悪役令嬢に転生したので田舎に逃げたら、公爵さまに追いかけられた ~公爵さまは大根に嫉妬する~
さてと。
トランクケースに荷造りを詰め込み終えて、すくっと立ち上がった。未練は――ない、はず……。
駅まで馬車で行き、そこから汽車へ。
一等車両の快適な旅を経て、私は田舎に降り立った。
十六にして、新天地で頑張ります!
とは言え、休学するのは一年ほど。その後のことは知らない。ゆくゆくは考えることにする。それよりも今の私は、この広大な大地を前にわくわくしていた。
――ほんの一ヶ月前、入学式に『ヒロイン』とやらが、ゲーム通りに現れた。横にいた私の婚約者である公爵さまがヒロインを見つめた瞳を見て、これはダメなやつだと悟った。
さて。どうしたものか。
1、ヒロインと仲良くなる
2、ヒロインと公爵さまを賭けて正々堂々争う
3、ヒロインをいじめてないことをアピールするために、私に監視者を事前につけてもらう
4、公爵さまに好きになってもらう努力をする
そこまで考えながら、どうしてそこまでしなきゃいけないんだろうと思った。ゲームの力が絶対なら、私がなにをしても無駄である。勝手にそこの二人で仲良くなればいいのよ、と思い……。
思い立って、休学届を出して田舎に逃げた。
ここは所詮、ゲームの世界。学業がとか細かいことは言ってられない。だって最悪の場合、いじめてないのにいじめたとか、みんなの前で言われて落ちぶれるくらいなら、その前に逃げた方がいいかなって。
一年の間、私がいないならあの二人も速やかに仲が発展するでしょ。風の噂であの二人がどうなったか、侍女に聞くくらいがちょうどいいの。
「お嬢ちゃん、なかなか筋が良いね」
ここの田舎は、非農家の私にも優しい。なんでも担い手がいないから、若い子が来て嬉しいとか。
教えてもらった肥料づくりや、耕し方。それから種まきもした。
「ねぇ、おじいさん。収穫はいつできるの?」
「あと一ヶ月くらいだろうね」
それから、慈善活動も少々。
そんなふうに毎日を過ごしていた、ある日のことだった。
「こんな所にいたとはな。なぜ、俺の前から姿を消したのか、聞かせてもらおうか」
三ヶ月くらい経ったころ、公爵さまがこのど田舎にやってきたのだった。
理由……?
ヒロインと公爵さまが仲良くなっていくのを横で見ているのは嫌だから? おまけになにもしてないのに断罪されたくないから?
そんな未来の話をしても信じてもらえるかしらね?
「都心の空気が悪くて、落ち着くまで田舎に……」
「身体でも悪いのか。急なことなら、仕方ないが文でもよこせば良いものを」
「……ご心配おかけしまして」
私がそういうと、本当にな、と肩を落とされた。
「……ずっと、君の行方を追っていた」
不意に、低く落ち着いた声でそう言われて、胸がきゅっとなった。あれ? 本当に心配されている……?
「おかしいと思ったんだ。休学届を出したって話は聞いた。でも、あまりに急だったし、誰にも相談せずに行き先も明かさずに……」
公爵さまがまっすぐ私を見つめている。
「君の侍女が、なにも話そうとしないから余計に気になった」
「……だって、言ったら引き止められそうで」
「俺が君を諦めるとでも?」
言葉の一つ一つが、胸の奥に焼きついていく。あれ、こんな人だったっけ……。
「連絡を三ヶ月も寄越さない。まるで、探さないでくれと言われたようなものだが。もしかして、嫌いにでもなったか?」
おかしい。三ヶ月もあれば、絶対にヒロインと仲良くなってるはずなのに。そう言えば、侍女からは「とくになにも起きていません」と言われたっけ。それは、つまり本当に公爵さまとヒロインとの進展がまるでなかったとの報告?
邪魔者がいないと、二人の恋は盛り上がらなったのかしら?
公爵さまは私をまっすぐに見つめて、怒っている。
「君と俺の婚約が、宙ぶらりんだな。君のせいで」
「……はい」
さっきから、どうにも公爵さまの圧が怖すぎて、口答えなどできなくて『はい』としか言えない。そう、向こうから婚約破棄をしてくるだろうと思って、そのままにしてしまったのだった。
「君の場所もわかったから、まあ、いい。婚約は継続だと言うことだけ伝えにきた……」
「それってつまり、どういう……?」
「予定通り、卒業したら正式に一緒になるだろうな。……ずっとそのつもりでいた」
……卒業後ね。問題はその時のパーティなんだけど。
でも公爵さまが、わざわざ探しにきたのも事実。あの長旅は私もしたからわかるけど、長時間だったから、腰にくるのよね。
本当に、この人は心変わりしないのかしら?
「――いや、やっぱり止めておこう。気が変わった」
公爵さまが首を軽く振った。
「帰りたくないなら、好きなだけ居たらいい……と、言ってやりたいが」
「……えっと?」
そこで言葉を切るから気になって、思わず聞き返してしまった。
「わからないのか? この宙ぶらりんな関係にかこつける輩が居て、毎日うんざりしているところだ。俺の婚約者は君だろ。早く帰って来い」
まさか、暗に俺の隣に居ろ、って言われるなんて、思いもしなかった。
ためらっていると、私を一瞥して「元気そうじゃないか」なんて、言われた。養生しているのが嘘だと気づかれてしまったのかもしれない。
「……わ、わたし、そこまで価値ある女じゃないと思いますが」
「それは、俺が決めることだ。今日、俺と一緒に帰ると言うまで、ここに居るから覚悟しろよ」
必ず連れて帰る、と決意した目で私を見て離さない。
確かに、ヒロインのことを見ていた瞳とは違う。これが公爵さまの本当の気持ちだったのかなと、今更ながらに思いながらも……。
そんな……、急に言われても。もうすぐ、野菜の収穫時期なのに、私は畑を置いては帰れない!
「ですが、畑が」
「まさか、直々に俺が迎えに来て、帰らないだと? ……君にとって、俺はその……畑以下、なのか?」
「いえ、そんな……そんなことは、ないですけど!」
一瞬、図星を突かれながらも、公爵さまがあまりにもショックを受けているみたいなので、思わず否定した。
「大事ものが増えた……と言いましょうか」
「じゃあ何だ。俺と君の将来より、この大根の方が大事ってことか?」
「だって、手塩にかけた畑が……! せめて、一ヶ月だけでも待ってください」
そう頼んだら、公爵さまは静かに考え込み「分かった」と言った。
本当に分かってくれたんでしょうか。
「一ヶ月、俺もここで収穫とやらを待とう」
「はい。……って、え? ええ?」
「ほっておいて、また君が居なくなっても困るからな」
どうやら私は監視されちゃうらしい。
もしかして、同居生活が始まっちゃうの?
公爵さまは、ヒロインのことを好きになるんじゃなかったの?!
(公爵さま視点 ※ありません
三ヶ月ぶりに婚約者に会いに行ったら、トラクターに乗ってブイブイいわせていた)