第46話:交錯する策謀
春霞にけぶる岐阜の空の下、神谷悠真は勝家と共に城の一室にいた。
「……これが、偽情報の文です」
神谷は筆を置いた巻物を差し出す。その内容は、織田軍が間もなく北へ進軍するという偽の作戦命令だった。
勝家が巻物を一瞥し、唸るように言う。
「うまくいけば、敵の判断を一日、いや二日は遅らせられるかもしれんな」
「ええ。その“二日”が、こちらにとっては命取りかもしれない局面を救います」
神谷はそのまま、偽情報を持ち出す役を信頼できる間者に託し、送り出した。
作戦が動き出した瞬間、彼の中に久々に“現代人としての戦略の感覚”が戻ってきた気がした。
(やるしかない。ここで流れを止める……!)
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一方、城の回廊では、何者かが密かに廊下の影に身を潜めていた。
神谷の部屋から間者が出ていった直後——
「……動いたな」
低く抑えられた声。
その人物は誰にも気づかれぬよう、静かにその場を後にした。
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その日の夕刻、信長は密かに神谷を呼び出した。
「そなたの案、悪くない。勝家も認めておる」
信長の声は低く、だが明確な信頼が滲んでいた。
「ありがとうございます。殿のご決断がなければ、動かすこともできませんでした」
「よい。だが、気をつけよ。織田家の内にも“目”がある」
「……はっ」
神谷は心の奥で(やはり動いているのか)と確信を強めた。
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その夜。
神谷が静かに庭先を歩いていると、そこにお市の姿があった。
「……神谷様。今夜も眠れないのですか?」
月明かりの中、柔らかく声をかけるお市に、神谷はわずかに笑った。
「ええ。策を仕掛けた以上、動きがあるまで落ち着かなくて」
お市は神谷の隣に並び、しばし黙って夜風を感じていた。
「……私は、信じています。神谷様の考える道が、正しいと」
「ありがとうございます。でも、それが正しいのか……それはまだ、分かりません」
神谷は月を見上げたまま、静かに続けた。
「ただ……どうしても、守りたい人たちがいる。それが、俺を動かしているだけです」
お市はその言葉に、そっと微笑んだ。
「では私も、その“守りたい人”の中に、いられるよう……努力します」
神谷は驚いて彼女を見たが、お市はすでに視線を空へ向けていた。
(この人を……守りたい。そう強く思える誰かがいることが、今の俺の支えなんだ)
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翌日、間者が戻ってきた。
「偽情報は確かに敵の間者に届いた模様。浅井の動きが遅れ始めております」
その報告に、神谷と勝家は互いに目を見合わせ、小さく頷いた。
「まずは、一手目成功……ですね」
「油断するな、神谷。敵も馬鹿ではない。次の手を読んで動くはずだ」
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そしてその夜、京。
加賀美は書状を読んでいた。敵の動きが一瞬鈍ったことを、彼はすぐに察していた。
「……ふふ、そう来たか。なかなかやる」
手にしていた書状を火鉢の火にかざし、淡々と燃やす。
「ではこちらも、少し早めに仕掛けてやろう」
背後に控える男に、加賀美は静かに命じた。
「次は“中”から崩す。用意は?」
「はっ、内より織田家を揺るがす者、すでに動かしております」
「ならばよい。神谷悠真——お前の策など、何度でも覆してやる」
歪んだ微笑みの中、次なる破壊の手が伸びようとしていた——。
む……どうやら、神谷の策が敵の動きを鈍らせたようだな。
あやつ、見た目によらず策士よ。感心、感心。
だが敵も黙ってはおらぬ。何やら怪しげな“内の動き”も感じるわい。
わしも目を光らせねばな……。
読者殿、ここから先はまさに智謀のぶつかり合い。
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次回も見逃すなよ!
──織田家筆頭家老・柴田勝家、かしこみ申し上げ候。




