終章 クリスマスの誓い
終章 クリスマスの誓い
二人は向かい合って座っていた。
「なあ、ハル。聞いてみたかった事があるんだ」
「ん?」
「今までも、何度か会える機会ってあっただろう?」
「うん。お父さんやお母さんは、シキさんに会わそうとしてた。嬉しかったけど」
「でも、会わなかった」
「うん」
「理由って聞いても良い?」
「それはさ、中途半端なのがイヤだったし、子供なのもイヤだった」
「ん…? どういう事?」
「中学生や高校生で再会しても、まだ子供でしょう? シキさんは絶対可愛がってくれる。けど、それがイヤだったんだよね。大人として、対等に接してほしかったんだ」
「だから、成人まで待った?」
「そう。それにサッカーの技術も全然だったし。そんな状態で会っても、昔話で終わっちゃう気がして。私、シキさんと同窓会みたいな事がしたかった訳じゃないから。もちろん恋愛どうこうじゃないよ。私の事を一人の大人として、接してほしかったの」
「そうか。もし中高校生の頃に再会してたら、あんな大きなケンカは無かったろうね」
「そうだね。そのかわり、お互いの深い部分も知れなかったよ、きっと」
しみじみ話していると、霧師希は二人の紙コップが空なのに気が付いた。
霧師希はシャンパンを両手で持ち、春那のコップに注いだ。
「はい、ハル」
「シキさん、ありがとう。じゃあ私も」
春那も、霧師希のコップに注いだ。
「うん、ありがとう」
二人はシャンパンを一口飲んだ。すると、春那がデレ顔になった。
「むふーっ」
「どうしたの?」
「いや、夢が叶っちゃった」
「夢?」
「シキさんには、フットサルを見せるっていう大きな夢があるけど、
小さいのも色々あるんだよ」
「小さい夢?」
「今のがそう。大人になったら、シキさんとお酒をお酌しあって飲みたいなって思ってたの。しれっと叶っちゃった」
「へぇー。他にどんなのがあるの?」
「それは内緒。叶う度に教えてあげるよ。その方が楽しみでしょ?」
「うん、そうだね。楽しみだ」
「シキさんは、私にそういうのないの?」
「あるよ。けっこう叶ってる」
霧師希がそう言うと、春那は笑いをこらえた表情で言った。
「なになに? 聞かせてよ。ぱふぱふ?」
「それはもうイイっての!」
「アハハッ、ごめ~ん。真面目に聞くから」
「フットサルのプレーを見たい。これはもちろん」
「今度は公式戦に出れるように頑張るからね。うん」
「手料理を食べさせてあげたい」
「大学で食べた、豚の生姜焼き美味しかったよ。これからも色々作ってね。うん」
「困っていたら、背中をさすってあげたい」
「試合のハーフタイム中にしてくれたね。またお願い。うん」
「お弁当を作ってあげたい」
「いつもご苦労様です。美味しいです。うん」
「デートしたい」
「もっとたくさんしようね。うん」
「あとは内緒。また叶ったら教えてあげるよ」
「げっ、ずるい!」
「それはお互いさまだろう?」
「ぶっー!」
春那は口を尖らせたが、霧師希は笑っていた。春那は霧師希の横に座り、
椅子を霧師希の横ピッタリにつけて、自分の体を霧師希の右側にもたれかけた。
春那は前を向いたままつぶやき始めた。
「私、最近思うんだよね」
「ん…?」
「私達、小さい時は苦しい時期があったけど、ちゃんと意味があったって」
「意味?」
「うん。シキさんってさ、子供の時に苦しい時期があったんでしょ?
『親との関係に苦しんだ』っていう。それが原因で、高校にはいけなかった」
「うん」
「もし、そんなのが無かったら、シキさんの学力と人柄だったら高校いって、
大学いって、ちゃんと就職してたと思う」
「そうだといいけど」
「絶対そうだよ。でも、そうすると、お父さんの会社でアルバイトする事はなかった」
「そうだね。それじゃあ春那とは---」
「うん、出会わなかった」
「春那もそうだよね。病気をせずに、入院してなかったら---」
「そうだね。シキさんとは出会わなかった。それにさ、シキさんに漫画を勧められなかったら、サッカーをしてみたいと思わなかったよ。スポーツなんて興味なかったもん」
「そっか」
「それに、サッカーしてなかったら、ナミには出会えなかった。親友ができたの」
「本当だね。僕たちが仲直りするキッカケを作ってくれたのもナミさんだし。
こうして考えると、全部がつながっているんだね」
「そうだよ。意味があったんだよ。子供の時は、こんな日が来るとは思わなかったもん」
「子供の時か…。ハル、ちょっと立ってみて」
「うん? いいよ」
二人は立ち上がり、向き合った。
霧師希は、両手で春那の肩を軽くつかんで言った。
「お前…本当に大きくなったな」
「うん、最後に会った時から、七十センチくらい違うんだよ。
今は百七十五センチあるんだ」
「僕よりも五センチ高い。そうか、すごいな。『生きてる』って、本当にすごいんだな」
そう言い終えると、二人はスッと抱き合った。
どちらかがそうしたのではなく、自然とそうなった。
春那が霧師希を抱きしめた事はあったが、二人が抱き合ったのは、これが初めてだった。
お互いの声は、自分の耳元から聞こえた。
「僕の一番の夢を話しておくよ」
「うん、聞きたい。一番は?」
「春那が元気でいてほしい」
「分かったよ。叶えてあげる。シキさんが安心できるように、元気でいるよ」
「うん、頼むよ」
「シキさんは、長生き頑張ってね」
霧師希は、少し困った顔で言った。
「あのなぁ、おじさん扱いはいいけど、年寄扱いは勘弁してくれよな」
「フフッ、おじさん扱いはいいんだ」
そう言った後、少し間を空けて春那は言った。
「シキさんにお礼を言いたかったんだ。それもクリスマスに」
「クリスマスに?」
「シキさんってさ、私が入院してた頃、危篤の時に祈ってくれたんでしょう?
クリスマスの日、病院の屋上で」
春那がそう言うと、霧師希は春那を慌てて引き離した。両腕はお互いに持ち合っている。
「どうして知ってるの?」
「中学校の時に、お母さんから聞いた」
「ふっ、副社長~。ひどいな」
困った顔で肩を落とした霧師希とは対照的に、春那はニヤリとして言った。
「女子に口止めは通用しないよ」
「勉強になりました」
二人で笑いあった後、春那は言った。
「シキさん、ありがとう。再会したら、そのお礼を言いたいって思ってたんだ。
しかもクリスマスに言えて良かったよ」
霧師希は照れて視線を逸らした。
「うん…、いいんだよ、そんなの」
霧師希が春那をチラリと見ると、顔を赤らめ、両手で口を押えていた。
「どうしたの?」
「今日みたいなクリスマスの寒い夜に、
『私の為に祈ってくれてたんだなぁ』って想像しちゃうと、嬉しくってさ」
「十六年前か。僕もあの時は必至だったな」
「その時ってさ、何にお願いしたの? 神様? クリスマスだからサンタクロース?」
「違うよ、亡くなった祖母。ばあちゃんだよ」
「おばあちゃん?」
「あの人も『僕の頼みにいいえを言わない人』だったから。叶えてくれるって思ってさ」
「そうだったんだ! 命の恩人だー、感謝しなきゃね。そうだ! 良い事思いついた!」
「ん? なに?」
「毎年さ、クリスマスは夜空に向かって、おばあちゃんにお礼を言う日にしようよ」
「それはいい。ばあちゃん喜ぶよ」
「でしょ? さっそくやろう」
●
春那はコートを、霧師希はロッカーからジャンバーを取り出して羽織った。
外に出ると、二人並んで夜空を見た。口からは白い息が吹き出している。
春那は深々と頭を下げて言った。
「シキさんのおばあちゃん、ありがとうございました」
霧師希も続いて言った。
「ばあちゃん、感謝するよ。ありがとうね」
春那は夜空に向かって、左手を掲げた。
「この指輪、私がもらったんですけど、良かったですか?」
霧師希も夜空に向かって言った。
「良かったよなぁ、ばあちゃん」
「へへーっ、なら嬉しいです。おばあちゃん、あなたは天国で私を見つけたんですよね?この子を助けたいと思って、シキさんを私に出会わせたんですよね?
ありがとうございます」
「ハル。惜しいけど、ちょっと違うよ」
「えっ、そうかな?」
「『孫がヘンクツな大人なってしまった…。そうだ! この女の子なら、何とかしてくれるんじゃないか?』って思ったんだよ、きっと」
「あっ、そっち?」
「そうだよ。『女の子も元気になって一石二鳥だ』って思ったんだ」
「わたしはオマケかいっ!」
「アハハ、冗談・冗談」
二人は夜空を見ながら話を続けた。
「私さ、十六年前の今日、死ぬかもしれなかったんだよね」
「…うん」
「当時はさ、眠ろうとするたびに、『もう目覚めないかもしれない』って、
子供ながらに思ってたよ」
「そうか。明日がくるって、奇跡なんだね」
「そうだよ。それが分かっているだけで、毎日が幸せで満ちあふれるんだ、私」
春那はそう言うと、霧師希の前に立った。
「ねぇシキさん。わたし今、何をしているか分かる?」
「何をしているか…? なんだろう?」
「分からない? じゃあ、こうしたら分かるかな」
春那はコートのボタンを、上三個を外した。
自分の右手で霧師希の左手をつかみ、コートの中に入れて自分の胸に当てた。
「ちょっ、ちょっと! どういう事?」
「まだ分からない?」
春那は胸の中心辺りに、強く霧師希の手を押し付けた。
霧師希の冷えた手が暖まっていき、心臓の鼓動を感じ始めた。
「あ…、分かった。分かったよ、ハル」
「そう、生きてるの。私は今、生きているんだよ」
春那はコートの中から霧師希の左手を取り出し、自分の両手で握った。
「シキさん、フットサルは始まりなんだ。
これからはもっともっと、あなたに恩返しをしていきたいの」
霧師希は右手を、春那の両手に添えて言った。
「僕こそ、お前には感謝してもしきれない。もし出会っていなかったら、僕は人らしい感情が芽生えなかったよ。ずっと下を向いて生きていたんだろうな。ありがとう、ハル」
「うん…」
「ただ、お前の言う『恩返し』は、もう終わっていると思う」
「えっ…? 終わってるって?」
「フットサルができるほど元気になって、帰って来てくれた。それだけで十分なんだ。
僕らはもう、新しい関係が始まっているよ」
「新しい関係?」
「そう、ただのカップル。恩や義理なんて関係のない、普通のカップルだよ。僕らは」
春那はニコリとして言った。
「そうだね、もう普通のカップルだ。
まぁ、彼氏が彼女を甘やかしすぎるのが、少し普通と違うけど」
「ごめん、それは止められないよ。僕の愛し方だから」
「へへーっ、ならしょうがないな。許してやるか」
「うん、許してくれ」
「ねぇ、シキさん」
「なに?」
「クリスマスはさ、これからは三人で過ごそうね」
霧師希は不思議そうな顔で尋ねた。
「三人? あと一人は?」
「おばあちゃん」
春那にそう言われ、霧師希の胸が暖かくなった。
「そうか、そうだな。三人で過ごそう。
ハル、ありがとう。お前の事が好きになれて、本当に良かった」
「私もだよシキさん。大好きだよ」
春那はそう言うと、両手で霧師希の両腕をさすった。
「寒いねー。そろそろ中に入ろうよ。おばあちゃんのお話、聞かせてほしいな」
「うん、いいよ」
春那は恥ずかしそうに霧師希の右腕に両手でしがみつき、優しく引っ張った。
それは甘える子供の様だった。
幼少の頃には想像もできなかった『普通』。
春那と霧師希は、この普通の日々に幸せを感じずにはいられなかった。
「シキさん、ひとつお礼を言わせてほしいの」
「なに?」
「十五年間…私の事を待っていてくれて、ありがとう」
了
少しでも読んで頂けた方、心より感謝申し上げます。
ありがとうございました。




