第43話:迫りくる包囲網
京の静寂を破るように、加賀美黎士は一枚の書状を手に微笑んでいた。
「浅井、朝倉……そして、武田。これで包囲は完成だ」
机の上には、各大名との密約が並べられている。
加賀美の描く“信長包囲網”は、ついに形となり動き出していた。
「信長も、神谷悠真も……この流れには抗えまい」
彼は迷いなく次の一手を考えていた。
それは、確実に歴史を“予定通り”進めるための布石。
「……さて、まずは火種を撒いてやるか」
加賀美は密かに、信長暗殺計画の序章を開始した。
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一方、岐阜城では軍議が開かれていた。
「……近頃、浅井家と朝倉家の動きが不穏にございます」
勝家の報告に、信長は腕を組んで黙考する。
その隣には光秀が控え、冷静な視線を地図へ落としていた。
神谷もその場に同席していたが、口を挟むタイミングを計っていた。
(ここで未来の知識を出しすぎれば、不自然だ……)
だが、信長がふと神谷に目を向ける。
「神谷、そなたの目にはどう映る?」
突然の指名に、周囲がざわめく。
家臣たちは、未だに“異邦人”である神谷の発言に疑念を抱いている。
神谷は一呼吸置き、静かに答えた。
「浅井と朝倉が結びついた以上、次に動くのは……武田かと」
その言葉に、光秀がわずかに眉を上げた。
「武田が……?」
「はい。信長様の進軍経路と兵站を考えれば、武田が加わることで包囲が完成します」
勝家が唸るように呟く。
「……確かに、理屈は通るが……なぜ、そこまで読み切れる?」
神谷は曖昧に微笑んだ。
「少し、兵法書を読み漁っただけです」
信長はその答えに満足げに頷き、家臣たちに命じる。
「警戒を怠るな。特に、北と東の動きには目を光らせよ」
軍議はそのまま終了したが、神谷の胸には重い感覚が残っていた。
(加賀美が動き出している……間違いない)
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軍議の後、城内の廊下で神谷は光秀に声をかけられた。
「神谷殿、少々よろしいか?」
振り返ると、光秀が穏やかな微笑みを浮かべていた。
「先ほどの洞察、見事でした。……ただ、どこか不思議にも思えましてな」
「不思議、ですか?」
「貴殿の言葉は、まるで“未来を知っている”かのようだった」
その鋭さに、神谷は一瞬だけ息を呑んだ。
だが、すぐに笑って返す。
「買いかぶりですよ、光秀様」
光秀はそれ以上追及せず、静かに頷いて去っていった。
(……やはり、光秀は鋭いな)
神谷は改めて、己の立ち振る舞いに気をつける必要性を感じていた。
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その日の夕暮れ。
神谷は城の庭でお市と再び顔を合わせていた。
「軍議、お疲れ様でした」
「……お市様、なぜそれを?」
「侍女たちの噂話は早いんです」
お市は楽しげに微笑んだが、すぐに真剣な表情になる。
「何か……良くないことが起きるのですね?」
神谷はその問いに、正直に頷いた。
「ええ。恐らく近いうちに、大きな動きがあるでしょう」
お市は視線を落とし、静かに言った。
「私は……何もできませんが、せめて貴方が無事であることを願っています」
その言葉に、神谷の胸が温かくなる。
「ありがとうございます。……でも、きっと乗り越えてみせます」
二人の間に、静かな決意が流れた。
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夜、京の一角。
加賀美は新たな刺客を送り出していた。
「まずは、信長の周囲から崩す……神谷悠真、お前には手出しさせない」
彼の目には、冷酷な光が宿っていた。
こうして、見えぬところで“戦”はすでに始まっていたのだった——。
──織田家筆頭家老・柴田勝家、申す。
……どうにも、嫌な風が吹き始めておる。
浅井、朝倉、そして武田。奴らの動きが揃いすぎておるのだ。
背後で糸を引く者がいるとしか思えん……。
神谷も、その“先”を読もうとしているようだが、果たして間に合うかどうか。
そなたも、この乱世の行く末を見届けてくれ。
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……戦は、これからが本番よ。




