第8話:戦のあとで
雨が上がったあとの戦場には、湿った空気と鉄の匂いが漂っていた。
転がる槍。落ちた兜。潰れた草木。
そして——動かなくなった兵たちの亡骸。
それは敵味方、区別なく、無言で横たわっていた。
神谷悠真は、ぼう然とその場に立ち尽くしていた。
泥に膝をつき、握った拳に小さく震えが走る。
目の前には、さっきまで笑っていたはずの織田の若い兵が、胸に矢を受けて倒れている。
「……っ」
声にならないものが喉に詰まる。
涙ではない。叫びでもない。
ただ、“現実”が、全身に重くのしかかっていた。
(これが……戦なのか)
勝った。歴史は守られた。
でも、誰も笑っていない。
生き残った者ですら、ただ無言で、大地を見つめている。
「神谷」
背後から声がかかった。振り返ると、織田信長が馬を降り、悠真のそばまで歩いてきていた。
その甲冑も泥に汚れ、血の飛沫が斑に付いていた。
「……よくやった」
それだけ言って、信長は隣に膝をついた。
「戦は終わった。だが、それは始まりでもある」
悠真は、黙ってうなずいた。
「今、何を思う?」
「……僕の“策”で、死んだ人もいます」
小さな声だった。
「勝ったのに……悔しいんです。胸が、苦しくて……。これが正しかったのか、分からなくなります」
信長はしばらく沈黙し、それから静かに呟いた。
「我も、同じだ」
悠真が顔を上げる。
「勝っても、虚しい。だが勝たねば、未来は掴めぬ。それが、この世の理よ」
「……はい」
「だがな、神谷。お主がその命に心を痛めているのなら——それでよい」
信長は立ち上がり、あたりを見渡した。
「命を軽く見る者が国を導けば、やがて民は滅ぶ。……我が父も、かつてそれを知って変わった。
そして今、我もその意味を噛み締めておる」
悠真の胸に、じんわりと熱が広がる。
「信長様……」
「お主の中にある“痛み”は、お主だけの剣になる。その剣、錆びさせるでないぞ」
そう言って、信長はふっと笑みを見せ、ゆっくりと歩き去った。
その背中を見送ったとき、悠真の中で何かがひとつ、静かに変わった気がした。
(……この人のために、何かしたい)
それは、ただ歴史を守るためだけではない。
誰かを信じ、信じられたからこそ、湧き上がる気持ちだった。
戦は終わった。
けれど、神谷悠真の物語は——ここからが本当の始まりだった。