第44話:帰還と違和感
「いや〜、やっぱり岐阜城は落ち着きますな!」
快活な声が城内に響き渡る。久方ぶりに戻ってきたのは、あの男——羽柴秀吉だった。
両手を広げ、まるで我が家に帰ったかのように振る舞う秀吉に、周囲の家臣たちは呆れながらもどこか安心したような笑みを浮かべていた。
「おかえりなさいませ、秀吉様」
神谷もその輪に加わり、笑顔で出迎えた。だが、心の奥底では別の感情が渦巻いていた。
(……これが、あの“豊臣秀吉”になる男か)
陽気で親しみやすい態度。しかし、時折垣間見える鋭い眼光が、神谷の警戒心を刺激する。
「神谷殿、お変わりなく! 噂は聞いておりますぞ。軍議で大活躍だったとか!」
「いえ、私はほんの助言をしただけです」
「またまた〜。いやはや、貴殿のような切れ者がいれば、我らの天下も安泰ですな!」
秀吉は屈託なく笑いながらも、一瞬だけ神谷の目をじっと射抜くように見つめた。
(……今のは……)
背筋に冷たいものが走る。だが次の瞬間には、秀吉は再び飄々とした笑顔に戻っていた。
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その後、信長への報告を終えた秀吉は、城の庭で神谷と再び言葉を交わした。
「いや〜、浅井の国も中々に風が冷たいものでしてな。ですが、しっかりと情報は仕入れて参りましたぞ」
「お疲れ様です。情勢はやはり不穏なのでしょうか」
秀吉は扇子を軽く振りながら、冗談めかして答える。
「戦国の世に平穏などありませぬよ、神谷殿」
その言葉に、神谷は笑顔を返しつつも、胸の奥に再びざわつきを覚えた。
(……本当に、ただの道化か?)
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夜、神谷は城内の自室で地図を睨んでいた。各地の動きが、どうしても自分の知る歴史と一致しない。
「……やっぱり、おかしい」
本来なら、信長包囲網がここまで迅速に形成されることはなかったはず。誰かが意図的に流れを早めている——そう確信せざるを得なかった。
(加賀美の仕業だ……だが、どう動いている?)
さらに、秀吉の帰還。それもただの偶然とは思えない。
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翌日、庭でお市と並んで歩く神谷の表情は冴えなかった。
「……例の“違和感”というやつですか?」
お市が心配そうに尋ねる。神谷は苦笑しつつも頷く。
「ええ……情勢の動きが、俺の知っている歴史と微妙に違うんです。誰かが裏で糸を引いている」
「その“誰か”に、心当たりは?」
「……います。ただ、証拠はない」
お市は静かに神谷を見つめ、柔らかく微笑んだ。
「神谷様が信じる道を進んでください。私は……どんな時も味方です」
その言葉に、神谷は深く息をついた。
(守らなきゃならない。この時代も、この人も……)
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一方その頃、京の離れでは加賀美が冷えた茶を啜りながら報告を受けていた。
「秀吉が岐阜に戻りました」
「……予定通りだな」
加賀美は静かに立ち上がり、窓の外を見つめる。
「駒は揃った。あとは、どう動かすかだ」
その瞳には、一切の迷いも躊躇もなかった。
歴史は、加賀美の手によって着実に歪められようとしていた——。
ほう、秀吉めが戻ってきおったか。
あやつが帰ると、途端に城内が騒がしくなるわい。
だが、わしは知っておる……あの笑顔の裏に、どれほどの策が潜んでおるかをな。
神谷も気づいておるようだが、これからが本当の正念場よ。
読者殿、ここまで読み進めてくれたこと、感謝する。
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次なる波乱、楽しみにしておけよ!
──織田家筆頭家老・柴田勝家、かしこみ申し上げ候。




