれた自分のお弁当を食べるのに夢中だったからだ。

 丸山隆まるやま・たかしは、自分が持っていたタッパーを見つめた。

 丸山は、昔から少し小太りで、走るのも遅く、勉強も運動もまるでダメな冴えない少年だった。顔は丸く、いつもどこか汗ばんでいて、クラスでは女子から「ドンくさい」と避けられている。ただ、食べる事だけは人一倍好きだった。

 今日のお弁当には、丸山の一番好きな、甘いタレがたっぷり絡んだ肉団子が入っている。

 お腹はペコペコに減っていた。早く食べたくてたまらなかった。

 けれど、泣きじゃくる健太の姿を見た時、丸山の胸の奥がギュッと締め付けられた。

 ――なんで僕は、ここにいるんだろう。

 子供ながらに、時々そんなことを考えることがあった。足が遅くて、頭も悪くて、カッコよくもない。僕がこのクラスにいる意味って、なんだろう。

「……ねえ、健太くん。これ、食べる?」

 気がつくと、丸山は自分のタッパーを健太の前に差し出していた。

「僕、朝ごはんいっぱい食べてきたから、あんまりお腹すいてないんだ。お肉、好きでしょ?」

 健太はしゃくりあげながら、丸山のタッパーを引ったくるように受け取った。「ありがとう」の言葉はなかった。泣き止んだ健太が美味しそうに肉団子を頬張るのを見て、周りの子たちも「なんだ、よかったじゃん」と笑い合い、日常に戻っていった。

 お茶だけを飲んで誤魔化した丸山のお腹が、キュルルル、と大きな音を立てた。

「うわ、丸山のやつ、お腹鳴らしてる!」

「どんだけ食いしん坊なんだよ、ウケる!」

 隣のシートの女子たちが、丸山を指差してクスクスと笑う。丸山は顔を真っ赤にして、へへへ、とだらしなく愛想笑いを浮かべた。

 お腹は減って、悲しかった。女の子に笑われて、恥ずかしかった。自分のお弁当をあげたのに、誰からも褒められず、むしろ「食い意地の張った太っちょ」として笑い者にされた。ただ損をしただけだ。

 それでも。

 肉団子を食べて泣き止んだ健太の顔を見た時、丸山の胸の奥には、ほんの少しだけ、じんわりと温かい火が灯っていた。

 なんのために生まれて、なにをして生きていくのか。

 ドンくさくて取り柄のない僕には、まだわからない。でも、誰かが泣いているのをただ見過ごして、何もしないまま終わるなんて、そんなのは絶対に嫌だ。

 たとえ自分が笑い者になっても、お腹が空いてひもじい思いをしても。

 空っぽになったリュックを抱えながら、丸山は泥だらけになった健太の弁当箱を、誰にも気づかれないようにそっと拾い集めた。

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