第48話:内より迫るもの
「……神谷殿。近頃、軍議への参席を控えておられるとか」
廊下ですれ違った家臣の一言に、神谷悠真は歩みを止めた。
「ええ。必要がない時には、なるべく控えております」
「殿が頼られていると聞いておりましたので、少々意外でしてな」
相手はにこやかに笑ったが、その言葉の奥にある“含み”を神谷は見逃さなかった。
(またか……)
微かに感じていたものが、今や肌に突き刺さるような“気配”となって現れ始めていた。
城内に広がる、自分への“疑念”の芽。それは日ごとに確実に根を伸ばし、蔓を絡めていた。
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軍議の場では、柴田勝家が苦々しい顔で腕を組んでいた。
「……情報が漏れておる」
その言葉に、室内の空気がぴんと張りつめた。
「こちらの動きが敵に伝わるには、あまりに速すぎる。間者ではない。内にいる」
信長は黙って聞いていたが、やがて低い声で命じた。
「調べよ。名も顔も知らぬ影だ。探れ。何者が糸を引いているのか」
勝家は一礼し、そのまま席を立った。
神谷は黙って座っていたが、心の中にはひとつの確信が生まれていた。
(これは……加賀美の手だ)
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その夜。城内の一室。神谷は机に広げた紙に地図と人員配置を書き込んでいた。
そこに、そっと障子が開き、現れたのは——お市だった。
「……遅くまでご苦労さまです」
「お市様。どうかされましたか?」
「いえ……なんとなく、顔を見に来たくなりまして」
お市は灯の明かりの中、神谷の傍らに座った。
「皆が、神谷様を疑うのが悔しいのです」
神谷は少し微笑んだ。
「私が“何者か”を知らぬまま、力を貸しているからでしょうね」
「私には、十分に分かります。あなたが、誠実な方だと」
お市は神谷の手にそっと自分の手を重ねた。
「だから、どうか……一人で背負わないでください」
——あたたかい。
その手のぬくもりに、神谷はわずかに目を閉じた。
(俺は……この人を守るためにここにいる。それだけは、疑う余地はない)
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一方その頃、京の闇。
加賀美は部下の報告を静かに聞いていた。
「神谷の行動は慎重ですが、疑いの目は着実に彼に向き始めています」
「それでいい」
加賀美は杯を静かに置いた。
「外から斬る必要はない。周囲が勝手に疑い、崩れればよい。歴史とは、常に“誤解”で動くものだ」
その目に、勝者の確信が宿っていた。
む……織田の中に、妙な風が吹き始めおったな。
神谷殿への視線が変わっておる。あやつ、静かに燃えておるようにも見えるが……。
信長様も、加賀美の動きを感じ取っておられるご様子。
儂としても、もう見過ごすわけにはいかぬな。
読者殿、戦は外だけでなく、内にもあるものよ。
評価・コメント・ブックマークで、神谷殿を支えてやってくれい!
次回も、見逃すでないぞ!
──織田家筆頭家老・柴田勝家、かしこみ申し上げ候。




